愛の始まり
おや【親・祖】
父と母との汎称。子をもつ者。古くは特に、母。実の父母にも養父母にもいう。また、人間以外の動物にもいう。推古紀「―無しに汝なれ生なりけめや」。「生みの―より育ての―」「―子」「―犬」
「広辞苑」(第六版)より引用
母は言う、「結は私が産んだ子なんだから天才なのよ」と。
父は言う、「お前は皆から愛される子だ」と。
私は、誰。
そう、私は相川結。
私は、相川結。
母に期待され、父に信頼され、両親から愛される子供。
そう言い聞かせたのは、それはそれは遥か昔、20年以上前だ。
私は、母と父を愛していた。
いや、愛すように育てられた。
なぜなら、辞書には子は親を愛すように作られた存在だと書いてないからだ。
物心ついた時から母は私に英才教育を施した。
しかし、我が家は貧乏だったため、母が直接私に施した。
英検準一級を所有している母は、海外より教本を輸入し、私に読ませた。
私はその期待に応えようと幼心から一生懸命取り組んだ。
アルファベットを覚え、発音を綺麗に読んだ。
その私の努力に向き合ってくれた母も英語勉強用のポスターを購入し、カタカナでの読み方をマジックペンで嬉しそうに黒く塗りつぶした。
しかし、ある日のことだった。
突然英語が読めなくなった。
「e」と「i」の発音が分からなくなった。
私は混乱し、時計をチラリと見た。
まだ父が帰宅する時間まで少しある。
(あと少し頑張りたい。)
そう思った私は、母を見つめた。
母は微笑んでいた。
その瞬間だった。
気がついた時には、顔は別の方向を向き、頬が熱かった。
ジンジンと痛みが沸き、次第に私は殴られたと気付く。
なぜ?と思った時に、今度は上体が母に引き寄せられる。
抱きしめてくれるんだ、私は幼心にそう思ってしまった。
しかし、迎えてくれた気持ちは絶望だった。
母は私の顔スレスレまで近寄り、私の襟を掴んだ状態で怒鳴り散らした。
「なんで私の言う通りに話せない!お前は出来損ない!お前なんて産まなきゃよかった!」
そう何度も怒鳴り散らした母は次第に泣き出した。
「なんで私こんな欠陥品を産んだんだろう。私の人生こんなんじゃないのに。」
「すべてはあの男と結婚して、この欠陥品を産んだせいだ。」
そう言い母はキッチンへ向かい包丁を取り出した。
「結を殺して、あの男も殺して、すべてやり直す。」
私はその間どうしていたんだろう。
確か、その頃にはもう弟が生まれていた。
そうだ、弟は声を出して泣いていた。まだ赤ん坊だったから。
私は?
私もそういえば泣いていた。
死ぬと悟って怖かった気持ちもある、
しかし、母のその一面を知った失望もあった。
そのとき、父が帰ってきた。
父は包丁を持った母を見て、
「おい、お前、林檎を買ってきたから剥いてくれよ。」
と言った。
父は顔を赤く腫らした私なんか興味がないようだった。
父をしばらく見た私は、恐る恐る母を見ると母はまた笑顔に戻っていた。
「パパってば、いつもより遅く帰ってきたと思ったらお買い物してたのね。」
全て夢だと思った。
母の暴力も父の無関心も、全部が夢なんだと思った。
しかし、それからも母はDVという名の幸せを提供してくれた。




