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狂変

作者: マキマ


私はそこら辺にいる普通の女子高生だった。

両親は離婚して、母と姉と3人で暮らしていたけど、別にそれでよかったし、家庭に何か問題があった訳でもない。 高校でも友達も多い方だったし、スクールカーストで言えば所謂一軍だったと思う。部活も多少ストレスはあったが、努力はしていたし、活躍もそれなりだった。何か日常に不安や絶望があった訳ではない。でも私は今現在ここにいる。そう、塀の中だ。なぜ私が。私は自分がしたことは分かっている。そのせいで捕まってしまったことも。けれど、それは本当に罪なの?私を狂わせたのは何?


それは高校3年の、肌寒い冬の事だった。

指定校推薦で大学が決まった私は、高校はもうどうでもよかった。私のように大学が決まっている人もいれば、今も必死に勉強していてる人もいて、なんとなく気まづいクラスの雰囲気がとても嫌だった。一応進学校だったから、どんなに仲がいい友達でも進路のことは話せなかったし、空気を読むのにも疲れていた。唯一私を学校に行かせてくれたのは、3年になって付き合った同じクラスにいた晴人だった。晴人は毎朝「今日も1日頑張ろうね」とLINEをくれた。そんな晴人のおかげで、出席日数が足りないことは危うく避けることが出来た。晴人との付き合いに不満はなかった。友達感が強くて、恋人らしいことはあまりしなかったけど、それでも高校生のお付き合いはこんな感じだろうと言うようなものだった。卒業までの日々はゆるく淡々と過ぎていった。

そんなある日、彼に出会った。

出会ったというか、彼のことは知っていたし、彼も多分私を知っていた。SNSで繋がっていたし、同じ学年だから「あぁ、あの部活の人ね」お互いそういう認知だった思う。でも、確実に私のこのゆるい日々が一転したのはあの日だった。あの雨の日。

雨はわたしに学校を休めと言っているかのように感じる。しんどくないのに倦怠感を感じるし、帰りたい。午前7時15分。最寄りの駅に着いた私は、びしょ濡れになった鞄をハンカチで拭きながら、湿気で前髪の巻きが取れたことにイライラして、そんなふうに思っていた。晴人からは相変わらずのLINEが来てる。「おはよう」「今日も1日頑張ろうね」いつもはこれを見て頑張ろうって思えるけど、今日は違う。これも雨のせいだ。

