召喚契約
「――……ここが雑木林の入口ね」
北門を出て直ぐ、大きな丘が広がる一帯の左手に沢山の木々が生えている場所を見つけた。
近付いていくと、思っていたよりもも雑木林の範囲が広そうだった。
我が領地で一番大きい都市であるカイエンの半分位はある。
この中に、先程の矢羽鷹がいるとカイムは言っているが、果たして見つけられるだろうか。
それに、先にセージ様がこの雑木林の中に入ってるはずなので、無事であると願いたい。
〈お嬢様、この中へ入る前に一つやって頂きたいことがあります〉
「やることって?」
〈私と召喚契約を行ってください〉
「召喚契約……確か、召喚した精霊の魔力を借りる為に行う契約の事よね」
カイムに言われたその単語を復唱したことで思い出したのは、学園時代に能力の特訓でお世話になった先生の話だった。
召喚の能力を持つ者は、呼び出した精霊の力を借りるために召喚契約を行う必要がある。
力の強さや性格・召喚した者との相性等、精霊によって個体差があるらしく、召喚した全ての精霊と必ず召喚契約出来る訳では無いらしい。
ただ、召喚契約が出来れば、その精霊の属性に関わる魔法の威力が飛躍的に上がるとの事だ。
そういえば……その時に先生が、使役と召喚は似ているようで決定的に違う点があると話してくれた。
使役は一方的に契約・服従させることかできるのに対し、召喚は呼び出した精霊と双方の合意が取れないと契約が出来ない。
合意を取らなければならない制約がある分、契約ができた時は召喚の方が強いのだと、先生が熱が入った口調で講義していたので記憶に残っていたのだ。
〈本来の召喚契約は、契約する魔獣の羽や鱗などを体内に取り込むことで成立するとのことですが……〉
「……カイムに羽や鱗なんて、無いわよね?」
〈残念ながらありませんね〉
「そ、そうよね……」
〈おそらく重要なのは羽や鱗などではなく、それらに宿っている魔力を体内に取り込むことだと推測します。そうなると私の魔力を受け入れるような形になるので、プリムラ様自身が使用する魔力量は少なく、この時間帯での呪文の使用も可能だと考えられます〉
カイムの推測を聞き、どこかホッとする自分がいる。
ホッとしたのは魔力量の心配をしたからではない。
召喚契約する為に、カイムの髪の毛を飲まなければならないとなれば……結構気が引けると考えていたからだ。
カイムのように顔立ちの良い者の身体の一部を取り込めることに喜ぶ方はいるのかもしれないが、何て言えば良いのだろうか……私には抵抗感があった。
〈……体内に取り込むというのは、何も食べることが全てでは無いのですよ〉
「えっ!? わ、私何も言ってないわっ!!」
〈そのようにあからさまに安堵されれば、何を考えていたかすぐに分かりますよ〉
そう言われてしまうと、恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになる。
卒業してから社交界に出ることもめっきり減ってしまったからだろうか、最近どうにも感情が表に出ている自分がいる。
これでは、家族にカイムのことがバレるのも時間の問題である。
いくら身内ばかりとしかやり取りをしていないとはいえ、少し気が緩みすぎている自分を恥じた。
〈話を元に戻しましょう。魔力を取り込むことが重要だと仮定するのであれば、魔力の塊をそのまま取り込んでみるのはどうでしょうか〉
「魔力の塊って、どうやって作るの?」
〈イベルを使います。イベルは私の魔力でできているので〉
「え!?」
私は驚きの声を上げ、肩に止まっているイベルを見る。
いくらカイムの魔力を取り込む為とはいえ、小鳥の姿をしたイベルを取り込むのは些か気が引けた。
すると、肩に止まっていたイベルが羽ばたいた後、見覚えのある青紫色に包まれたので、少し吃驚してしまった。
青紫色の炎はやがて揺らめくのをやめ、私の片手の掌に収まるほどの球体に変わった。
炎と同じ色をしたそれは、まるで氷の太陽のようでとても美しかった。
私は自然と両手を伸ばし、壊れ物を扱うかのように掌で包み込む。
〈プリムラ様、召喚契約の呪文は覚えておられますか?〉
「ええ、ちゃんと唱えるのは初めてだけれども。火精霊と契約する時の呪文で良いのかしら?」
〈呪文はおそらくそれで問題ないかと〉
「あ……ちょっと待って!ここで呪文を唱えていたら色んな人に見られてしまうわ!」
〈ならば、少し人気の無い辺りに移動しましょう。少しだけ雑木林の中に入れますか?〉
「分かった」
サッと周りを見渡し人が居ないかを確認した後、雑木林の中に飛び込む。
少し中の方へ進んでから、ようやく召喚契約を行えそうな場所を見つけたのでそこで止まった。
〈丁度良い場所ですね……では、始めましょう〉
