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出掛けます。

今回は領地についての説明が入るので少し長めです。






「プリムラ様、いくら町娘の格好をしているからと言って、油断してはなりませんよ。うっかり貴族の言動を取ってしまえば、周りに気づかれる可能性は高くなるのですから」

「分かっているわ、ニレ」




 ニレが用意してくれた、町娘がよく着るような黄緑色のワンピースを着て、鏡の前でくるりと回る。

 本日は予定通り、街に出るので変装をしているのだ。

 ニレは衣装の用意だけではなく、周りの人達に髪色が見えないよう、二つ作った三つ編みをまとめてお団子状にし、ワンピースと同じ色のリボンを付けたボンネットで隠せるような髪型にしてくれた。

 仕上げに変装魔法(マスキエラ)を髪にかけて、髪色を赤茶色に見えるようにした。

 後は淡い色付きの眼鏡をかけて、目の色が見えないようにすれば完成だ。

 ちなみにニレも一緒に来るので、ニレも私と色違いのワンピースを用意した。

 彼女は薔薇色の髪とセピア色の瞳という色合いを持っている。

 黄色も似合いそうなのだが、目立つのは嫌だと言って臙脂(えんじ)色のワンピースを着ていた。

 丁度準備が終わった段階で部屋の扉がノックされ、どうぞと声をかける。

 私の声掛けの後、直ぐにセージ様が入ってきた。

 セージ様も私に合わせて、町で暮らしている若者のような格好をしてくれていた。

 白のシャツに黒のズボンとベストというシンプルな出立は、セージ様の髪と瞳の両方の色である紺色によく合っていた。


 


「失礼します、お嬢様。本日は私とあと二人、変装して護衛をさせていただきます」

「セージ様、よろしくお願いいたします。我儘を言って申し訳ございません」



 

 本来ならば、護衛対象を外に出すのは気が引けるだろう。

 その位、流石に私も分かっているつもりだ。

 だが、今回は元々入っていた予定である。

 投資先の染物屋の染色家と、以前から話していたとある試作品を見せてもらうことになっているのだ。

 その試作品の出来次第では、契約内容について更新する旨を話さなければならない。

 もし今後外に出にくくなるならば、なるべく今のうちに会っておきたい。

 それに、カイムに必要な物を買ってあげられないのも申し訳ない。

 私の我儘を通すのだからと、セージ様に一言謝っておいた。

 セージ様は大丈夫です、と返してくれた。


 

  

「本日は染物屋のマンサック一家の元へ行った後、街で買い物をしたいと仰っておりましたが……欲しいものをリストアップして、お嬢様は馬車で待機、護衛達が交代で買いに行く方法でよろしいでしょうか?」

「あの、できれば直接品を見て買いたいのです。領地を与えられている貴族の一員として、街や民の様子を自分の目で見ることの大切さは、お義父様から何度も教えて教えられているので」

「……そう仰ると思っておりました。仕方ありません、なるべくそのようにできるよう手配致します」

「ありがとうございますセージ様!」

「その代わり、絶対に我々から離れないようにしてくださいね!お嬢様に何かあれば、ルバーブ様がどれだけ悲しむか……!!」




 想像したのであろう、くっ……!などと声を零しながら、唇を噛み締めているセージ様。

 ……私に護衛として付いているのに、それはどうなのかと思う私がいる。

 私の身を案ずる以上に、お義父様に悲しい思いをさせる方が辛いのは、セージ様らしいような。

 


 

「……二人共、私に対してそんなに信用してないのかしら」

「信用がどうこうの話ではないのです!」

「そうです!我々はお嬢様の身を案じているからこそ!心配が優ってしまうのです!」




 私のちょっとした嫌味は、二人にものすごい勢いで反論されてしまった。

 こう言う時、二人の息の合いっぷりは凄まじい。

 ……ここだけの話、この二人はなんだかんだでお似合いな気がしている。

 お義父様を崇拝している所は置いておき、常に努力を重ねながら真面目に隊長として従事するセージ様。

 そして、家族を思いながら侍女としての役割をきっちりこなし、時には温かく見守ってくれるニレ。

 二人の事はよく知ってるし、幸せになって欲しいなと思うので、もし婚約等ということになったら嬉しいな、なんていう私の都合のいい願望だが。

 本人達の好みとか相手に求める条件とかは知らないし、それぞれこだわる所はあると思うから、勿論強制するつもりは無い。

 それぞれの家の事情もあると思うしね。

 

