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矢羽鷹(ヴェインホーク)



 


 

「そういえば、あっちの屋台で串焼きが売られてたな。何の串焼きなのか確かめに行かないか?」

「行きたい!……けど、ちょっと待って」

「大丈夫よ、ゆっくり食べてから行きましょう」

 



 セージ様はフリローレンを食べながらも、次の屋台の目星をつけてくれていたらしい。

 ニレに慌てないよう声を掛けられたが、一先ず手に残っていたフリローレンを食べてしまい、フルーツソーダも飲んでいく。

 串焼きなら、上手くいけばカイムの分も一緒に帰るかもしれない。

 ……後は出来れば、カイムの為にフリローレンをもう一個買えたらいいのだけど。

 そう思っていると、肩にずっと止まっていたイベルが突然飛び立ち、当たりを見回すように上空をグルグルと飛び回っている。

 それまで大人しくしていたのに、突然忙しない動きを見せるイベルを不思議そうに見上げた。



 

〈――――――プリムラ様!その場を離れてください!〉

「っ!?あっ!!」

 


 

 カイムの大声が私に向かって降り注いだ瞬間、突然旋風のような強風に煽られ思わずよろけた。

 あまりの勢いに、手から飲み掛けのフルーツソーダのコップが吹き飛ばされる。

 咄嗟に肩に手を回して支えてくれたセージ様のお陰で転ぶことはなかった。

 しかし、リボンでしっかり括っていた筈のボンネットが、いつの間にか私の頭から消えていた。

 何が起きたのか状況を把握しきれていない中、先に異変に気付いていたであろうカイムが私に説明し始める。




〈今のはただの風ではありません!鳥の魔物のようです!あのスピードで飛び回ることが出来るのは恐らく矢羽鷹(ヴェインホーク)です!もう少し早く気配に気付けていれば対処出来たのですが……申し訳ありません!〉




 矢羽鷹(ヴェインホーク)という名前を聞いて、胸がざわつくのを感じた。

 矢羽鷹(ヴェインホーク)は鷹型の魔物だが、本来は人が多い場所は避けて、餌になるような生き物が生息する地に巣を作る。

 少なくとも、こんな街中に来るような魔物ではない筈だ。

 もしかすると、牙鼠(タスカラット)の時のように操られた個体なのかもしれない。

 慌てて周りを見回すが、怪しい人物は見られない。

 ただ、周囲の人たちは驚いているものの特に被害もなかったので、そこは少し安心した。




矢羽鷹(ヴェインホーク)はプリムラ様の帽子を咥えたまま、この街の北側へ飛んでいきました!私はそのまま追いかけて様子を伺ってみます!〉

 


 

 カイムも同じ事を考えていたのだろう。

 北側は宿街になっているが、その先に門があって街の外に出られる。

 確かあの辺は、少し丘になっていて小規模の雑木林があった筈だ。

 カイムはイベル越しに何処へ飛んでいったのか見えたのかもしれない。

 これが例の怪しい人物の仕業なのかはまだ分からないが、可能性は十分にある。

 狙われている私は、急いで此処から逃げ出すべきなのだろう。




 (――……でも、私が逃げて、次は街や人が狙われたらどうする?)




