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祓師2  作者: zhen
1/1

名も無き怪異2

出発から8時間…


車は山間の小さい村に着いた。時刻は午後4時。

冬の日暮れは早い。N村はうっすらと暗く冬のせいかどこか寂しい雰囲気を纏っていた。


「先生ー。着きましたよー。というかここまで爆睡じゃないですか?そんなに寝ると身体腐りますよ?」


少し毒づき先生を起こす。


「あー、良く寝た!ほら見ろよ?太陽様が私にびびって潜っただろ?」


夜の先生は朝とはまるで違う。寝起きからこのテンション…正直お腹いっぱいだ。


先生はマスクとサングラス、帽子を外し、2人で村長宅に向かう。


「どうも、遠路はるばるありがとうございます」


依頼人である村長の家に着くと村長は丁寧な言葉で俺たちを労ってくれた。


「おかわりないようで…ずいぶん綺麗になっちゃって!」


村長の奥様の言葉に


「またまたー、綺麗なのは昔からですよー」


屈託ない笑顔で先生は言葉を返す。


お前はちょっと謙遜を知れ!

心の中で先生に毒づきながら俺は話を切り出す。


「で…ご依頼の方だったんですけど…」

「ええ…以前先代の先生に治めてもらったはずなんですが…どうも最近また…始まったようで…村の者もちょっと怖がっていまして…」






怪異


妖怪

ものの怪

魔物


昔から日本人は得体の知れない恐怖に名前をつけて畏怖の念を抱いてきた。しかし人間とは不安には耐えられない生き物である。そんな怪異を引き受けて解決する…そんな存在が必要となった。


(祓師)

先生の家系は昔から怪異を引き受け払ってきた祓師。先生で17代目だ。俺は祓師見習い。つまり助手である。


今回は先代、先生のお爺さんが治めた怪異の再解決といった依頼なのだ。



「状況を詳しく教えて頂けますか?」

先生は真剣な眼差しで静かに尋ねる…


「はい…」

重い口を開くように村長は話を始めた


「2ヶ月前ほどでしょうか…秋の山にマタギが入った時でした…その日はいつもより山が静かだったと聞きます。もちろんマタギは山の専門家です。これは何かおかしいと…すると山の奥でウサギが倒れていたそうで、マタギはそのウサギの近くまで行ったらしいのです。ウサギはすでに死んでおりました。しかしその死に方が異様で…あたりには血も無くただ倒れているように見えたソレは皮だけだったのです。腹は裂かれ内蔵も肉もごっそりと無くなっていて…中には土がびっしり詰まっていたそうで…マタギは怖くなりすぐに山を降りたと言っておりました…」


「なるほど…」

先生は何かを思い出すように斜め上を見ながら頷いている…


「それが最初でして…それから何度か他のマタギが山に入るたびに同じような死体が山にあるそうなんです…しかも最初はウサギだったのがイタチ…狸、鹿と大きくなり、場所もだんだん人里に近づいていると…これはもしかして30年前と同じなのかと…急いでお電話させて頂いた次第でして…」


話しながら村長の声は少し震えているように感じた。これだけ歳を重ねてもやはり得体の知れないモノは怖いのだ。


「ありがとうございます。お話を聞く限り、以前と同じモノかと…そしてコレはおそらくウチに関係があります。先代が亡くなってウチも代替わりいたしまして、私が当主となりました。今日中に山に入りこの怪異、私が治めてまいります」


力強く先生がそう言うと村長も少しほっとしたのか顔から力が抜け、安心したような顔つきになっていた。


本当に不思議だがこういう時の先生の言葉には力があるというか…普段の姿からは考えられない説得力があるのだ…


村長の家をあとにして俺と先生は準備に入る。車から事前に用意したモノを取り出し、山に入る為の厚着をする。この時期の夜の山は単純に寒い。さらに怪異が近づくと決まって寒くなる。冷たくなると言った方が正しい。原因はわからないがそうなるものなのだ。