親が離婚して、こっちに引っ越してきてから、最寄りの駅で知り合いと会うことは無くなった。最初は寂しいと感じたけど、今は、朝のこんなだらしない姿を見られなくて済むと思うと気が楽だ。高校の人はこちら方面が数人いるらしいが見たことがない。私はギリギリを攻める派だったから、皆はもっと早く出ているんだろう。けどその日は結構な雨で、もしかしたら雨で休校になったりしないか?とかいう馬鹿げた考えをしていたのは私だけではなかったらしい。ギリギリの時間の電車を待つ彼の姿が見えた。同じ制服を着ているのになぜかデパコスとプチプラコスメのような差を感じた。背は私より少し高いくらいだけど、細い腰には似つかないような広い肩幅と、長い脚。黒のスニーカーに黒のヘッドフォンをつけて、そこに居た。雨の日とは思えないような清々しい横顔をしていた。まだ眠気から覚めてないような姿をしている私は、急に恥ずかしくなって急いで身なりを整えた。あの人はたしか、隣のクラスの清隆くん?だったかな。ハンド部だった気がする。乗り換えの場所に1番近いホームに立っている。気まづいけど、このギリギリの時間じゃ私も絶対間に合わないし、そこに並ぼう。そうしてそっと彼の後ろに並んだ。彼はヘッドフォンをしているし、携帯を見ていて、私には全く気づいていないようだった。電車が来て、乗り換えのところで私は彼を抜かして走った。部活の荷物が重いのと、朝の眠気から覚めていないので、自分が走れているのかよく分からないほどだった。とりあえず前に前に。そのとき急に荷物が軽くなった。一瞬だった。パッと横を見ると、彼だった。彼が私の荷物を奪ってこっちを見て少し微笑み、私の手を引いた。私はされるがままに彼に引っ張られながら乗り換えの電車まで2人で走った。出発数秒前のところで間に合って、息を切らしながら乗り込んだ。驚きと疲労から声が出ない。彼はまだヘッドフォンをしている。どんな曲を聞いたら、雨の日にこんなロマンチックなことが出来るのだろうか。彼を見つめてしまっていたらしく、彼はヘッドフォンを外し、「驚いた?笑」と言った。「間に合ってよかった〜」「う、うん」「荷物ありがとう」「今日絶対休校だと思ってたでしょ」彼は俺もそうなんだ〜笑、と楽しそうに話す。私もなぜか笑っていた。朝笑ったのなんていつぶりだろう。それから学校に着くまで2人でたわいも無い話をした。自己紹介から始まったが、初めて話す割にはとても気楽だったし、人見知りを発動することなく、最後にはまた一緒に登校できたりしないかなと思っていた。清隆くんは「俺の事キヨって呼んで」と言った。清も私を名前で呼んだ。私を名前で呼ぶのは高校の中で晴人だけの特権だったけど、軽々と壁を越えてきた。馴れ馴れしいとかじゃないけど、すごく静かな人だと思っていたから、こんな人だったんだという印象だった。

だけどその日以降一緒に登校したりすることはなかった。清がたぶん私を避けた。私も晴人がいるし、何事も無かったかのようにしていた。実際別にただ友達として、たまたま一日だけ一緒に登校しただけだ。罪悪感も何もない。ただ、何故かその日が忘れられなかった。廊下ですれ違う時も変な意識をしている自分がいた。好きとかそんなのじゃないけど、清がどういう人なのかもっと知りたいと思いだしていた。清と同じクラスの友達に清のことをそれとなく聞いてみたけど、特に変な噂もなく、平凡人がまさにそれだった。女の子の噂も聞かないし、女の子とよく喋るような人でもない。みんなそう言っていた。「清って呼んで」まだ15歳のような恋心を持っていた私は、この言葉になぜか特別感を感じていた。それでもやっぱり晴人がいるし、心の奥底で感じるこのモヤモヤはそのままにしていた。けど私は多分、もうこの時点で自分じゃないような行動をしていたんだと思う。清は私のことをどう思っていたのかは分からないけど、文化祭や体育祭などのイベントがある度に私に「写真を撮ろう」と言ってきたり、そうやって少し関わる時は必ず、私に触れた。触れたと言えば、やらしい感じがするが、思わせぶりな態度のように感じるものだった。写真を撮ってバイバイする時、ハイタッチをする振りをして手を少し握ってきた。周りにはバレないような一瞬だったが、私は悟った。清を自分のものにしたい。写真を取ろうと言ってくる割には、連絡先を交換しようとは言ってこない。清の携帯には私はいない。私だけにメモリーさせるところも、周りに人がいる時は苗字で呼んでくるところも、清の悪いところだった。わざとじゃないかもしれないけど、遊ばれてるかもしれないと分かっても、もしかしたら彼なりの奥手なアピールなのかもしれないと思うと、沼っていく私がいた。晴人は意外とそういうことに鋭かった。晴人は清と1年の時に同じクラスになって、グループは違ったけど、友達だった。2人で1年の時の写真を見返してる時に、私が何気なく「清」と呼んでいることに不思議に思ったらしく、直ぐに質問攻めされた。私は最寄りが同じでたまたま会った時に少し喋っただけだよ、と言っておいた。「ふーん」晴人は「清はああ見えて、色々抱えてて、危ないよ」とだけ言ってきた。私には意味が分からず、すごく続きが聞きたかったけど、そこで私がどういう意味?なんて聞いてたら絶対に怪しまれる。清とは別に何も無いのにそんなふうに考えて、「そうなんだ」と返した。

