始まり
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気づいたら宇宙に浮かんでいた。比喩的な表現でもなんでもない。本当に宇宙のど真ん中に、宇宙服も何も無しで浮かんでいるのだ。
俺はとりあえず自分の状況を整理するため、スーツのポケットに入っていた手鏡を開いて覗く。
スポーツ刈りに20代前半らしい、それほどシワもない中の上くらいの顔立ち。
「何も変わったところは無いが……」
結局状況が掴めないところに、コツコツとハイヒールを鳴らす足音が聞こえた。顔を上げると、目の前には燃えるような赤い髪色、切れ長の目に整った顔立ち、豪奢なドレス姿の女性が立っていた。
「あ、あの。ここはどこですか……?俺は何故こんなところに?」
「死んだ」
「え?」
「死んだ。儂が盤上から手を滑らせた」
「ちょちょ、待って下さいよ。量産型のライトノベルじゃないんですから」
「その量産型のライトノベルのような展開に今、お前はいる」
俺は目の前が真っ暗になった。
〜〜〜
俺の名前は赤城焔。生前、工場の作業員だった。高卒で入社した可もなく不可もなくの工場で、彼女はいないが友人たちや両親、親兄弟との関係も良好。趣味のライトノベル漁りや映画鑑賞の時間も十分すぎるほど取れていて、何も不満の無い人生を送っていた。
なのに……それなのに……!!!!!!
「なんでよく分からん理由で殺されるんだよっ!?」
顔が熱い。後にも先にもこれほど激昂したことは無い。手ぇ滑らせたってなんだよ?神の手のひらの上で俺たち人間は良いように操られてたのか!?神にとって俺たちは箱庭の中の人形で遊ぶ娯楽だったってのかよ!
ああ憎い、目の前のすました顔をぐちゃぐちゃにしてやりたい。それが絶世の美しさを持つ美女であっても。
「だからすまんと言っとるだろう?また違う世界へ生まれ変われるから得に思え」
「得に思えるかっ!?なんかよく分からないまま死んで充実してた人生終わって、生まれ変われるからまあ許せって!」
呆れるくらいに冷たい瞳だ。己が悪いとは微塵も思っていない。むしろ、わがままを叫ぶ子供を見るような哀れみさえ感じる。
「じゃあ何が望みだ?」
「っ……!!!!」
「そう、貴様は死んだ。死んだ貴様に望みも何もあるわけが無い。何せ、望みなど持てぬからな」
「いや、ある」
「なんだ、言ってみろ」
「残してきた家族や友人達には手をかけるな」
「ふんっ。確約は出来んが、その辺は触れないように注意しておこう」
一々癇に障る。神なら確約しろよ。
「望みはそれだけか?」
「それだけでいい」
「無欲なやつだ。そんなお前にサービスをやろう。儂はお前のこれからの人生には多少の融通が効かせられる。なんなりと言ってみろ」
あれ?これってライトノベルあるあるの、無双ハーレム的なのができるんじゃないか?いや、こいつはよく分からん理由で俺を殺したんだ。信じてはいけない。
で、でも……聞いてはみたい
「じゃあ、無双ハーレムが出来る的な」
「諦めろ」
「ええっ!?」
「もう聞き飽きた。他の神が転生させた奴らは、『なんかやっちゃいましたか?』だの、『弱すぎって意味だよな』だの、黙れドンだの、キンキンキンキンだの、令和版伊藤誠だの、マサツグだの貴族だの8男だのと無双能力授けまくって転生させまくった挙句、受け持つ世界を崩壊させてる。他の阿呆の背中を見て流石にやらんと決めているわ」
「あ、はい……なんかすいませんでした」
めちゃくちゃ怒られた。いや、愚痴られた。俺の怒りが飛んでくほどの迫力で、眼前に迫られながら愚痴られた。
「じゃあなんなら……」
「ああ、もう時間切れだ。貴様とはもう会うことは無いし、貴様は儂のことを全て忘れるだろう。能力は適当なの付与してやるからあとは何とかしておけ」
「はあっ!?まっ、待て、待てよ時間切れなんて聞いてねえぞこのクソ女神ぃぃぃぃ!!!!!!!!!!」
こうして、俺のお先真っ暗異世界転生は幕を上げた。