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鉄猪(アイアンボア)




「お嬢様!大丈夫ですかっ!?」

「あ、ありがとうございます、セージ様。私は大丈夫です」

「アレに突き飛ばされなくて良かったです。あの魔物は鉄猪(アイアンボア)と言って、身体強化をかけて全身で突っ込んでくる魔物です。激突していたらただの怪我では済まされません」




 セージ様が差し出してくださった手を取って立ち上がる。

 鉄猪(アイアンボア)と呼ばれた魔物を見ると、その名の通り全身が黒鉄色の毛で覆われており、牙も黒く鋭いものが2本生えている。

 大男が中に入っていると言われても納得できるほどの大きさである。

 よく見てみると、首の辺りに淡い水色の光が見え、男の腕にあった模様と同じであることに気づいた。

 恐らくあれが使役(テイム)している証なのだろう。




「貴族として育てられてる嬢ちゃんだから簡単に捕まえられると思ったが、案外親父さんに似てじゃじゃ馬に育ったんだな」

「貴様…っ!」

「捕まえた後で暴れられても厄介だしな……手荒になるが、ちいっとばかし手段を変えさせてもらうぜ」

「――っ!? 武器庫(アーマリー) 投槍(ジャベリン)!! 地風(サンドブラスト)!!」




 セージ様は能力(スキル)で瞬時に取り出した投槍(ジャベリン)を構え、地風(サンドブラスト)を男と鉄猪(アイアンボア)目掛けて唱えた。

 地風(サンドブラスト)は一定の時間砂嵐を巻き起こし、向こうからこちらの姿を見えなくさせる、目くらましのような魔法である。

 詠唱と共に、二つの影は瞬く間に砂嵐でかき消されていく。

 その瞬間を狙って、セージ様はすぐさま投槍(ジャベリン)を投擲した。




「一旦この場を離れましょう!」

「え、ええ!」




 セージ様の後に続いて私も走り出す。

 あの投槍(ジャベリン)は男に届いたのだろうか…必死に走っていた私には、土煙の中で呟かれた男の言葉は届かなかった。




「ったく、危ねぇなあ……だが、そう簡単に逃がしはしねぇよ」





 ――――――――――……





 暫く走っていくと、巨大な岩が鎮座している場所までやってきた。

 岩の下は大人二人が潜り込めるような高さの窪みがあり、隠れるには丁度良さそうだ。

 セージ様と私は滑り込むようにそこに隠れた。

 息を潜めながら、男と鉄猪(アイアンボア)が居ないかを確認する為に辺りを見回す。

 今の所、まだ近くまで来てはいないようだった。




「――はぁっ、はぁっ……ここまで来れば、一先ずは大丈夫でしょうか……」

「……いえ、恐らくは此処も直ぐに見つけられてしまうかと」

「――っ!! そんな……」




 渋い表情のセージ様の言葉に、僅かにあった期待が萎んでしまった。

 あの男の追跡を振り切って逃げることは、そんなに簡単なことではないらしい。

 ……そもそもあの男は、何故沢山の人が行き交う街中で私のことを見つけることが出来たのだろうか。

 そう考えていると、頭の中にカイムの声が響いてきた。




〈プリムラ様……あの使役者(テイマー)の男、思っていた以上に厄介です。魔物を三体も操ることが出来る実力者は、使役者(テイマー)でもなかなかおりません〉

「……魔物を三体も操れるって、そんなに凄いことなの?」




 無意識に声に出して返事をしていたことに気づいたのは、セージ様の驚くような表情を見たからだった。

 しまった!と、思わず焦ったが、先程の会話の続きだと勘違いをしてくれたようで、私の問いかけに答えてくれた。




「お嬢様、あの男の能力(スキル)は恐るべき練度の高さです」

「そ、そうなのですか……」

「本来、使役(テイ厶)能力(スキル)を持つ者は、魔物一体を使役(テイム)し、その繋がりを強化していきます。使役(テイ厶)は、使役した魔物との繋がりの強さによって左右される能力(スキル)ですから、何体も魔物を使役したところで強くなれる訳では無いのです。」

「繋がりの強さって……?」

「簡単に言えば絆……つまり、魔物がどれだけ懐いているかということです」




 魔物の懐き具合によって、左右されるというのは初めて耳にしたので驚愕する。

 懐くと言うと、ついついペットとして飼われる犬や猫を思い出してしまうが、相手は魔物であるから可愛らしく尻尾を振るようなイメージは持ちにくい。




「本来、魔物との絆を深めるには数年から十数年かかると言われております。ですが、絆を深めることで魔物との感覚を共有できるようになります」

「感覚の共有ということは……魔物の見ているものが見えるということ?」

「見えるだけではありません。魔物によって、耳が優れていたり、鼻が優れていたりと違いがあります。絆を深める程、それらを正確に、まるで自分のモノのように扱うことができるのです。一体と感覚の共有ができるだけでも、その者は熟練した能力(スキル)の使用者であると言えます」




 セージ様の言葉を聞いて、なんだか背中に嫌な汗が流れる。

 セージ様はそんな私に指を三本立てて見せながら、説明を続けた。




「あくまでもこれは憶測の域を出ませんが、もしあの男が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……思っていた以上に厄介な相手です」




 私の中で点と点であったものが、確実に繋がったのが分かった。

 先日の牙鼠(タスカラット)の件を思い出す。

 鼠は確か、視力は悪いがその分嗅覚が発達している筈だ。

 もし、あの時に屋敷に忍び込んだ目的が、私を私だと識別する匂いを覚える為だったとしたら……。

 あのカイエンの街中で私を見つけ出すことも可能なのだろう。

 今私達がいる場所を見つけ出すことも、時間の問題だということを理解した。


 