清のこと、もっと知りたい。好きとかを超えた、そういう感情だった。卒業式が近づいてくる2月、私は真冬の中、マフラーを外して必死に走っていた。とうとう我慢できなくなっていたのだ。着いた先は清の家だった。昨日職員室にノートを提出しに行ったとき、隣のクラスの担任の先生の机に、生徒の個人情報簿が大きく開けて置いてあった。先生は急用の電話らしく、慌てて職員室を出ていった。私は清のことが少しでも知れたらいいなという軽い気持ちで、バレない角度でそれにカメラを向けていた。そこに清の住所があって、今日、なぜか授業を抜け出してまで来てしまったのだ。なぜ今なのか。そう思うだろう。けれど、今しかないのだ。私が今からしようとしてることは、今この時間しか出来ないのだ。その個人情報簿には担任の気にかけなければならないことの欄に、清隆くんのご両親は現在海外赴任中で、兄の雅之さんと1年間2人暮らし中。雅之さんは社会人なので、土日以外は夜遅くに帰ってくる。清隆くんに何かあった場合は、御家族には最終まで伝えない。了承得済み。と書いてあった。そして清は今授業中だ。私は体調が悪いので早退したいと言って学校を出てきた。早退理由なんてどうでもいいのだ。私はもう、清のことしか頭になかった。無我夢中で今ここにいる。私は今から、清の家に侵入する。


さすが両親揃っての海外赴任というだけあって、清の家は立地に合っていないような豪邸だった。セキュリティはしっかりしてるだろと思ったが、家の庭に続く狭い路地を通り、少し高い柵を越えれば、敷地内には余裕で入れる。監視カメラは玄関先にしかないようだった。願いを込めてベランダの戸を引くと、開いた。開いてしまった。犯罪という気持ちはもちろん全くない。清がどんな部屋に住んでいて、どんなものが好きで、ただそれを知りたいという自分の欲に従ってここにいる。

リビングとかどうでもよくて、2階にあがり、ドアをしきりに開けた。「ここが清の部屋か…」英語でkiyotakaと書かれた木の板で作られたものがドアにかけてあった。そのドアを開けた瞬間、清の世界が広がった。清の匂いを全身で感じて、清がそこに居るようだった。私は人生で1番幸せだと思った。だれもしらない、清がここで生活している風景が私には見えた。タンスを開けると、清の服や下着がある。私は全てを嗅ぎ尽くす。清の枕で顔を埋めて横になったり、棚にずらりと並んだ漫画を見たり、その間に隠れてあった清のメモを見たり、その一瞬で、清の全てを知れたように感じた。私はそれだけじゃ我慢できなくて、私のことも清に知って欲しくて、私物を置くことにした。今日は初めて来た記念に、と、清の勉強机の椅子に私の香水をふった。これで私は清とお互いをもっと知った状態になった。そう思っていた。

それからも何度か清の家に行き、存分に清の世界を楽しんだ後、私の私物を置いていった。本当に、最高の気分の時は、使い終わったタンポンを枕カバーの中に入れたり、その日履いていた下着を清のタンスの奥の方に入れたりした。私が清に私を知って欲しいのではなく、清が私を求めている。これじゃ足りない、これでも足りないと思うと、清にはなんでもあげられるのだ。

学校で清とすれ違っても、清には家に侵入していることはバレていないようだった。ただ毎回のように香水はふって帰るので、その香水と同じ匂いをつけているから、危険度は高い。けれどそれもそれで刺激を感じ、とても興奮している自分がいた。


