夜のお茶会 二回目①
今日は少し嫌な事実が判明したが、漸く夜が来た。
夜のお茶会の時間である。
昨晩と同じような流れで部屋に魔法を施した後、カイムを呼び出し、昨夜と同じようにソファに腰掛けた。
朝起きた時にはお菓子のバスケットだけ返されてくれていたので、何時ものようにお菓子を詰めてもらえている。
約束した通り多めに作って貰えたお菓子は、日中にニレと少し摘んだが、まだまだ沢山バスケットに残っている。
お義父様のところで頂いた檸檬風味のクリームサンドクッキーだけではなく、干し葡萄を混ぜたクリームサンドクッキーや、甘橙を使ったパウンドケーキなどがある。
シュテルンベルグ領では、果物が名産品で、交易品でよく出回るくらい収穫量が多い。
砂糖はまだ貴重な為、イベリスはよく果物をふんだんに使ったお菓子を作ってくれるのだ。
しかも今回は、冷たいがお茶も用意することが出来た。
ニレに寝る前、最近寝ている途中に喉が乾いて目が覚めることがあるから、その時のために飲み物を用意して欲しいと頼んだのだ。
紅茶ではなくカモミールティーだが、これで少しは夜のお茶会らしくなってきた。
「プリムラ様、あのような話をされたばかりだというのに、ご機嫌ですね」
「お菓子もお茶も用意できて、夜のお茶会らしくなってきたのが嬉しいのよ」
「左様でございますか」
「お菓子ばっかりでごめんね。明日、街に出たときに普通の食料も買ってくるわね」
「そこまでお気遣いいただけるだけでも、とてもありがたいです」
そう言うカイムが食べているのは、なんと生姜の入ったクッキーだった。
昨日の林檎と肉桂のパウンドケーキも気に入っているようだったし、ちょっと刺激のある物が好きなのかも知れない。
一服して落ち着いてから、本日の本題に入る。
今日は、魔族と呼ばれる人達について話をしてもらうことになった。
まず、この国においての魔族に対する認識については、日中に読んだ物語の内容から大体理解したと言われた。
「プリムラ様は、そもそも魔族が何故魔族と呼ばれるようになったか、検討はつきますか?」
「そう言われても……この国では、魔族は恐ろしい物と教えてこられたから、悪魔のような一族で魔族と呼ばれたと考えられているわ。でも、これまでの話を聞く限り、もちろん違うわよね」
「そうですね。……まあ、悪魔が関わっているのも、あながち間違いではないのですが」
「そうなの?」
当たらずとも遠からず、と言うことなのだろうか。
カイムは私の前にスッと指を2本立てながら、話を続けた。
「我々が魔族と呼ばれる理由は二つございます。一つは一昨日もお話しした通り、基本的に夜でなければ本来の魔力が使えません。イベルのように、夜の内に魔力で作られたものを昼に動かすことはできます」
「よほど大きな魔力が供給されない限りは、夜に発動した魔法は使えると言うことね」
「そうです」
魔法は基本、初動で必要な魔力量の殆どが消費される。
イベルは小型だし、牙鼠の時のようなことがなければ、魔力消費もそこまでではないのだろう。
「しかし、日中は能力は使えず、基本魔法も半減してしまいます。その為、日中は眠りにつき、夜に活動しています。ですが、制限がある分、本来の魔力量は極めて高いのです」
「――基本魔法も、半減する……?」
――そうすると、もしかして?
