夜のお茶会 二回目②
振り返れば10歳の誕生日を迎える少し前のこと。
魔力が発現したばかりの幼い私は、まだ不安定な魔力に体が耐えきれず、夜に熱を出すことが多かった。
何時もは元気で明るいお父様は、私が熱を出す度に心配そうな表情をして側にいてくれた。
そして、毎回最後には「プリムラ、大丈夫だ。儂がどうにかしてやるからな」と励ましてくれていたのを今でも覚えている。
私自身は熱に浮かされていたのでわからなかったが、あの頃からもう既に、夜に魔力量が増えていたのかもしれない。
どのような経緯で用意できたのかはわからないが、そうして誕生日に手渡されたのがこのネックレスだったのだろう。
お義父様は、得体の知れない私を拾って自分の養子にしてしまう程、その養子にも分け隔てない愛を注いで下さる程に優しい。
それは私がこれまでの人生の中で身を持って体感している。
そんなお義父様だからこそ、セージ様のように慕ってくれる方が多いのだ。
私も、できる限りお義父様に恩を返していきたいと思っているが、自分が感じていた以上に与えられたものは多かったらしい。
今まで気付かなかった父の愛情に、感謝と申し訳なさとが入り混じった気持ちになった。
「私……私、今まで何も気付かず、もっと自分の置かれている状況に疑問を持たず、今日まで過ごしてきた自分が信じられないわ」
「今こうしてここにいられるのですから、良いのではないでしょうか。失礼ながら私自身、プリムラ様が生きておられるなんて、昨日召喚されるまで考えてもおりませんでしたから」
さして大事ではないと言わんばかりに私に返すカイム。魔王の側近をしている割には、遠慮なく言うのは彼の性格の問題なのだろうか。
そういえば、彼はここに呼び出されるまで、一体何をしていたのだろうか。
「話は変わるけど、カイムは本当のお父様に仕えてると言っていたわよね。いきなり居なくなったもんだから、みんな驚いているんじゃない?」
「私が居なくなった所で、魔王様は大して気にも留めてないと思いますよ。執務はあまりお好きではないみたいなので、うるさく言う私が居なくなって寧ろ喜んでいることでしょう」
それって、魔王として……というか、一国を担う人としてどうなのよ。
魔王と呼ばれる父親のイメージがよく分からなくなってきた。
そして、確実に残された周りの人達に被害が被っている可能性が高いのではないだろうか。
魔王国の人達が少し心配になった。
「まあ、せっかく呼び出して頂いたので、もう暫くはプリムラ様についていきますよ。他にも知っておきたいこともありますしね」
「そんな気軽でいいの、魔王国」
「他国とも交流を絶っていれば、案外気にしなくていい部分が増えるのですよ」
そういうものなのだろうか。
魔王国に対する謎がまた一つ深まった気がする。
「それで、魔族と呼ばれる理由の一つは分かったけど、もう一つは?」
「そうでした。魔族と呼ばれる理由の二つ目ですね」
先程の、冗談のような会話が嘘のように、キリッとした表情でこちらに顔を向け直すカイム。
綺麗な顔でこちらを見られると、少しだけ居心地が悪く感じるのは私だけなのだろうか?
なるべく表情には出さないように、カイムの話に耳を傾ける。
「それは、|夜にしか魔力が使えない《このような》体質になった原因に、悪魔が関わっているからです」
「悪魔……」
魔族と悪魔は混同されがちだが、明確に区別がついているということだけは知っている。
区別の仕方として言われているのが、魔族は人であり、悪魔は人ならざるものであるということ。
魔王国は長年の鎖国で、国内やそこに住んでいる魔族の情報がないため、噂が噂を呼び恐れられる形となっている。
しかし悪魔は、人の理を超えた存在。
滅多に現れることは無いが、ある日突然現れては、人々を恐怖の底に落とす。
それは災害であったり、直接命を奪われたりと、様々な方法を用いて気紛れに命を弄ぶ。
その様な存在が、魔族を特異な体質にしたようだ。
「魔王国が建国するもう少し前……我らの先祖が、その豊富な魔力を奪おうとした悪魔に対抗し、苦戦を強いられました。結果魔力を奪えなかった悪魔は、その恨みに我々の先祖に呪いをかけ、夜にしか魔素を生成できない体質になったのです。『魔の呪いを受けし一族』と名付けられた我々は、やがて『魔族』と呼ばれるようになったと言い伝えられています」
そう話すカイムの表情は、どこか悲しげだった。
やっぱり、日中に魔族が出てく本を読んだのは、良くなかったと思う。
魔王国では、呪いをかけた張本人である悪魔が悪者として書かれているのに、この国では悪魔に代わって自分達がその役として書かれていたのだ。
私は、途端に申し訳なく思った。