ある日、そんな異変に気づいたのは晴人だった。

私は相変わらず、1週間に1回は必ず清の家に空き巣をしていた。清とは家の近くのコンビニでばったり会ったりした時に少し話す程度で、関係性は今までと何も変わりなかった。もちろん晴人とも別れていないし、うまくいっていた。けれど、「見たい映画あるから2人で見よ」と誘われて晴人の家に行った時、事件は起こった。

私は何回もしている空き巣に飽きを感じていて、最近は清の私物を持って帰ることがあった。さすがにバレるような大きなものは持って帰らないけれど、清の靴下片方とか、シャーペン1本、絶好のときには、ゴミ箱に捨ててある清の使用済みであろうティッシュや枕に落ちている髪の毛を大切にジップロックに入れて持って帰ったりもした。私はもう何をしてもバレないくらいのベテラン侵入者になった気でいたので、清の私物を学校に、お守りとして持って行っていた。その日も学校帰りそのまま晴人の家に行くことになっていたので、カバンに清の髪の毛を入れたまま向かった。




「何これ、」俺はあいつのカバンの中身がでているのを直そうとした時にそれを見つけた。貴重品のように丁寧に包装された中に、薄く1本の髪の毛が見える。長くない、短いやつだ。女の髪の毛ではない事がすぐに分かった。てゆうか、男か女どちらの髪の毛だとかそういう問題じゃない。第一、髪の毛をこんなふうに保存していること自体がおかしいだろ。俺は彼女をゆっくり見た。彼女は一瞬焦ったように見えたが、通常の声のトーンで、「お守りなの。」と言った。もしかしたら亡くなった親戚とかの髪の毛かもしれないし、家族のことについてあまり話したがらなかった彼女に、誰の髪の毛?とかそれ以上の事は聞けなかった。正直寒気がした。付き合った当初は彼女は本当に普通の純粋な女の子で、明るくて皆からも人気があった。俺も彼女とは仲が良い方で、周りからもお似合いと言われ続け、いつかは付き合うだろうなとかそんな感じでずっと思っていた。けれどいざ告白するとなると勇気が出なかった。きっかけを作ったのは、1年の時同じクラスだった清隆だった。清隆とはグループは違うし、クラスが一緒でも話すことは少なかった。今でも直接話すことはない。けれど俺たちは、清隆のある秘密を俺が知ったせいで、友達以上の秘密的な関係になった。

2年になったその年の冬だった。

放課後俺は部活を休んで、テスト前の提出物に追われていた。生物学のレポートを終えたので、理科学室にいる担任のところに提出しに行った。ドアをノックしようとした時、AV動画から聞こえてくる馴染みのあるような声が聞こえてきたのだ。俺は思わず1歩下がった。担任は若くて綺麗な方でみんなからも人気だが、残念ながら既婚者で、だれも本気になるような人はいなかった。まだ生徒もいる時間に、こんな淫らなことするなんて、信じられなかった。けれど、どの先生としているのか気になった俺は、そっとドアを開けてしまった。なぜか絶対的に先生同士だと思っていた俺は、目の前の光景を見て唖然とした。担任の下で腰を動かしていたのは清隆だった。俺は思わず、持っていた生物学のレポートを落としてしまった。担任は絶頂を迎える直前のような状態だったのか、落とした音にも気づかず、瞳を強く閉じながら喘いでいた。清隆はいつもの冷静さを失っておらず、すぐこちらに気づいたが、俺を見ながら腰を動かすのを止めなかった。俺は急いでその場から逃げた。もうそれからの事はよく覚えていない。知らない間に自分の部屋にいた。一旦整理しよう。担任は既婚者だ。清隆の浮ついた話は聞いたことがなかったし、好きな人がいるとかそんな噂はなかった。ただ俺が知らないだけだろうけど、清隆は自分のことを話したがらないような感じはしていた。きっとこんなのだれもしらない。清隆も遊びなんかじゃない。清隆は本気だ。本気で担任が好きなんだ。