 

「先程、矢羽鷹(ヴェインホーク)の方は投げナイフで撃ち落としたので大丈夫だと思います。鉄猪(アイアンボア)も、通常の個体であれば私一人でも倒すことは出来ます。ですが……」

 



 セージ様が不自然に言葉を切ったことで、彼の言いたいことが何なのか気付いてしまう。

 私がここに来たことで、悪手になってしまったということだ。

 私の勝手な行動が、セージ様の足を引っ張る形になったことを理解し、私の胸の中は罪悪感でいっぱいになる。

 だが、私は足手まといになりにここへ来たのでは無いと、自分に言い聞かせた。

 せめて、鉄猪(アイアンボア)をどうにかする方法はないだろうか。

 セージ様の役に立ちたいと思い必死に悩むが、焦りもあってなかなか案が浮かんで来なかった。




〈――――プリムラ様、私に一つ策がございます〉

(――っ!! カイム、それは本当!?)




 再びカイムから思念で話しかけられ、直ぐに反応する。

 今はどんな作戦でもいいので、私に出来ることならなんでもやりたい。

 焦る私とは対照的に、カイムは落ち着いた口調で話を続けた。

 



〈今から伝える作戦は、プリムラ様の身に危険が及ぶ可能性があります。そして、そこにいるセージという者の能力(スキル)で協力してもらうことが必須です。……覚悟はございますか?〉

(勿論……覚悟ならとっくにしたわ!)

〈――承知致しました。時間もないでしょうし、端的に説明します。同じ内容を彼に話して頂けますか?〉

(分かったわ!)

〈分かりました。では、まず彼に――――……〉




 カイムが作戦を説明していく。

 聞いている途中、私にできるかという不安が過ぎったが、直ぐにそれを改める。

 恐らくカイムは、私ができない内容なら最初から提案して来ないはずだ。

 そう考えて、彼の話を一語も漏らさないように聞く。

 


 

「……お嬢様、やっぱり今からでも逃げませんか?」




 私が思念で会話をしていると、セージ様から声を掛けられる。

 どうやら、私が怖くなって何も言えなくなったと考えたらしい。

 私は敢えてセージ様の言葉には答えないことにした。

 そして、カイムから作戦の説明を聞き終えた後、私はバッと顔を上げてセージ様の方を見る。




「セージ様、上手くいくかは分かりませんが……今から言う作戦に協力して頂きたいです」

「え、それはどういう……」

「相手の感覚の共有とやらを、逆手に取ることは出来ないでしょうか?」

「――っ!? ……一体どのような作戦でしょうか?」




 私が突然提案したことに驚きを隠せないセージ様。

 私はカイムから説明された内容と同じように作戦を説明していく。

 セージ様は作戦を理解するにつれて、目から鱗が落ちたと言いたげな顔をする。

 だが、全てを説明し終わると、私に向ける表情が心配そうなものに変わっていった。




「成程、それならば確かに感覚の共有を逆手に取ることができるかもしれません。ですが……失敗すればお嬢様がかなりの危険に晒されてしまいますよ」

「それは、構いません」

「ですが、お嬢様……」

「セージ様、私は曲がりなりにもシュテルンベルグ家の一員です。何があっても、私は私のできることをやるのだと、覚悟を決めてこの場所へ参りました。……危険など、元より承知です」




 私の言葉を聞いたセージ様は、言葉を飲んだ。

 良いか悪いかは別として、少なくとも私なりの覚悟は伝えたつもりである。

 私に上手くできるかどうか……自信はないがやるしかないのだ。

 私の覚悟を伝えるように、セージ様の眼をじっと見る。

 程なくしてセージ様は眼を瞑った後、一つ深呼吸をし、改めて私を見た。



 

「……流石は、ルバーブ様の御息女と言わざるを得ませんね。お嬢様の覚悟、誠に感服致しました」

「では……!」

「ただし! 万が一の時は、私が命に代えても守りますから、お嬢様は全力で逃げてください。約束ですよ」

「セージ様……っ、ありがとうございますっ!!」


 


 ――刹那、隠れている岩の裏から巨大な何かが激突する音と衝撃が走る。

 続け様にもう一度衝突音がした後、巨大な岩にヒビが入っていくのが見えた。

 即座に、あの鉄猪(アイアンボア)の仕業であると理解する。




「――ぐっ!? 流石にそうのんびりとしている時間はありませんでしたね……!」

「セージ様!岩が割れてしまいそうです!」

「お嬢様は右へ!私は左へ行きます!……後は、先程のお話の通りに行きましょう!」

「は、はいっ!」

 


 

 私とセージ様が二手に分かれて飛び退いた瞬間、衝撃に耐えかねた岩が砕け散る。

 飛んでくる破片をギリギリで回避し、振り向くと先程まで隠れていた岩は跡形もなく崩れ去っていた。

 岩を突き破って姿を現したものの正体を確認すると、そこにいたのは全身に茶色のオーラを纏った――つまり、身体強化をかけた状態の鉄猪(アイアンボア)だった。

いつも読んでくださる方々、本当にありがとうございます。

これが今年最後の更新になるかと思います。

今年もお世話になりました。

ストックがだいぶ無くなってきたので、この年末年始で書き溜めておきます。

また来年、頑張って更新しますので、よろしくお願いします。

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