私は微かに震えている自分の掌を見た。
10歳の時、初めての魔力測定で言われた私の魔力量は中の下であった。
そこから学園に入学し、基本魔法や能力の練習をしていくと、魔力の循環がスムーズになったお陰なのか魔力量が増えていった。
そういったことはよくあることで、学園に在籍すると大半の生徒が多少なりとも魔力は上がっていく。
私は能力が使えずに特訓をしていたので、他の生徒よりも増えた魔力量が少し多い。
6年間掛けて特訓し続けた結果、今現在の私の魔力量は中の上である。
「……プリムラ様、そもそも生きているものが魔法を使える理由はご存知ですか?」
「ええ……体内に魔力の源である魔素が、食べ物を食べたりすることで血液と共に作られ循環して、呪文や魔法陣、魔道具を媒介とすることで使うことができると学んだわ」
「その通りでございます。しかし、我々魔族は陽の光が魔素の生成を阻害してしまい、夜でなければ体内での魔素の生成ができない体質なのです。能力は個人の持つ特別な魔法です。基本魔法と比べて効果が高い分、より多くの魔力が必要になります。使用時には体内で魔素を常に作り続けなければならないため、陽の光で阻害される日中は使用できないのです」
「……日中でも、基本魔法が使用できるはどうして?」
「阻害されていても僅かな量ですが生成できていること、夜の間に溜めていた魔力が使えるというのが理由ですね」
「そうなの……」
見ていた掌をぐっと握り込む。
もし、今まで認識していた魔力量が陽の光によって半減していた量だったとしたら――――……
今まで一般程度だと思っていた自身の魔力量が、その倍の量もあると聞いて怖くなった。
「……カイムと話す時は、部屋に魔力認識阻害魔法と吸音魔法を掛けているの。何時もならちょっと時間がかかるのに、最近はは掛けやすいなって思っていたわ」
「魔力量が多いほど、上位の魔法が掛けやすくなります。恐らくですが……プリムラ様の本来の魔力量は、私と同じぐらいではないかと」
「カイムは最高でどんな魔法が使えるの?」
「最高出力で一発となれば、闇炎ぐらいのものが使えます」
闇炎は火魔法の中でもかなり高位の範囲魔法で、この国の高位魔導士でも、使えるのは片手で数える程度だと聞く。
そのような魔法を使えるカイムにも驚いたし、そのカイムと同じくらいの魔力量を自分が持っているなんて信じたくなかった。
自分がますます魔王へと近づいているようで認めたくないのだ。
「というか……なんで私、今まで気付かなかったんだろう……普通、それだけの魔力量があれば気付く筈なのに」
「ああ、それはきっとその身につけているネックレスの所為ではないでしょうか?」
「ネックレス?……ああ、これ?これはお義父様から10歳の誕生日に頂いた、緊急防御魔法が付与されたお守りみたいなものだけど……」
夜間着の中に入れてあったペンダントを引っ張り出して見せる。
ペンダントトップのモチーフはキバナタマスダレという花の形になっている。
シュテルンベルク家の家紋に使われている花だ。
その中心に白い石が添えられている。
これを渡された当時、お義父様から「今後様々な危険が増えるだろうから、何時も肌身離さずつけておきなさい」と言われたので、寝ている時も必ず身に付けるようにしている。
カイムはそのネックレスをまじまじと見ると、ふむ、と呟いて言葉を続けた。
「こちら、確かに緊急守護魔法が付与されていますが、本命はこの白瑪瑙に付与されている魔力抑制のようですよ。……しかもこの付与、かなり高度な技術を持った魔道具師が作ったのでしょうね。ご丁寧に夜の間だけ効果が発動するようになってます。更に、抑制された魔力は日中に少しずつ還元される仕組みですね」
「そんなに凄い物だったの!?」
「それに……白瑪瑙は、高まった感情やエネルギーを押さえてくれる力がある上に、厄災や魔を払うとも言われていて、お守りに使われる事が多いのです。本当に、プリムラ様のことを想って用意されたのでしょうね」
「――――……!!」
一昨日から、私はずっと吃驚してばかりだ。
一生分の驚きを今ここで体感しているのではないだろうかとさえ思えてくる。
カイムの言葉で、どうして私自身が今まで気付かなかったのか腑に落ちた。
お父様は、もうとっくの昔から私の体質に気付いていたのだ。
あの歴戦を潜り抜けたお義父様が、寝ていても魔力や気配に敏感なお義父様が、夜になると魔力が増加している私に気付かないはずがない。