明日は朝練があるから早く寝なければいけないのに、目を瞑るとあの光景が蘇ってなかなか眠れない。今は深夜3時12分。やばい。誰かに話そうか。けどこれは…。 そんなことを考えている時、ピコンっと一通のLINEが来た。清隆だった。「今日見たの、あれ俺の秘密」その1文だけだった。どうしても言わないで欲しいとかそういう懇願でもなく、余裕も感じるけどどこか諦観のような気もした。それから俺たちはLINEだけでやり取りする仲になった。俺はこう見えて口が硬い方だし、秘密と言うからには誰にも言わないでおこうと心に誓った。清隆も噂が広まらないことで俺に安心感を抱いたのか、どうしてああいう関係になったのか、事の発端を自分から話すようになった。そして、本気で担任のことが好きということも教えてくれた。だけど付き合いたいとか簡単な事じゃない。それは恋とは呼べないものだった。

それからも、担任とのことを俺に相談してきて、俺も力になりたいという純粋な思いで返答していた。3年になってもそのやり取りは続いた。彼女と俺の噂が流れ出した時、清隆は初めて俺の話をしようと送ってきた。俺も自身のことを清隆には話してもいいと思っていたし、既にその時にはなんでも話せるような仲だと思っていた。だから周りには言わないような彼女への気持ちを打ち明けた時、「俺は俺が後悔しないために今この現状を選んだんだ。悪いとは思ってるけど、先生がどうなろうと知ったこっちゃない。優先順位は自分だ。」清隆はこう言った。清隆は自分がしていることに後悔はないらしい。俺もそんな人生にしたい。17才にして自らこの決断をした清隆にどこか憧れた気持ちを持った俺は、勇気を出して彼女に告白した。彼女もその気でいてくれたらしく、俺たちは付き合うことになった。清隆は自分のことのように喜びのLINEを送ってくれた。

彼女が少しおかしいと感じ始めたのは今日この髪の毛を見たからではない。どこか怪しい空気を感じたのは清隆のことを「清」と呼んだあの時からだ。嫌な予感がした。あの時の光景が走馬灯のように頭に流れた。担任もあの時、清隆の上に跨りながら「清…」と何回も呼んでいたのだ。清隆のことをそう呼ぶ人は2人だけだと思う。清隆のよく知られているあだ名は「きょたか」だったし、仲のいい人はほとんどそう呼んでいた。「清」と呼んでいいのは、清隆が心を許した人だけなのかと思い込んでいたから、彼女の口からそれを聞いた時、つい疑ってしまった。今まで清隆の秘密のこと、少しでも人に話すことはなかったのに、「あいつは危険」なんてことを漏らしてしまった。彼女はすごく知りたそうだったけど、何も聞いてこなかった。俺は一安心した。清隆には俺たちを結びつけてくれたこと感謝してるし、今のこの関係性を壊したくない。けれど少しその時から彼女を普通の目で見れなくなった。どこか疑いをかけるように見ていた。行動一つ一つが気になりだして、何でもかんでも清隆と結びつけてしまいそうになる。今もそうだ。この髪の毛、絶対的な証拠は無いけど、清隆の気がする。俺はその1本の髪の毛を睨みつけるようにじっと見ていた。




完全に気が抜けていた。

晴人は清の髪の毛をじっと見ている。

ついお守りとまで言ってしまった。

私はもう普通じゃないのだ。狂変していたのだ。

晴人はその後少し怒った様子で私に触れてきた。沢山触れてきた。それでも私は晴人に清を重ねいてた。清が私を求めている。考えるだけで体の奥底が疼いてもっと触れて欲しいと願っていた。晴人なのに。




