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染物屋にて①






「そういえば、今回マンサック家へ向かう理由はなんなのですか?」

「前にね、親方のマンサックが布を染色する時には、染料をよく溶かしておかないと染めムラができるんだって教えてくれたの。布が綺麗に染まらないで、白いまだら模様ができちゃうことなんだけど。その染めムラをわざと作って、模様にしたら面白そうって言ったら、マンサックが乗り気になっちゃって」

「へえ、あえて染めムラを作るんですか」

「その試作が幾つか出来たみたいだから、それを見に行きがてら、売り物になりそうならその場で契約の更新をしようと思ったの」

「成程……」




 マンサック家は元々平民向けの染物を生業といている。

 染物は、布にする前の糸を染める先染めと、布を染める後染めの二種類があるらしい。

 マンサック家では、染色の材料に合わせて両方やっている。

 更に他と違うのは、通常染色に使う材料だけでなく、野菜や果物を使って染めたりするのだ。

 親方であるマンサックは職人気質の典型な人間である。

 染料の研究をし続け、植物が染料に出来るなら野菜や果物でもいけるだろうという発想に至ったという。

 出会った当初はなかなか心を開いてくれなかったが、時間が経つにつれ信頼関係も生まれ、そういったことを教えてくれる仲になれた。

 貴族向けのものを作るのは難しいと思うので、まだ依頼したことは無いのだが、今回の試作の出来によっては、ポケットチーフなどに使えないかと考えている。

 そんなことを考えていると、斜向かいに座っていたセージ様が感心したような声で言葉を続けた。

 

 

 

「プリムラ様は実際に見るだけではなく、領民との関わりも大切にしていらっしゃるのですね」

「……そう見えるでしょうか」




 お義父様の教えの通り、領民の様子を見ていたけれど、見ているだけでは彼らが何を考えているか、何を貴族(我々)に求めているのか分からなかった。

 私は曲がりなりにも貴族の一族として育てられて来たけど、領主になるための勉強は当然ながらしていない。

 ただ、私を大切にしてくれた家族の為に、私は私なりに感謝を返したいと考えている。

 だから、自分が出資した者たちだけでも少しは話を聞きたいと思っただけだ。

 こういった地道なことが、少しでもお義父様達の領地経営に繋がってくれたらと思いながら。

 ……と、こうやってなんだかんだと理由はつけているが、結局の所は自己満足の様なものかもしれない。




「自分で言うのもなんですが、私なんかルバーブ様の元で働きたくて家を出てきた人間ですからね。家の事なんか少しも考えてもいませんでしたよ」

「それはそれで素晴らしいことではないですか。自分のやりたい事に向かって動いているのですから」

「そうですかね?まあ、私としては毎日ルバーブ様からご教授いただけて幸せですし、私がここに来た事で辺境伯との良い繋がり(交易)が結べたと喜ばれましたので、結果的には良かったのかもしれません」




 何故だろう、そう言って笑うセージ様がなんだかとても眩しく見えた。

 私だって、家族の為に自分で考えて行動しているはずなのに。

 そんな気持ちに気付かれたくなくて、彼に笑顔で返して窓の外を見る。

 気が付けば。もうすぐ馬車駅に着く頃だった。

 ニレから、そろそろ降りる準備を致しますねと声を掛けられる。

 ニレの声掛けが聞こえたのだろう、それまでじっと窓の外を見ていたイベルが私の肩に乗った。

 私はワンピースの裾を少し直しながら、外に降りるのを今か今かと待ち続けた。





 

 ――――――――――――――――――――…………




 


「あ!お嬢様!こんにちは!」

「あら本当!こんな所まで来てくだすってありがとうねぇ」

「御機嫌よう、二人共」




 着いて最初に出迎えてくれたのは、マンサックの弟子のボリジと、マンサックの妻であるマネッチアだった。

 ボリジは苔緑色の髪と瞳を持った青年で、背は高く細めの体格をしている。

 そばかすが散りばめられた顔はとても穏やかな笑顔を浮かべ、人懐っこい性格が伺えた。

 対してマネッチアは底抜けに明るい性格で、夕焼けのような髪色と琥珀掛かった茶色の瞳が満面の笑みによく似合う。

 遠くに居てもよく聞こえる芯のある声は、いかにも工房の女将であると教えてくれているようだ。

 

 親方呼んできますとボリジが家の奥まで行き、程なくして家主のマンサックが現れた。

 家の奥は工房になっているので、いつもの様に仕事をしていたのであろう。

 白髪混じりの銅色の髪と、フルビアードと呼ばれる形の髭を蓄えており、どっしりとした筋肉質な体格も相まって貫禄がある。

 髪と同じ色の瞳が鋭く光り、一見機嫌が悪そうにも見えるが、眉間の皺が少ない所を見ると機嫌は悪くないようだった。




「ああ、嬢ちゃん。わざわざすまんな」

「御機嫌ようマンサック、今日はよろしくね。例の試作を楽しみにしてたの」

「おう、やってみると案外面白くてな。試作と言いながら色々作っちまったぜ」


 


