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桜木クレイジーメンバーズ  作者: 久藤翼


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特訓2

大っ変、お待たせいたしました。

漸く物語が動き始める、かな?どうかな?という感じになってまいりました。

 その後も何度か得体の知れない風を感じたが、徐々に恐怖は無くなっていった。

 窓が開いていると不気味さよりも心地よさが勝る。

 空を見ている時に吹くことも相まって、あまり不快ではなかった。


 全ての授業が終わり、いつも通り帰宅する。友人は部活動の練習があるので今日は一人だ。

 何かが違うとすれば、あの土手で少女にまた会えることをどこか期待する自分がいることか。


 とぼとぼと歩きながら頭上を見上げる。

 家屋の隙間を埋める空は、相変わらず青く澄んでいた。


 蒼羅に纏わりつく風も、くるくると中身を入れ替えながら回っている。

 翼に生えた羽根は風を受けてふよふよと微かに(なび)いていた。


 目の端に映ったその光景を、蒼羅は特に気にかけることもなく歩き続けて。


「⋯⋯ん!?」


 二度見した。


 この翼は空気抵抗を受けないんじゃなかったのか。

 そう唸る過去の認識と見たものをそのまま伝える現在の意識が衝突して、当然ながら過去の認識が吹き飛ばされた。


 本当に羽根が動いているか確認しようと、蒼羅の意識が羽根に引きつけられるほどその動きは大きく確かなものになっていく。


 そしていつの間にか、蒼羅の周りを回る風は髪をばらばらと巻き上げるほどに激しくなっていた。


 それに気が付いた途端、しんと静まり返る。

 凪いだ空気に一抹の寂しさを覚えた頃、再び風はくるくると(ささ)やかに踊りだした。


 これはもう、認めざるを得まい。風は蒼羅の意識に呼応して吹いている。

 現に、ちょっと強くとかちょっと弱くとか、逆回りにとか念じてみたらその通りになった。


 イメージ。


 不意に少女の言葉が蘇る。

 今思えば少女の発言は不自然に断定的だった。常識的に考えて、イメージしたところで風が起こる訳がないし、況してや空を飛べるようになる訳もない。


 つまり、少女はイメージすることで何かが起こるとわかっていたのだ。


 思考がそこに行き着いた瞬間、蒼羅は何かが全身を駆け巡るような感覚に身震いした。

 高揚して体温が上がるような、それでいて正体の分からぬ恐ろしさに血の気が引くような、矛盾とも取れる感動が渦巻いていた。


 話したい。この気持ちを伝えたい。


 誰に言っても取り合ってもらえないであろうこの昂りを、彼女となら分かち合える気がした。


 堤防に向かう足取りが自然と速くなる。ややもすると走り出しそうな勢いだった。


 いざ土手に登る階段に足をかけたところで、はたと思い至る。

 いつも先に土手にいるのは自分ではないか。待たなければ会うことはできない。待っていてもよいものだろうか。不快に思われることはないだろうか。


 つい今しがたまでの軽やかさは消え去り、急に足が重く感じられた。

 どうやって時間を稼ごうか考えながら階段を登る。


 しかし予想に反して、そこには既に少女の姿があった。静かに川を見下ろしている。


 蒼羅は己の心が浮いていくのがわかった。


 この僅かな時間での気持ちの変化に、思わず苦笑がこぼれる。今まで人間相手にここまで気分が上下したことがあっただろうか。


 人の気配を感じたのか、少女が徐ろに振り返った。


「あ、来た」


 少女がこちらに歩いて来る。

 蒼羅も歩み寄った。


「ちょっと気になっちゃって、学校早く終わったから待っちゃいました。どうですか。何か掴めました?」


 少女は何か期待するような目で、蒼羅に迫ってきた。


 若干気圧されながらも、蒼羅も負けじと先ほどの興奮を伝えようとする。


「わかりましたよ!風ですね!風をイメージするとそのとおりになります!」


 少女は少しだけ微笑んだまま、何かを考えるような素振りをした。


「やっぱり⋯⋯風。飛べそうですか?」

「あ」


 ここにきて漸く、一番の目的をまだ試していないことに気が付いた。


「それは、まだ、です⋯⋯」


 そう、これも。これもおかしい。


 今も胸の内でメラメラと燃えている、この渇望を忘れたことなど無かったのに。

 忘れるどころか、他のことに興味を抱くことさえ無かった。


 それなのに。


「あ、そうなんですね。まあいいじゃないですか、ゆっくりで」


 少女の軽やかな声に顔を上げる。


「だって、今日わかったんでしょ?」


 やはり。


 やはりこの少女にはどこか大地を思わせる安心感がある。

 いや、大地というよりも海か。海のような包容力。


 蒼羅はどうしても訊かずにはいられなかった。


「なんで、わかったんですか。イメージすればその通りになるって」


 アドバイス自体は実行できていないが。

 その根本。その自信。それは何処から来ていたのか。


「んー」


 少女は何か考えるように唸ると、ちょっと待ってね、と言い残して川の方へと降りて行く。


