全国模試一位の実力
その人物は、眼鏡の奥に切れ長な眼差しを秘めており、一目でわかるほどの出来る男としてのオーラを放っていた。
そんな憮然とした顔つきの彼に対して、劫慈は何の気がねもなく、親し気に話しかける。
「よう!久しぶりだな、秀哉!!名前通り相変わらず、クソ真面目を貫き通してそうだな!」
「ふん、余計なお世話だ。昔馴染みでなかったら、この厳粛たる“我利勉崎”の名を貶めるお前など、とっくに縁を切っているところだ」
傍目から見ると親しいのかそうでないのか、よく分からないやり取りをしながら、我利勉崎 秀哉は、劫慈へまた一歩へ近づいてくる。
「女にうつつを抜かして腑抜けた、と思っていたが……それなりに得るモノがあったようだな。……だが、この1年で僕とお前の間には更なる学力の差が出来た。 僕も受験生である以上、もうお前の事を待っていてやることは出来んぞ、劫慈」
その言葉を受けて、劫慈は初めてバツの悪そうな表情を見せていた。
「……一緒にこの社会を面白く変えていこう、って約束だったよな。……ゴメン。だけど、今の俺にはどうしてもやらなきゃいけない事が出来ちまったんだ。……俺はこの受験戦争に勝ち残ることは出来ないだろうけど後悔する気はないし、秀ちゃんはそれだけでも見届けてくれないか?」
「断る」
劫慈の発言に対しても、バッサリと否定する秀哉。
それでも、そんな反応も分かっていたかのように見据えてくる劫慈を前にしながら、秀哉はクイッ、と眼鏡を直して言葉を続ける。
「……僕はお前と違って受験生としてこのセンター試験を余裕で勝ち残り、この国のトップに昇りつめて社会を変えてみせる……だから、そっちは僕の華々しい活躍を眺めていれば良いんだ、コウちゃん……!!」
そう言いながら、秀哉が憮然とした表情のまま劫慈の横を通り過ぎようとしていく。
これで、2人の道は完全に違えることになった。
だが、決して別離なんかじゃない。
そんな思いを示すように、劫慈と秀哉はすれ違う間際に視線を合わせることもないままハイタッチを交わした――。
「……こんなところで死ねない理由がまた一つ増えちまったみたいだな……それじゃあ、元凶をブッ潰すために行ってくるぜ、秀哉!!」
「……当然だ。一時とはいえ、お前は僕と対等な夢を語り合った人間なんだ。それならば、受験戦争など、互いにとって単なる通過点に過ぎないはずだろう?劫慈」
そう言いながら、目前にまで接近していた科目の違う数体の試験問題衆を、一瞬で薙ぎ払っていく秀哉。
そんな彼の圧倒的な武勇と知略を前にしながら、他の受験生達も自分を奮い立たせる。
「す、すげぇ……あれが全国模試一位の我利勉崎の力かよ!!クソッ、負けちゃいられないぜ!」
「そうよ!あれほどじゃないとしても、私達だって必死に受験勉強してきたのよ!こんなところで訳も分からないまま勝手に終わり、だなんて……そんなの認めない!」
ウオォォォォォォォォォッ……!!と雄たけびを上げながら、受験生達が果敢に試験問題衆に立ち向かっていく。
「へへっ、みんなやれば出来るじゃねぇか。……っと、新顔さんのお出ましのようだな?」
「ッ!!う、嘘だろ……何で今、ここにコイツ等がいるんだ!?」
劫慈についてきていた浪人生が、驚愕の声を上げる。
彼が驚きの声を出すのも無理はない。
なんと、劫慈達の前に姿を現したのは、共通テスト2日目の科目であるはずの“生物”科目の試験問題衆だったのである……!!