十分な準備を整えると先生は一言

「行くぞ」

そう言い…2人で暗い山へと入っていったのだ。









山に入る前、先生は俺に尋ねた。

「お前…今回の件どう思う?」

「まぁ…いくつか心辺りはあります。俺は先代の時には同伴はしてなかったですけど…先代はいったいどうやって治めたんでしょうか…俺が考えてるモノなら今日の用意では…」

先生はそれ以上は何も言わなかった…ただその無言が、俺には今回の件がヤバい案件であると告げているようで…いっそう気を引き締め、山への一歩を踏み出したのだ。


ミシ…


ミシ…


夜の山では無言が基本だ。暗い山中に木々を踏み締める音だけが静かに響く…

怪異は人の気配にすぐに気づく…そして惑わす。俺達は明かりは持たず…ゆっくり…一歩一歩と土を踏み締め進む

月明かりだけが頼りだが、だんだんと闇に目は慣れる


闇は単純に恐怖なのだ。そして恐怖は怪異を呼ぶ。いや怪異ですら無いものさえ怪異に感じてしまう。

例えばこの小枝…恐怖に包まれた状態ではこんな小枝でさえ目を貫き失明させかねない…


恐怖に打ち勝つ方法は二つしかない。

何も考えない…あるものをあるままに捉える。先生はこのタイプだ。こういう時の先生はまるで感情が無いような人形のように見える。一定の速度…一定の歩幅で先生は進んでいく。

もう一つは真逆のやり方だ。とりあえず考える。どんな小さな事も原因を考える。膨大な現象を膨大に思慮し、恐怖の対象を一つずつ潰していく。それだけ思慮した結果の末に不明なモノ。それが怪異なのだ。

俺には後者のやり方が向いてる。


どれくらい深く入っただろうか…

先生が歩みを止める…

そして手で合図をする


ここでやるのか?


僅かな合図を見逃さない。昔はそれで何度怒られた事か…

俺は静かに淡々と準備を進めていく。ボロボロの縄を木にくくりつけながら円形を作る。形はそんなにこだわらなくて良い。何となく円形に縄で形を作り、1箇所だけ閉じずに開けておく。

縄が終われば円の中心に蝋燭を立てる。これは必ず使いかけのモノを使う。怪異はなぜか新しいモノを嫌うらしい…理由はよくはわからない。俺の推測では神聖なモノ…例えば神様なんかは真新しいモノを好み、穢れたモノは古いモノを好む。これくらいの認識だ。


蝋燭を立て火をつけたら次は酒だ。これも飲みかけで良い。地面にざっとまく。そして古く、ひび割れた器に酒を注ぐ。コレの意味はおもてなしらしい。

さて、これで準備は出来た。先生は静かに円の真ん中に腰を下ろす。そして静かに目の前の闇を見つめる…

俺は準備が出来たら円の外に…そこから先生が見つめる先を同じように見る…

見ると言ってもモノを見る時とは違う。焦点は合わせない。ただそこにあるモノをボヤっと見つめる感じだ。




静かに時間が過ぎる…

蝋燭はゆっくり揺らぐ…

先生は微動だにしない…

何も…音がしない…

静かすぎて耳が痛い…


ぼや〜


見つめる先の闇が揺らいだ気がした。

例えるなら暑い日に道路で見られる陽炎…あの感じがしっくりくる。それが闇の中の空間に現れた感じだ…

冷たい…

ゾワッと腕から背中に鳥肌が立つ。


来た…


蝋燭が突然激しく揺れる…


先生が口を開く…


普段の先生の声は透き通り活力にみなぎる声だ。誰も不快感など抱かない。


なのにこの声?音?低く、耳の奥に鈍く響くような感覚…毎回、先生のどこからこんな不協和音が発生してるのか不思議でならない。でもこれは確実に先生から発せられているのだ…



何分経った?時間の感覚もよくわからない…先生は途切れ途切れに声を出し、やがてまた動かなくなった…


酒の入れられた器から酒が無くなっている。

ひび割れはあったがそんなに早く空になるわけは無い…


先生が立ち上がって手で合図をだす。


撤収の合図だ


気づけば空気の冷たさは消えている



終わった?のか?



腑に落ちないながらも俺は手早く片付けを始める。そそくさと全てを布袋に詰め、下山し始めた先生に遅れぬよう早足でついていく。

登り始めた時のような重い空気が幾分無くなってるような気もする。いや、これは下りだからか?