俺は先生の匂いが好きだった。

風呂場のシャンプーのようなそんな単純な匂いじゃない。雨の日の夜、ヘッドフォンを付けて好きなクラッシックを聞くけど、雨音が少し邪魔をしてくる。けれど瞼を閉じると、その世界で、そんな世界でいいと思える。そんなことを思い出させる匂いだ。誰もいない大通りを走り抜けて、瞳の中がチカチカするような、そんな夜が似合う月みたいな人だった。だから先生といると落ち着いた。好きとかいう言葉より、この居心地のいい空間に依存していたんだと思う。晴人にこの関係がバレた時は正直退学も考えた。だけど晴人は、俺が知るにいいやつだ。1度本気で相談してみてもいいんじゃないかと思った。いつの間にか晴人に自分の全てを語っていた。晴人はただ「わかるよ、その気持ち」と否定することなく受け入れてくれた。噂も広まることは無かったから、晴人は誰にも言わないでくれるんだと分かった。嬉しかった。だから俺も何か晴人の力になってやりたいと思った。そんな時に晴人とあの子がいい感じだという噂を聞いた。晴人にそれとなく聞いてみたところ、晴人のその子に対する気持ちが聞けた。これだ。俺は晴人に後悔しないようにと伝えた。けれど本当にその子のことを何も知らなかったので、こんな良い奴の晴人と釣り合うのか、知りたくなった。晴人が好きになる子だからきっといい子だろうけど、女は怖い。俺の経験からしてそう思って、探ってみることにした。学校帰りたまたまその子が前にいるのが見えて、話しかけようか迷っていたら、家の最寄りの駅に着いていた。まさかのその子も一緒の駅だった。朝見たことないから、もう一本遅い電車かなと思い、次の日ギリギリくらいの時間の電車に乗ることにした。あいにくの雨で休校になりそうだったけど、ギリギリの電車に間に合うように早めに駅に来た。着いたら1番乗り換えのホームに近いところに並ぶ。周りを見渡したけどあの子はいないようだった。先に行ったのかな。そう思いながらヘッドフォンをつけた。早朝の雨、冬。少し暗くて夜の雨を思い出す。先生が頭の中で俺に言う。「愛してる。」俺にはこの言葉が輝いて聞こえない。そもそも最初から幸せだった時しか「愛してる」なんて言葉は響かないのだ。ずっと絶望だった。もはや疲労が欲しかった。発する言葉は輝かず、先生の存在だけが眩しかった。ふと本当にこの時間で間に合うのかなと心配になり、電車の時刻表アプリを携帯で開く。その時後ろから、あの匂いがした。俺の好きなあの匂い。けどこの時間、特にこの場所に先生が居ることは絶対にない。誰だろう。すごく気になるけど、振り向くことが出来なかった。先生を感じていたかった。そのまま電車に乗って、乗り換えのところで降りた時、先生の匂いが一瞬横を通った。見ると、同じ制服を着たあの子だった。そうだ、俺は今日この子に会うためにこの電車に乗ったんだった。俺は急いで追いかけた。部活の荷物が重そうで、走っているつもりなのだろうが、すぐに追いつくことが出来た。後ろから荷物を取り上げ、手を引っ張った。彼女はビックリしていたけど、俺は既に先生とその子を重ねていたから、ただその瞬間が先生との青春のように感じて楽しかった。息を切らして乗り込んだ電車の中でさらに広がる先生の匂い。彼女に先生を重ねて、もっと知りたくなっていた。晴人の好きな人だということを忘れて、先生という自分のものにできない存在ではなく、目の前にいるこの子への独占欲が溢れ出した。ただ匂いが同じだけだけど、この落ち着く空間を作り出す、その子の話し方や表情、すべてが先生と似ているように感じた。また、好きを超えたこの感情になる。