 そう言いながらニヤリと笑うマンサックに対して、眉を顰めるセージ様。

 今回、ニレとセージ様には中まで付いて来てもらい、残りの護衛二人は外で待機している。

 ついでに、イベルも私の肩に止まったまま付いてきている。

 セージ様はこの家に来るのは初めてなので、多分何を考えているのかすぐ分かった。

 


 

「セージ様、私が普段通りの喋り方で構わないと伝えているので、ここの者達の口調については不問としてください」

「しかし、お嬢様……!」

「変に堅苦しくされるより、砕けた口調でいてくれた方が私が話しやすいんです」

「……っ、わかりました」

「ありがとうございます、セージ様」

「……またそのやり取りか」




 一体何度目だ、とマンサックが若干呆れ顔で呟いた。

 物心ついた時から染色に力を注いでいたらしい彼は、染色家に必要な事しか身に付けていない。

 出会った当初は付き添いのニレ、その後も新しい護衛が増える度に同じ様なやり取りを何度もした。

 最近は来たことのある人が付き添いや護衛で一緒だったから、セージ様への事前の説明を怠ってしまった。

 これは私のミスだ。




「ごめんなさい、私が先に説明しておくのを忘れていたの。次からはもうないようにするわ」

「いいさ……嬢ちゃんがちゃんと辺境伯様んとこの娘として扱われてる証拠だ」

「……ありがとう」




 マンサックは私のお礼に対して特に返事はせず、奥の工房に入ってくるようにだけ言って先に向かった。

 彼の背中が消えた後、マネッチアが吹き出しながら零す声が聞こえた。




「全く……何時もながら素直じゃないねえ」


 

 

 このシュテルンベルグ領でも、私の出自については大々的にではないが知られている。

 その為、一部の人間には「たまたま運が良く貴族の仲間入りをしただけの娘」と思われており、私に向ける眼差しも冷ややかである。

 過去に町へ出た際には、直接「貴族ごっこで偉そうにするな」と言葉を投げかける者もいた。

 一緒に居たお義父様がそれはもう怒り狂い、その者の頭を片手で掴んで万力のように頭が割れるぐらいの力を込めたので、護衛から全力で止められていた。

 その一件があってからは、表立った悪口は言われていないが、まだ私を快く思ってない人間がいるのも事実だった。

 当の私は、領民の不満は当然だよなと、心のどこかで思っていた。

 私が出資する者達と直接話をするのには、そう言った経緯から少しでも良い関係づくりを行いたいという理由もあった。

 

 マンサック達も、当然私に対する嘲りは耳にしていた。

 彼自身は、貴族など面倒臭い存在でしかないと思い、貴族の話題が出る度に鬱陶しそうにしていたらしい。

 反面、拾われただけで周りからとやかく言われる私が少し気の毒に思えていたようだ。

 そんな私がある日突然、是非出資したいと言って家まで来たものだから、それはそれは驚いたとのことだった。

 しかも出資するだけでなく染色作業を見学したり、分からないことは疑問に思ったことを素直に聞いたりするものだから、更に驚きは大きくなった。

 私自身は出資する以上、何も知らないでお金を出すよりも、どんな事をしているのか知っておいた方がいいだろうと判断して行っていた事だったのだが。

 しかし、マンサック達の目に映った私の行動は、また別の意味に捉えられていたらしい。

 そういった経緯もあり、マンサックの私への態度が少しずつ変わっていった。

 今ではマンサックと気兼ねなく会話できるくらいには仲を深められているのだから、今までの彼を知る周りからすれば衝撃が計り知れないらしい。

 ……ちなみにこの辺りの話は、以前マンサックが居ない時にマネッチアがこっそり教えてくれたものだった。


 


「親方、この間同じ職人同士の飲みの席で、出資者がお嬢様だっていうのを馬鹿にしたやつに噛み付いてましたよ。下らない憶測や浮評でしか判断出来ねえ奴は仕事も三流だって。危うく取っ組み合いの喧嘩になりそうで、慌てて止めたんスよ」

「まあ……マンサックったら」

「いいんだよお嬢様、お嬢様によくしていただいてるのは事実だし。廃業一歩手前だった我が家に出資して下すった恩ぐらい、いくらでも返させておくれ。それに……いざという時に女の子を守れないような亭主なんか、私は願い下げだからね。そんなバカチン、股間に一発でも二発でも食らわせてやりゃあいいんだ」

「マネッチアまで……」

 

 


 ポリジが笑って話す内容を聞いて、私自身は引き攣った笑顔を浮かべてしまった。

 ……つまりはと言うと、マンサックはあんな物言いはするが、情に厚い人なので案外私の事を心配してくれているようだ。

 一見彼と対照的なマネッチアも血の気は多めなようで、物騒な発言が聞こえてきて思わず苦笑する。

 非常に有難いが、マンサック達の身の安全等を考えると、なるべくは穏便に済ませて欲しいと切に願った。




「……なんだっけ、冷たい態度を取る割に、結構好意を持っている人間のこと、前に部下が変な名称で呼んでたな」

「ああ。それ、私の後輩も以前言ってました。確か……ツンだのデレだの」




 私の後ろで、セージ様とニレがそんな会話をしていたとはつゆ知らず、マンサックが待っている工房へと足を運んだ。

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