 恋愛事はそう都合の良いように行かないというのは、学園(アカデミー)時代の周りの方々を見ていて何となく分かっている。

 特に王侯貴族は、綺麗事だけでどうにかなることでは無いのだ。

 拾われ子の私なんかは、そんな理由から早い内に色恋に対する憧れを捨ててしまった。




「二人の心配が無駄になるよう、言われた事はきちんと守った上で出掛けるわ」




 二人が心から心配してくれていることは分かっている。

 だから、周りに迷惑をかけるような事をするつもりは無い。

 にっこりと笑顔を浮かべて言えば、ニレから約束ですよなんて言葉が返ってきた。

 セージ様は、そろそろ馬車を表に回す手配をすると言って、部屋を後にした。

 鏡台の上に止まっていたイベルが、嘴で羽繕いをしているのを横目に支度を進めれば、出掛ける時間が近付いていった。






――――――――――――――



 

 

 

 お忍び用の馬車に揺られながら、街へと向かう道を眺めている。

 私達が暮らしているシュテルンベルグ家の領主館(マナー・ハウス)は領地の南端にあり、王都から続く大きな街道のすぐ側にある。

 その街道はラーフ街道と呼ばれ、今まさにこの馬車が通っている道だ。

 この街道は、シュテルンベルグ領唯一の交易都市・カイエンを通って二股に分かれて伸びていき、それぞれの道の先にはこの領の最大の特色である二大要塞へと繋がっていく。

 シュテルンベルグ領の北側は大半が魔王国と隣接しているのだが、北西側はトードリリー帝国、北東側はカーフィルライム共和国とも隣接している。

 そう言った理由から、シュテルンベルグ家管轄で北西の要塞「ニンフルサグ」と北東の要塞「ニンサル」をローダンセ王国北部の守りの要としている。

 ちなみに、ニンフルサグにはお義父様の弟であるオレガノ様、ニンサルにはお義父様の父であり前当主であるクローブ様が直接の管理・運営をして下さっている。

 そして領主館にいるお義父様と連絡を密に取り合い、周辺国の様子を聞いたり時には兵の増員をしたりと三つの拠点をうまく活用した警備体制となっているのだ。

 セージ様も本来は二つの要塞を行き来しているのだが、今回はたまたまこちらへ滞在している時に牙鼠(タスカラット)の一件があった為、成り行きで私の護衛になることになってしまった。

 本来の仕事とは関係のない仕事を推し付けられるような形になってしまい、申し訳なさを隠せないのが私の心境だ。

 

 気を取り直して意識を街道へ向けると、その周辺には所々に畑や牧場などがあり、農夫たちが農作業をしているのが見えた。

 皆、額に汗をかきながらも、生きるために一生懸命だ。

 遠くの方には、山が連なっているのが見える。

 果物が特産であるシュテルンベルグ領は、山々に囲まれた地形をしている。

 特に領地の北東側、カーフィルライム共和国との国境に沿うように屹立しているエンキ山からは大きな川が通っている。

 その川は王都を通流し、王国の南側の海へと繋がる程の規模だ。

 ローダンセではこの川を運河にし、生活に必要な水として利用している。

 水魔法で出した水は、魔力を使っているからなのか魔素が大量に含まれていて、飲むには適さないのだ。

 不思議なことに浄化魔法(プルガーティオ)を掛けた川の水は飲めるから、魔法というものはつくづく面白い。

 本日行くマンサックの家は、シュテルンベルグの屋敷から見て北東にある。

 私達が後ほど向かう予定のカイエンよりも少し距離は近い。

 

 相変わらず誰にも見られていないイベルは、私が肘掛け替わりに腕を置いている窓枠に止まって、じっと外の景色を見ている。

 カイムもイベルを通して、このシュテルンベルグ領の景色を見ているだろう。

 魔王国と比べてどうだったか、後で聞いてみたいと思った。




「あ、もうすぐ(コルマ)が熟す時期ね」

「そうですね。そういえば昔、お嬢様が渋い(コルマ)に当たって大騒ぎした事あありましたよね。私がお嬢様に仕えてまだ間もない頃でしたっけ」

「やだ!そんな恥ずかしい事思い出さないでよニレ!」

「渋い(コルマ)は舌が痺れますからね。お嬢様にはさぞかしキツかったのでしょうね。前にルバーブ様も渋いのを食べてしまったもので、その後の鍛錬で大暴れしていたのを思い出します」

 



 今この馬車の中にいるのは、私とニレ、そしてセージ様だ。

 残りの二人の護衛だが、一人は御者に扮し、もう一人は車両の後方にある外付けのランブルシートに座っている。

 この馬車はお忍び用だが、このままマンサック家まで直接乗って行くには些か目立ってしまう。

 なので、少し手前の馬車駅に停めて、マンサック家まで歩くことになった。

 幸いにも、マンサック家は馬車駅から然程遠くはないし、カイエンにも割とすぐに出れる場所にある。

 護衛の三人には少し気を張ってもらうことになるかもしれないが。

2024.1.4 護衛の人数が一部違っておりましたので修正しました。

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