下山は思っていたよりあっという間に終わってしまった。


駐車場に着くと先生がフーっと深く息を吐いた…


「腹減ったなー。朝はどこかサービスエリアで米な!私カレー食べたい!」


緊張感皆無。いつもの先生の声だ。

正直…この声を聞くと終わったのだと安心する。俺にとっては案件終了の合図だ。


何をどうしたのかは全然わからない。俺はそれだけまだまだ未熟なのだ…








「おはよう御座います」


まだ夜も明けない午前6時。冬の夜明けは遅い。

村長はすでに起きていた。


「おはよう御座います。ご苦労様です。で…どうなりました?」

不安そうに尋ねる村長


「はい。心配ないです。しっかり契約し直してきましたから!それと、これ…」

先生が昨日のヒビだらけの器を村長に渡す。

「毎月、新月の夜、この器に…そんな良い酒じゃなくて良いです。それこそ村長が晩酌してる飲みかけのお酒、日本酒でもビールでも洋酒でも。山の麓、次の日に回収しやすい場所においてあげてください。毎月続けて頂ければ怪異は起きないはずです。まぁ…また何かあればすぐに連絡いただけたら…」


村長は頭を下げてそれを受け取ると何度も何度も頭を下げていた。

そしてそっと…膨らんだ封筒を先生に渡してるのも俺は見逃さなかった。

どうやら今回はけっこう良い案件だったみたいだ…



説明を終え、俺達はすぐさま車に乗り込み帰路についた。


日が昇る前に先生はまた不審者スタイルだ。眩しい太陽をミラーで見ながら、ほんの少しだけ…先生を不憫に思った…けど普段の先生を思い出してすぐにやめた。この人にとってはこんなモノ、ハンデでも何でもないのだ。むしろ全ての人間の為に私がハンデをやってるんだ!ってなことを真顔で言いかねない…


「先生…結局、今回の件、何だったんですか?俺はてっきり○○○○かと思ってたんですが…」


後学のために俺は必ず案件の後に先生に尋ねる


その度に、いつも先生は気怠そうなジトーっとした目で俺を見ながら

いつものようにめちゃくちゃめんどくさい声で言う


「馬鹿か?お前は?○○○○は地域がそもそも違う。昨日のアレは名前さえない程度の怪異。おおかた先代が約束した酒がいつのまにかもらえなくなって○○○○を模倣して村人にたかるためビビらせに来た。先代が亡くなってバレないとでも思ったんだろーな。自分をデカい奴だと見せかけて…こずるい奴だよ。まったく。

だから私が昨日、先代から受け継いだ○○だ!先代とお前の契約は私が引き継ぐ、酒はちゃんとやるからイタズラしないで静かに暮らせ、調子乗ってるとブッ飛ばすぞ!って交渉したわけ。相手も酒を飲み干して了承して帰っただろ?あれで契約成立だよ。」



ブッ飛ばすって契約がどこにあんだよ?脅迫だろそりゃ…


と喉まで出かかって俺はやめた。何にせよ俺は見当違いだった訳で…まだまだ先生には勝てないなと痛感したからだ…



「で…先生はいつからわかってたんですか?それ!村長の話から正体わかってたんですか?」

こんな質問は無意味だ…先生の洞察眼から考えればきっと話にあった状況証拠からすでに相手がわかっていたんだろう…これは俺の悔し紛れの質問だった。


「あー、10年くらい前かな。先代にあの村の温泉に連れてかれてさ。で村長夫婦にいろいろお世話になって…先代が次代は私だから自分がいなくなっても私が引き継ぐとかなんとか言ってて…そんであの山での自慢話も聞いてたんだよ!あの山の怪異はワシが鎮めたとかってね。そっからは予測で…酒だな!と…」




「じゃあ?最初からわかってたって事?ですか?」


「ああ、うん…」





思い返せばいろいろ心あたりはある…

村長夫婦の先生に対する態度。

30年前の案件なのに何で以前、先生に会ったような会話だったのか…

いや、もっと遡れば家を出る時、道具の準備は先生に言われたモノだった…


また俺は先生の掌で転がされていた?




「先生…またやりましたね?山に入る時のあの意味深な無言」


「うん。やった。迫真の演技だったろ?あれ?」

涙を流すほど笑いながら先生は言う

「まだまだだな!少年!Boys, be ambitiousなのだよ」

「それ、意味合ってます?」

「知らん」



意味の無いやりとりの後、先生はまた爆睡した。

まぁ、どんな案件だろうと…やっぱりこの人でも精神は削られるんだろうなと…


起こさないようそっと運転しながら俺はサービスエリアを華麗にスルーした。


まぁ、家に着いた後、さんざん先生に騒がれた訳だが…それはまた別のお話…



Y県N村案件。


        完


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