けれど、もう遅かった。晴人は俺の言葉で勇気が出たらしく、また一緒に登校したいなと思った時には、晴人と彼女は付き合っていた。彼女がすごく欲しかった。だけど、晴人は唯一俺を知ってくれている。晴人の人生の邪魔はしたくない。俺は彼女を避けるようになった。絶望は絶望のままで、先生との関係はそれ以上になることはなく、何も変わらなかった。晴人と彼女が付き合ってから少し経った時、先生の転勤が決まったことを知らされた。「これから俺たちどうなるの」1番聞きたかったことは、聞けないまま、先生から会おうねと言われることもなく、俺と先生の関係は終わった。17才の俺は、少し大人になった気分で先生との関係を続けていたけど、まだ全然愚かだった。憎しみとかじゃないけど、離さないで、傍において欲しかった。晴人も先生の転勤を知ってから俺が先生の話をしなくなった事に別れを察したのか、俺たちのLINEは晴人の惚気で終わった。俺はもう何もかも忘れたかった。早く高校を卒業して、どこか遠くへ行きたかった。何も知らない、無垢な頃に戻りたかった。なのに、あの子が先生を思い出させる。廊下ですれ違った時にほのかに香る先生の匂い。俺はその子を滅茶苦茶にしてやりたかった。

それから俺の計画は始まった。

とにかく俺を見てもらおうと、晴人がいない所で彼女に思わせぶりな態度をとった。内緒で先生といやらしいことをしていたあの時のように、その子にもみんなにバレないようなわずかな接触をはかった。特に1番力を入れたことがある。それは晴人の携帯のハッキングだ。昔から細かいことが好きで秀才だった俺は、人のLINEを乗っ取る事なんて簡単だった。彼女が大学を決まって学校を休みがちだったことは知っていたので、来てもらわないと会えないじゃないかと思い、晴人の振りをして毎日「今日も一日頑張ろうね」と送った。彼女は晴人からのLINEだと思ってちゃんと学校に来ていた。実はそのころ彼女が授業を飛び出して俺の部屋に空き巣に入っていることは知っていた。むしろ俺がベランダを開けておいて、 いつでも入れるようにしてあげていたのだ。帰ると先生の匂いがした日は、彼女が来たんだと嬉しかった。晴人も怪しさを感じていたのか彼女にLINEを送ることがなく、トーク履歴を見られる事がなかった。部屋で先生の匂いがした日はその子の私物を宝探しのように探した。見つけた時はこれ以上の喜びはないだろうというほど興奮した。先生を感じるその時間がとても幸せだった。

だけどそれは長く続かなかった。

結構な数の物を交換したなと思った矢先、彼女が兄の雅之に見つかってしまった。たまたま雅之が営業先から直帰したときに、空き巣に入っていたのだ。雅之は言っていた。「当然かのようにそこに居て、俺が帰っても友達として来てますと言うかのような顔をしてた。使用済みの生理用品を清隆のタンスに入れようとしてたからさすがに違うと思って警察に電話したんだ。まさか結構な頻度で侵入されてたとはな…。」単純なミスだった。分かっていればベランダの鍵は閉めたのに。彼女は捕まった。俺はまた大切な人を逃した。

それから高校を卒業して今に至る。

俺は20歳になった。

彼女も監獄の中で20歳だ。

彼女が家にいない今、次は俺が彼女にあげる番だ。

俺は彼女の家の前にいた。

彼女のお母さんは夜勤で早朝まで帰ってこないことは調べてある。お姉さんはもう一人暮らしをしているのでこの家にはいない。そして俺は1回の彼女の部屋の窓から彼女の部屋に侵入する。そして、先生の匂いを堪能してから自分の私物を置いて帰る。どこに居ても俺たちは繋がっていた。




早くここを出たい。清が私を待っている。

捕まる前日に清とすれ違った時、耳元でこう囁かれた。「俺も一緒だよ。」

意味が分からなかったけど、なぜ清の家のベランダが必ず空いているのか考えた時その答えがわかった。そうだ。清も一緒なのだ。私は自分の家の部屋の窓を必ず開けて外に出るようになった。今この監獄の中で、清が私の部屋に空き巣に入っていることを想像して、猛烈に興奮する。私たちは繋がっているのだ。



(私たちは) (俺たちは)

狂っている。


fin.




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