7話.風呂の順番
目黒の歓迎会も終わり、寮にいるメンバーは各々リビングでくつろいでいた。
珍しく今日は誰も2階の部屋に戻っていないな。新しく寮に目黒が入ったから、みんなもっと目黒と関わりたいのだろうか。
「そういえば、目黒に自己紹介とかしなくても大丈夫なんですか?」
正直に気になったことを俺は質問してみた。
食事中にそういう話題にならなかったから、いったいどうしたものかと思ったのだ。
「ああ。初川が帰ってくる前に、みんな自己紹介は済ませてあるよ」
片桐先輩が答えてくれた。
片桐先輩はリビングに置いてあるソファーで優雅に食後のコーヒーを飲んでいる。
「あー…なるほど」
「目黒ちゃんはまだ来たばかりだし、掃除の担当とか日用品のお買い物の当番は慣れてきてから任せることになったからね?」
片桐先輩に続いて、今度は冨田先輩が喋ってきた。
冨田先輩は現在、目黒と秋元にボディタッチするなどいちゃついている。ここは百合か。
掃除とか買い物の当番はまだ目黒には任せないのね。
それより、俺は一番気になることがあった。
「あの、冨田先輩」
「うん?なぁに?」
「…風呂の順番はどうなったんですか?」
俺のその質問に、ほんわかとしていた空気がピキッと音を立てるように緊張が走った。
「あー、それはね…」
「そうっすね…」
冨田先輩と後輩の秋元の何とも言えない微妙な反応に、俺は察した。
「やっぱ、また俺が一番最後なんすね…」
これまでも風呂に入る順番は、秋元→冨田先輩→片桐先輩→俺の順番だった。
風呂の入る順番は大事だ。特に、一番最後は風呂掃除がセットでついてくるから。
浴槽の水滴を取ったり、排水口の髪の毛を取ったりしないといけないのだ。
ああ…今後もずっと俺が風呂掃除をするのか。
「…あの」
「目黒?」
「お風呂の順番なら、私は最後でもいい」
目黒はそう主張してきた。
普通なら早いタイミングで入りたいはずなのに、俺たちに気を遣ってるのだろうか…。
「えっ、目黒ちゃんいいの?」
「うん」
「目黒、お前は気を遣わなくてもな…」
「だって、スグルに残り湯を堪能されそうだから」
「おい…俺はそんな変態じゃねーよ」
目黒が最後でもいいと言った理由はこれだった。
残り湯を堪能って…そんな変態じみたこと考えたことすらなかったわ!
「そんなことしないから安心しろ」
「怪しい」
「は?」
「たまに変な目で私を見てる」
「み、見てない見てない!」
嫌な疑惑が出そうだった。
俺が目黒を変な目で見ている問題。
そんな目で見たことないのに…冤罪すぎる。
「うわ…先輩まじっすか」
「初川、お前…」
後輩の秋元と片桐先輩もなぜか俺に対して怪しい目を向けてくる。
おかしい…。なぜ目黒の言い分がこんなにも信用されるのか!
「ち、違うぞ!俺は何も目黒のことなんか意識してない!」
結局、風呂の順番は今までと同じだった。
唯一変わった点は、俺の前に目黒が入ること。
やっぱり残り湯を…なんて言われそうだけど、もうどうでもいいのさ。俺は風呂掃除を頑張るだけさ。
「はぁ…。やっぱ俺が風呂掃除担当か」
リビングで一人、ぼーっとしながら呟く。
もうみんな部屋に戻ったり、風呂に入っていたりしていた。
この寮を管理している盛田のおばちゃんも、今は外でタバコをふかしているだろう。
俺も部屋に戻ってようかな…って思っていると、急にリビングの中に入ってくる人物がいた。
「……」
「お、おおおおおお前、な、なにを…!?」
バスタオルを胸から膝上ぐらいの位置に巻いた状態の目黒が、俺の前に立っていた。
顔が紅潮し髪の毛も濡れているから、ちょうど風呂上がりらしい。
い、いったいこの状況はどういうことだ。
目の前に風呂上がりの同級生の女子がいるこの光景…。濡れた髪の毛や、赤くなった頬が色っぽい。
あまりの刺激の強さに、俺の心臓はバクバクいっていた。
「…あった」
目黒はテーブルに置いてあったものを手にしていた。どうやら、自分のスマホを取りにきただけらしい。
目黒は俺の存在などほとんど気にせずに、また浴室のある脱衣場の方に戻って行った…。
「こんな生活、心臓に悪すぎる…」
バスタオル姿とはいえ、目黒の身体のラインをはっきりと見てしまい、俺はこの日よく眠れなかったのであった…。
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