【プロローグ】バカばっかり
女の子が女の子を好き。
おそらく、きっと、表向きには理解は進んできているのだろう。
でもやっぱり、現実はそうそう都合のいいようにできてはいないらしい。
世間には暗黙の“普通”という枠組みがあって、その枠から逸脱する私みたいなはみ出し者には優しくないのが現実だ。
目に見える制度とか、道徳倫理が作り出す風潮とか、そういう次元の話をしているのではない。
もっと感情的・直感的な、人が生まれながらに持つ単純な“心”の話である。
小学五年生の頃だった。
『ねえねえ、あの子女の子が好きなんだって』
『えー、〇〇ちゃん付き合ってあげなよ』
『やだよー私そういうのじゃないもん』
『私もそういう目で見られてたらどうしよー』
『え、やばー』
友達だと思っていた人にそれとなく「女の子を好きになる」ことを告白して、その噂が一気に広まって、好奇の視線を向けられて。
私はもう、その瞬間に怒りを通り越して、心が空っぽになった。
結局はこんなものだ、好奇な視線からは逃れられない。
だって私は、女の子でありながら女の子を好きになる、普通ではない人間なのだから。
他でもない私自身が、普通ではないのだと自覚してしまっていたのだから。
だけど――。
『バカばっかり。人の心をおもちゃみたいに』
かすかに聞こえたその声だけは、他のどれとも違っていた。
澄ました顔でボソリと呟いたあの子と目が合って、思わず目を逸らして……。
それからすぐに転校した。
もちろんそれ以降、そのことを誰にも打ち明けたことはなかった。
再びあの子に出会って、恋をするまでは。