私は、青紫色の球体を包み込んだまま、両眼を閉じて集中する。
掌の中から感じる、カイムの魔力はじんわりと暖かい。
その暖かさを感じることだけに集中していくと、周りに僅かだが風が吹き始めた。
風で木々が騒めく音が聞こえたのを合図に、私は呪文を唱え始めた。
「――召喚されし熱き炎の化身、名をカイム。その炎を我が血潮に変え、魔を焼き尽くす力を貸し給え……召喚契約!」
掌から感じる暖かさが炎の熱に変わっていく。
だが、不思議と熱くはなかった。
カイムの魔力を包み込んでいる両手を胸へと引き寄せると、指の隙間からその熱が溢れ出した。
魔力は次第に私の体を包み込み、肌から全身の血管に入り込んでくるような感覚を覚える。
呪文の通り、カイムの魔力が私の血潮へと変わっているのだと考えた。
暫くその感覚に浸っていたが、感じていた熱が突然スッと消えたのを感じたので、ようやく眼を開ける。
見たところ、自身の体に何か変わった様子は見られない。
カイムと話をしたい所だが、イベルを使って召喚契約をしてしまったので、会話をする手段が無いことに気付く。
〈――――プリムラ様、聞こえますか?〉
「――っ!? カイム!?」
〈問題なく聞こえるようですね。私の魔力を取り込んだことで、思念による意思疎通ができるようになったようです。これならば、周りを気にせず会話ができます〉
「す、すごい……!」
突然頭の中でカイムの声が響いたことに驚いたが、どうやら召喚契約をしたことで、カイムとの思念で意思疎通ができるようになったようだ。
これならイベルがいなくても、カイムと意思疎通が図れる。
しかも思念を使っての会話であれば、何かの時には誰かが横にいてもカイムと話ができるのでありがたい。
これが出来るということは無事、カイムとの召喚契約ができたのだろう。
〈プリムラ様、不具合なく召喚契約が完了しているか確かめたいので、ちょっと右側に火魔法を放ってもらってもよろしいですか?〉
「え、此処で火魔法を打つの?雑木林だから、下手をすれば木が燃えてしまうわよ!?」
〈大丈夫です。そうですね……プリムラ様が右側を向いて、丁度真正面にくる灰色の木に放って頂ければ問題ないかと〉
「……わ、分かったわ。えっと、あの木ね」
カイムの指示通り、右側にある灰色の木に標的を定め、手を翳した。
火魔法は基本魔法の初級レベルだが、場所が場所だけに余り火力は強くない方が良いだろう。
周りの木に魔法が当たらないよう、魔力を調整しながら狙いを定める。
しかし、カイムの魔力を受け入れたからだろうか、魔力を調整するのに少し手こずってしまった。
それでも何とか調整ができたので、意を決して呪文を唱えた。
「火魔法――――っ!?」
火魔法を放つ。
すると、私の掌から青紫色の炎が放たれた。
私の火魔法は本来赤色なので、これはカイムと召喚契約をして変化が起きたのだと考えられる。
炎は目標目掛けて勢いよく飛んでいき、灰色の木にぶつかって瞬時に燃え広がる。
すると、炎が当たった木がその熱さに悶え苦しむ様に、突如グネグネと揺れ動いた。
私は驚いて、思わず数歩後ずさった。
「何あれっ!? ただの木じゃなかったのっ!?」
〈あれは黒子胡桃という樹木型の魔物ですね。自分たちを狙って木材にする人間を恐れ、わざわざ隠蔽の能力を使い他の木に紛れて擬態しているんです。まあ、微量に魔力が漏れ出てるので、最初から気付いておりましたが〉
「……そんな臆病な魔物を突然火達磨にするなんて、とても可哀想なことしてる気分になったわ」
ごめんなさい、黒子胡桃。
私は、あっという間に炭のようにになっていく目の前の魔物に心の中で謝った。
やがて燃え尽きた黒子胡桃は、その場でボロボロと崩れていく。
その中に、何か灰褐色の丸いものが大量に紛れていることに気が付いた。
何かと思い近くに寄って確認してみると、炭に紛れて小石の様な形をした木の実が大量に転がっていた。
〈これは黒子胡桃の木の実ですね。この中にある種実は、煎って食べるととても香ばしくて美味しいのですよ。小型の魔物や動物がこれを狙い、逆に養分にされる位には。丁度いい具合に殻へ火が通ったので、割りやすくなってると思います〉
「……ねえカイム。もしかして、最初からこれを狙っていたの?」
〈……さあ、特に不具合なく召喚契約も出来たようですし、私の魔力も使いこなせそうですね。この木の実を回収して、矢羽鷹の元へ参りましょうか〉
確信犯だな、と私は瞬時に察した。
まあ……本来なら今頃は、カイムに屋台の食べ物を渡せているはずなのにそれも出来ていないので、その代わりだと思うことにしよう。
私は伏魔殿を上手く使って黒子胡桃の木の実を素早く回収し、急いで矢羽鷹の元へ向かった。