「そんな言い伝えがあったなんて知らなかったとはいえ……こちらの物語を読んで申し訳ななかったわ。ごめんなさい」
「ああ、それに関しては、日中お伝えしたように気にしておりませんよ。国が違うと、こうも伝承が代わってくるのかと、寧ろ興味津々で読んでおりました」
「そ、そうなの……」
カイムは案外、感情云々よりも好奇心の方が勝るタイプなんだなと思った。
そういう性格でないと、魔王の側近など務まらないのかも知れないが。
「……そういえば、悪魔の呪いの関係で、稀に能力も変異が起こることがあります」
「能力の変異?」
「はい。昨夜、私の火印は火炎より火力が強いのだとお伝えしましたね。火印は、基本的には火炎と同じで、炎系の魔法が多岐に渡って使えるようになるのですが、炎の色が異なります。このように」
「――!!」
ボッと音を立ててカイムの指先から出た炎は、青紫色をしていた。
火炎で出現させる炎は赤色の筈である。
何処か怖さを感じさせつつも綺麗な色を保ったまま燃え続けているのを見て、カイムの言ったことを理解した。
これが悪魔の呪いによる、能力の変異の一例だと。
蝋燭の火のようにゆらゆらと揺れているそれは、まるで悪魔が狩りとった魂のようだと思った。
そしてその炎が、昨晩の牙鼠の命を刈り取ったと言うことも。
……やがて炎は、カイムによってスっと消されてしまった。
「この炎は、赤い炎と比べて温度が高いことが分かっております。扱い方を気を付けなければ危険ですが、案外使い勝手は良いのですよ」
「……綺麗な色で、思わず見とれてしまったわ」
私の呟きを拾ったカイムは、一瞬驚いた表情を浮かべたが、直ぐにいつもの笑顔を浮かべた。
……私、変なことを言ってしまったのだろうか?
少し気まずくなり、慌てて次の言葉を取り繕おうと考えた。
「あっ!もしかして!私がカイムを召喚したことにも関係があるのかも!」
「そうですね、その可能性はあります。あとは、次代の魔王の資格が関係していることも考えられますが……」
「それは……できれば関係ないといいなあ……」
魔族の呪いのことは理解したし、恐らく私たちが思っているような人達ではないことは話を聞いていて良く分かった。
だが、じゃあ次の魔王を引き受けますかと聞かれても、そういう気持ちにはなれない。
魔王国の人達だって、突然ぽっと出て湧いた私のような者が魔王になりますなんて言われて、納得する筈もないのではないか。
「本当に、心の底から魔王になるのが嫌だと言っているのが伝わりますね」
「私は人の上に立つのは向かない人間なのよ。それに、魔王国の人達だって、突然私が出ていってもよく思わないんじゃないの?」
「プリムラ様の瞳の色を見ればわかる話です」
「……そんなに、金色の瞳であることって重要なの?」
「当然です。資格が無い者が魔王になろうとすると、国に大きな災いが起こると言われているのですから」
「そ、そうなの!?」
「資格のない者が魔王になった前例がそもそも無いので、真偽は定かではありません。ですが、件の内乱が起きた際、結界に歪みが生じた結果、プリムラ様は今此処にいらっしゃるのですから」
「…………………」
確かに、何百年単位で強固であった結界が、僅かでも揺らいたのは事実だ。
魔王や魔王の資格がある者に命の危険が迫ったのが理由なのであれば、魔族にとっては軽視できないのだろう。
そもそも、結界を張る理由が魔王にしか分からないのであれば、内乱の際に結界が揺らいだ理由も魔王にしか分からない。
私がそれを知る術は、やはり魔王になることが前提だろう。
「それに、こうしてプリムラ様が生きてることが分かった以上、国民にそのことが知られれば、嫌だなどと言ってられる状況じゃ無くなると思いますよ」
「え、こ、困る……!」
私の存在が知られれば、皆に私が魔王になることを願われてしまうのか……!!
そうなると私の拒否権は無くなってしまい、無理矢理にでも魔王の道へと担ぎ出されるのだろう。
……私はなるべく平穏に人生を送りたい。
後は、ここまで育ててくれたシュテルンベルグ家に少しでも恩返しができるような生き方をしたい。
拾われた身なので、何か偉業を成し遂げるとか、表立って活躍することはきっと難しいと思う。
お義父様が、あの日私を拾ったことは正しかったと思ってもらえるように、私にとって幸せを感じられる生き方をしたい。
私の意思に関係なく魔王にされてしまえば、恐らくそれすらも叶わないのだ。
どうにか魔王の資格を放棄できないものか……。
私は必死に考えを巡らせたが、今一つ妙案が浮かぶ事はなかったのだった。
私の悩みも虚しく、本日の夜のお茶会は終了することになった。