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十一月 おまけ

短め

 その日、沖田が巡察から帰ってくると、斎藤がすっと寄ってきた。この無愛想な男にしては珍しく、焦りと不安が顔に滲んでいる。

 

 「聞いたか、藤堂のこと」

 「何の話です?」

 

 藤堂が病気でしばらく八番隊を空けている、という話は聞いたが、詳しくは知らない。

 

 沖田が首を傾げていると、斎藤が苦々しげに言った。

 

 「容態があまり良くないらしい。氷上先生が付きっきりで診ているそうだが、面会謝絶で誰にも会わせないくらいだそうだ」

 「えっ、そんなことが」

 

 沖田は耳を疑った。と同時に、色々と納得が行った。

 最近あまり小春の姿を見かけなくなったと思ったら、藤堂の看病に奔走していたのか。

 道理で部屋を尋ねても不在にしていることが多かったわけだ。

 

 (あの藤堂さんが病気……)


 確かに、藤堂がもし志半ばで病に倒れるようなことがあれば、近藤や土方は大いに悲しむだろう。山南は優しいから、きっとひどく気落ちするに違いない。


 だが、そう聞いても、沖田は自分でも不思議なくらいに動揺していなかった。

 

 「きっと大丈夫ですよ」

 

 笑ってそう言うと、斎藤は怪訝な顔をした。

 

 「だって、氷上先生が付いているんでしょう。他の医者ならいざ知らず、あの先生ならきっと、何をしてでも藤堂さんを治しますよ」

 「……」

 

 二人の脳裏に思い浮かんだのは、ひと月ほど前に女児の腕を治した小春の姿だった。

 あの時も、小春はちょっと女児を一通り診察しただけで、あっという間に原因を見抜いて治療してしまった。鮮やかと言うより他ない手腕だったのを覚えている。

 

 その小春が、藤堂をみすみす死なせるわけがない。

 沖田はそう信じていた。

 

 「確かに、氷上先生なら何とかしてくれるか」

 

 口に出すと安心したのか、斎藤もふっと気の緩んだような笑みを浮かべて言った。

 

 「藤堂が回復したら、先生を労ってやらないとな」

 「そうですねぇ」

 

 風邪の治療も含めて、小春の働きぶりは目を見張るものがある。

 しかも、雇用契約の関係で彼女は未だ無給で働いているのだ。必要な物はこちらで適宜与えているとはいえ、流石に不憫だと思った。

 せめて何か贈ってあげられれば良いが。

 

 「何が良いかな」

 

 小春は何を貰ったら喜ぶのだろう。

 男の格好をしているとはいえ一応は女性なのだから、綺麗な着物か、(かんざし)だろうか。もう少し実用的な物であれば、(くし)や扇子なども良いかもしれない。


 などと沖田が考えていると、斎藤が真面目な顔をして言った。


 「島原にでも連れて行ってやるか」

 「へ!?」

 

 沖田はぎょっとして斎藤を見た。その反応に、斎藤が不思議そうな顔をする。

 

 「どうした。男なら皆喜ぶだろう」

 「あ、ああ……」

 

 そうだった。忘れていたが、斎藤は小春が女であるということを知らないんだった。

 それにしても、慰労として遊郭に連れて行くというのはどうなんだと思わないでもない。


 沖田は引きつった笑顔を浮かべた。


 「氷上先生は潔癖な方ですから、あまり喜ばれないと思いますよ」

 「へぇ、勿体ない」

 

 人並みに妓遊びが好きな斎藤からしてみれば、あの優美で絢爛な空間を楽しめないとは勿体ない、ということなのだろう。

 斎藤がにやりと口角を上げた。

 

 「お前と一緒だな」

 「…………」

 

 全然一緒じゃない。まず性別という根本的なところが違う。


 そう言いたくなるのを堪えて、沖田は顔を上げた。

 

 「……とりあえず、次の酒宴には呼べると良いですね」

 

 なんだかんだで、小春はまだ一回も新選組内外で行われる宴には参加していない。出自が不明だったり、そもそも剣士ではなかったりと、色々と彼女個人の事情が複雑なせいで呼びづらいのだ。


 でも、ここまで隊の為に活躍してくれたとなれば、もう酒宴に呼んでも顰蹙(ひんしゅく)を買うことはないだろう。

 せめて、本当の意味で幹部と対等な付き合いをさせてやりたかった。

 

 「そうだな。次の宴が楽しみだ」

 「ええ。早く藤堂さんが回復されるといいですね」

 

 ちょうどその時、二人の側を、桶に水を汲んだ小春が通りかかった。

 

 「あっ、沖田さん、斎藤さん、お疲れ様です」

 

 急いでいるのか、彼女は挨拶するなりすぐ行ってしまった。

 だが、その横顔は決して暗いものではなかった。きっと彼女の目には、藤堂の回復が見えているのだろう。

 忙しいのが嬉しいのか、なんとなく生き生きしているようにも見える。

 

 「ほら、あの調子ですから、きっと大丈夫ですよ」

 「ああ」

 

 藤堂が再び道場に立つ日も、そう遠くはないだろう。

 沖田と斎藤は顔を見合わせると、小さく笑った。

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