 戻ってきた少女の両手には、今にも零れそうなほど並々と水が入っていた。


「ほら、見てて」


 そしてゆっくりと滑らすように両手を離し、水の球を『持った』。


「わ」


 蒼羅には感嘆の声を出すことしかできない。


 少女は本物のボールを扱うように右手で持ち、軽く上へ投げた。十五センチ程浮き上がるとそのまま落ちてくる。

 再び右手に収まった水球は、変わらず静かに水面を揺らしている。

 少女は同じようにぽん、ぽんと放り投げた。


「あ」


 数回目に、手に当たった水球がパシャと弾けて地面に散らばった。

 散った水球の残像を追って、右手が寂しそうに宙を掻いている。


「えへ、まだ完璧って訳じゃぁ、ないんですよね」


 少女は苦笑しながら、濡れた右手を軽く振った。

 それだけで水滴はもう残っていなかった。









 二人でゆっくりと堤防を歩き、他愛のない話をした。どちらが先導するでもなく自然と同じ方へ向かっていく。

 驚くことに、同じ町内に家があることがわかった。


「そういえば、自己紹介してなかったですね。私、瑞瑠って言います。河谷瑞瑠」


 少女――瑞瑠は変わった名前でしょ、と微笑む。


「あ、俺は高橋蒼羅です」

「そら、くんね。普通の、空?」


 瑞瑠は人差し指を立てて上を指さした。


「いや、蒼天の蒼に、羅生門の羅です。⋯⋯河谷さんは、咲梅高校ですよね。すごいですね」


 咲梅高校は、蒼羅達の住む桜木町の隣町、咲梅町にある高校だ。


「よくわかりましたね。制服?言うほどすごくないですよ」

「いやいや。それにさすがに咲梅の制服はわかりますよ。まぁあとは、方向とか」


 瑞瑠は少し驚いた顔をしていたが、咲梅高校は県内で偏差値トップの学校なので知らない人の方が少ない。


「蒼羅くんは桜木ですか?」

「はい」

「やっぱり。そんな変わんないじゃないですか」


 そう言って瑞瑠はケラケラと笑った。


 桜木高校は咲梅高校には敵わずとも、二番手、三番手を争う高校である。蒼羅自身に対抗心などある訳もないが、教員からはジワジワと圧を感じることもあった。


「そんなことは、ない気がしますけど⋯⋯」


 しかし、未だに笑った余韻を残している瑞瑠からは嫌味っぽさは感じない。

 寧ろ、友人といる時とは別の、気が置けない居心地の良さがあった。


「思ったんですけど、もう、敬語やめない?」


 瑞瑠はほんの少しだけ窺うように、蒼羅を覗き込む。


「そうで⋯⋯うん、そうだね」


 瑞瑠も同じ感覚を抱いているように思えて、ほんのりと嬉しさが込み上げてきた。


「そうだ。この後って、何か用事ある?」

「いや、何もないよ」


 突然の質問に何だろう、と思い巡らせる蒼羅に、瑞瑠はにやりと笑って言った。


「特訓しない?」


 蒼羅は一瞬、何のことか分からなかった。しかし、すぐに理解して頷く。


「うん、したい!」


 いつの間にか心の奥に隠れていた渇望が、再び力を取り戻していくのがまざまざと感じられる。


 今までこんなことはなかったと叫ぶ心に蓋をして、空を一瞥した。

 触れたい、飛びたいと願う想いは依然としてある。

 だがそれと同様に、瑞瑠と話しているときの楽しさは忘れられなかった。


「あそこの公園がいいと思うんだけど、その前にコンビニ寄っていい?」


 コンビニの前で瑞瑠が尋ねる。

 蒼羅は必死に内心の動揺を隠しながら、いいよと短く応えた。


 中に入ると、入口に新商品らしき品物が大量に陳列されていた。


『中はサクッ!外はジュワッ!頬が落ちるおいしさ!はちみつメロンパン』


 どこにでもあるような宣伝文句。

 しかし何とも言えない違和感。


 これはずるい。どうしても気になってしまう。


 ミスなのかわざとなのかがわからない。

 仮に実際と異なっていても、言い逃れできてしまいそうである。


 思わず少し屈んで手を伸ばした時、ちょんちょんと瑞瑠に啄かれた。


「ねえ、めちゃくちゃガン見されてるよ」


 中途半端な態勢のままその視線を辿ると、レジに立つ店員がこちらを見ていた。


 少し口が開いて、じっと見つめられているのか、あるいはぼぉっとしているだけなのか、絶妙にわからない。焦点も微妙に蒼羅ではないどこかを見ているような気がする。


 蒼羅は一人で気まずくなって、手元に視線を戻した。

 そのままはちみつメロンパンを手に取る。


 これは、買わざるを得まい。


「⋯⋯あの、これお願いします」


 店員は蒼羅と同じくらいの年齢に見えるが、やや明るい茶髪でインナーだけ黒いという、いかにもチャラそうな格好をしていた。よく見るといくつかピアスも付けている。


 レジに近づいても変わらず蒼羅の周囲を見つめていたが、声をかけたことで我に返ったようだ。


「っ、すみません」


 いそいそと会計を済ませ、蒼羅は店を出た。


 ペットボトルの水だけ買った瑞瑠もすぐに出てきて、近くの公園へ向かった。

無事、物語は動き出せたんでしょうか。一歩、いや半歩くらいは踏み出せたはずです。

次も時間かかっちゃうと思いますが、死なない限りは書き続ける所存ですので、読んでいただけると嬉しいです。

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