4話.学校案内
昼休みとなり、俺は目黒と一緒に学校の校内を歩いていた。
自分のすぐ横に美少女がいるとか慣れない。さっきから勝手にものすごい緊張している。
「あ、えっと…ここが保健室で」
「……」
一通り校内の説明をしたのだが、目黒のリアクションはほとんどなかった。
まるでロボットみたいだな…。感情が見えない。
もう自由行動していいのかなと思っていたら、目黒が急に質問をしてきた。
「ねぇ」
「え?あ、はい」
「名前、なんて言うの?」
まさか俺の名前を聞かれるとは。
そういえば、まだ目黒に自己紹介もしていなかったな…。
「初川傑だけど…」
「……」
名前を言ったのに、目黒はじーーっと俺の顔を見つめていた。
まるで黒猫に睨まれているみたいな気分だ…。
猫じゃらしがあれば活躍するだろうか。
「えっと…どうした?」
「スグル」
…ん?今、目黒はなんて言った?
スグルって言わなかったか?幻聴か?
「スグル、聞いてる?」
幻聴ではなかった。
目黒は俺のことを下の名前でスグルと呼んでくる。
あまりの事態に、幼稚園以来異性に下の名前を呼ばれたことがなかったので、俺の意識は宇宙に投げ出されたかのような気持ちになった。
「な、なんでいきなり下の名前で呼んだんだ?」
「スグルの方が文字数少なくて呼びやすいから」
「あぁ…なるほど」
理由は簡単だった。
俺が期待しかけた青春ラブコメの始まりではなかったみたいだ。
しかし、目黒が俺のことを下の名前で呼ぶなら…。
「じゃ、じゃあ、俺は葵って呼んでみたりして…」
俺は照れくさそうにしながら言った。
「………………………………………………」
目黒は何も言わずに、無言の圧力で、ただ口を閉じるだけだった。
「…冗談だ」
「もうだいぶ校内のことはわかったから、教室へ戻る」
「あー…その前に、購買に寄ってパン買いたいから、目黒は先に教室に戻っててくれ」
「わかった」
さすがに目黒も一人で教室に戻れるだろう。
俺はそのまま購買の方へ向かった。
けっこう売り切れてるな…。おっ、焼きそばパンまだある。ラッキー。
「スグルはなに買うの?」
気付いたら、目黒が俺の真後ろにピッタリといた。
こいつ…さっき「わかった」って言ったのに。
「…なんで俺の後ろをついてくる」
「私もお昼用意してなかった」
「左様で」
目黒は購買に並べられていたパンを眺めていた。
そして、なぜか俺の方に顔を向けてくる。
「どのパンが美味しいの?」
「無難に焼きそばパンだろ」
そう、焼きそばパンこそ正義。
「じゃあ、あんぱん買う」
「俺に質問した意味…」
目黒は俺の意見を完全に無視して、本当にあんぱんを買っていた。
甘いものが好きなのだろうか。あんぱんもうまいけど。
俺も焼きそばパンを買って、目黒と教室へ戻る廊下を歩いていると、目黒は手に持っていたあんぱんをいきなり引きちぎっていた。
「え…何してんの?」
「はい」
「え?」
「はんぶんこしよ」
「お、おう」
目黒から半分にちぎられたあんぱんを渡される。
おお…なんだこれ。女子とはんぶんこするとか夢見ていたシチュエーションの一つ…。
こんなところで叶うなんて…。良いこともあるもんだ。俺は今日という日を忘れないだろう。
俺も焼きそばパンを半分にしようとしていると、目黒が俺の制服の袖を掴んだ。
さっき、パンを触っていた手で。
「め、目黒?」
「スグルって…付き合ってる人いる?」
「い、いいいいいないけど」
「だと思った」
目黒は俺からはんぶんこされた焼きそばパンを受け取ると、そのまま一人でスタスタと教室の方に歩いていった。
「だと思った」ってなんだよ…。無駄に心にダメージ負ったわ。
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