 少なくともシュテルンベルグ家では、街や人に被害が及ぶ事など気にせず逃げるべきだと教えられることはなかった。

 何かの時には、自ら進んで民や国を守るのが辺境伯家だと教えられてきた。

 ……ならば、私も辺境伯家の者として受けて立って見せようじゃない。

 私は意を決して北の方へと走り出す。

 その事に驚いたニレとセージ様も慌てて付いてきた。




「待ってください!一体何処に向かって――」

「今のは矢羽鷹(ヴェインホーク)の仕業です!」

「――――っ!?今の一瞬で良く気付きましたね!」

「たまたまです!もしかしたら……一昨日の夜の件に繋がっている気がします!」




 私の言葉に、二人が息を呑むのが聞こえた。

 思わず普段の口調が出てしまったが、こんな事態で町娘を装う余裕などない。

 先を飛んでいくイベルは小さいので、目を離したら見失ってしまいそうだ。

 私は自分の足を止めず、そのまま二人に話し続ける。




「ニレ!貴女は残りの二人に事情を説明して!必要があると判断するなら増援要請も頼んでおいて!」

「ですがっ!状況が確定しないままお嬢様が向かわれるのは危険です!」

「大丈夫!これでも魔法はそれなりに使えるし、セージ様も一緒だから!それにっ、このまま何もしなければ他に被害が出るわ!!」




 矢羽鷹(ヴェインホーク)は風魔法が使える魔物だ。

 先程のように風を起こしたり、自身を加速させたりすることが出来る。

 そして最大の特徴は、その風魔法で無数の羽を作り出し、矢のように飛ばして攻撃するのだ。

 矢羽鷹(ヴェインホーク)の名前の由来はそこにある。

 もし戻ってきた矢羽鷹(ヴェインホーク)がそんな攻撃を街中でしてしまえば、確実に被害が出るだろう。

 牙鼠(タスカラット)と同じ低級魔物の分類だが、その牙鼠(タスカラット)すら餌にしてしまうのが矢羽鷹(ヴェインホーク)だ。

 手強さで言えば矢羽鷹(ヴェインホーク)の方が上である。

 そんな魔物をそのまま放置する訳にもいかない。




矢羽鷹(ヴェインホーク)だけなら私達だけでも何とかなるわ!例の怪しい人物が絡んでるなら、狙いは私だし、下手な事はしてこない筈よ!何とかして時間を稼ぐわ!」

「……分かりました!セージ様後は頼みます!」

「ああ!そちらこそよろしく頼む!」




 セージ様の言葉を聞いた後、ニレは途端に逆方向を向いて走って行った。

 恐らく後方から、護衛の二人が追いかけて来ているのだろう。

 その様子を振り返って確認している暇はない。

 周囲の人達が怪訝そうな表情を浮かべてこちらを見ているのにも気付かないまま、ひたすらイベルを追いかけ続けた。

 もう宿街に入ったようで、日中で客が出払っているところが多いせいか、人もまばらだ。

 こんなに全力で長い距離を走るのはいつ以来だろうか。

 学園(アカデミー)時代だったかしら?

 ……いや、卒業後にお義父様が鍛錬だって言って度々走らされたな。

 そんなどうでもいい事を頭の隅で考えていると、細い路地に入った所でセージ様に話しかけられて我に返った。




「お嬢様!私には矢羽鷹(ヴェインホーク)の姿が見えなかったのですが、どこに飛んでいったか見えていたのですか!?」

「まあ……そんな感じです!どうやら北の方へ飛んで行ったようです!」

「……っていうか!お嬢様一回止まってください!!」




 セージ様に肩を掴まれ、転びそうになったので仕方なく止まる。

 その瞬間、肺が一気に空気を欲したようで、何度も肩を大きく揺らしながら呼吸をする。

 セージ様は日頃の訓練で慣れているのか、私のように息の乱れは少なかった。

 イベルの姿は見えなくなったが、恐らく状況を確認したら戻ってきてくれるだろう。

 この辺りは宿の裏側に面している道のため、人はほとんど通らないらしく人影は無い。




「な……何、ですか……セージ様……っ、ごほっ」

「一度落ち着きましょう。大きく息を吸って吐いて、そう……」




 スーハー……スーハー……

 繰り返し肺に空気を取り込んでいくと、まるで耳元に心臓があるのではないかと思うくらいに聞こえていた音が少しずつ落ち着いてきた。

 



「……ありがとうございます、落ち着きました。でも、急がなければ……っ」

「お嬢様が焦る気持ちも分かります。ですが、アスター嬢も言っていたように、状況が分からないまま無策で目的地に飛び込む事ほど、危険な事はないですよ」




 務めて冷静な声で言われた言葉は、焦っていた私の気持ちを落ち着かせてくれる。

 呼吸が整ってきて冷静に考えれば、セージ様のいっていることは正論だと理解できた。

 セージ様がいるとはいえ、無鉄砲に突っ込もうとしていた自分が恥ずかしい。




「……申し訳ありません、気が急いておりました」

「大丈夫ですよ。少し、状況の整理と想定を考えましょう。それくらいの時間は取っても大丈夫かと」

「状況の整理と想定、ですか」

「ええ、そうです。さてと……」


 


 顎に手を当てて何か思案しているセージ様。

 今のように、普段からこうやって冷静に状況を理解して判断ができるからこそ、国防隊の第三部隊を任されるのだろうと感じた。

 ……お義父様が関わると、そんなようには見えなかったりするのだけれど。

 真面目な話をしているのに、思わず場にそぐわない考えをしてしまったことに関して、心の中で反省する。



 

「今回は二つの可能性があります。一つは、人里を避けて暮らす矢羽鷹(ヴェインホーク)がたまたま此方に流れて来てた場合です。ニンフルサグやニンフルでも鳥型の魔物が来るのはある事なので、そういった場合には一度捕らえて人間の魔力を覚えさせます。人間の魔力を覚えれば、奴らは学習してもう街に寄ってこないと思います」

「あの、魔力を覚えさせるというのは?」

「怪我をさせず手っ取り早いのは、水魔法でずぶ濡れにする方法です。魔物に限らず、鳥は大体が濡れると飛びにくくなるので嫌がるんです」

「……成程」



 

 ……それはどちらかと言うと、水を掛けられるのが嫌で寄って来ない可能性の方が高そうだなと思いつつ、黙って心に閉まっておくことにする。


 


「問題は……お嬢様の仰る通り、誰かが矢羽鷹(ヴェインホーク)を操っている場合です」

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