2話.目黒葵(めぐろあおい)
学校に無事遅刻をし、そのまま1時間目の授業を受けた。
今はちょうど1時間目と2時間目の間の休み時間だ。
2時間目は担任の先生が受け持つ世界史か…。世界史って話を聞いてるだけで眠くなるから嫌なんだよな。
「初川殿。今日も遅刻して担任に怒られてましたな」
そう言って話しかけてくるのは、俺の右隣の席に座る吉田一二三だった。
男にしては肩にかかるくらいの長髪に黒縁メガネ。細身でガリガリである。
〜殿とか、ござるとか、喋り方が独特すぎるのが個性的だった。
この学校で唯一、仲の良い存在とも言えるかもしれない。
「朝弱いんだよな…。ていうか曲がり角で人とぶつかんなきゃ、ぎりぎり間に合ってたんだよ」
「それはそうと、今期の夏アニメは良作ですぞ。拙者の推しがやっとアニメ化されるでござる!」
吉田は鼻息を荒くしていた。
俺もアニメとか漫画とかにハマってるので熱く語りたいが、ここは学校なのだ。オタクにとっては肩身が狭いのである。
「おい吉田。そんな大声で興奮すんな」
「みんな席に着いてー」
すると、担任の先生が教室に入ってきた。
あれ?まだ授業のチャイムが鳴っていないのに早いな。
「詳しい話は後ほどで…」
「おう」
吉田との会話が終わった。また昼休み辺りに話の続きをするんだろうけども。
担任の玉置先生、推定30代のアラサー先生は教卓の前についた。小柄で童顔である。
アラサーって言ったら怒られそうだな。
「今日から転校生が入るから、みんなに紹介するよ」
転校生…?えっ、本当かよ。
玉置先生のその一言に、教室内がワッと盛り上がった。
「まじで!?」「男子!?女子!?」
うるさい声があちらこちらから飛んでくる。
隣にいる吉田は「ござるござる…」と耳を塞ぎながら小さな声で言っているが。聴覚過敏すぎるだろ。
「本当は朝から来るはずだったんだけど、武蔵南を武蔵東と間違えちゃったらしくて今到着したの」
玉置先生は続けてそう言った。
転校生は武蔵南を武蔵東と間違えたのか。確かに武蔵東高校はうちの高校の近くにあるから間違えやすいよな。…ん?
あれ、なんだかその単語に見に覚えがあるような…。
ま、まさかな。そ、そんなことはあるわけないよな。
「初川殿?顔色が悪いでござるよ」
「え?あ、ああ。ちょっと冷や汗が止まらなくて…」
「じゃあ目黒さん、入ってきてください」
玉置先生が廊下の方に向かって呼びかけた。
すると、教室の前の入口からゆっくりと生徒が一人入ってくる。
俺はこの瞬間、見惚れていただろう。
やや茶色がかったロングの黒髪。ぱっちりとした二重の大きな目。色白で透き通った肌。
俺は…この人を…知っている…。
「……」
彼女がクラスの人間の方に体を向けた瞬間、クラスの男子たちから歓声があがった。
それもそうだ。だって美少女様がやってきたのだから。
きっと学校で1番か2番を争うだろう。それぐらい魅力的だ。
…でも、俺はそれどころではない。だって、彼女が俺たちの通う高校の『武蔵南』を『武蔵東』と間違えたのは、俺が間違いなく関わっているから。
もう背中から変な汗が止まらないぜ…。
「…目黒葵です。…よろしくお願いします」
彼女は聞こえるか聞こえないかぐらいかの小さな声で、ぺこりと挨拶した。
今朝曲がり角で俺と会ったことは、忘れててくれないかな…。
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