~~受験の果てに~~
共通テストの試験会場で起きた、異形の者達による襲撃事件。
試験会場に集った者達は全員、会場内で作動した何らかの術式によって激しく衰弱しており、一時は命の危険を危ぶまれる状態に。
だが、病院に運び込まれたその日の深夜に、まるでそれまで失っていた生命力が返還されたかのように、全員が無事に息を吹き返し、見事生還を果たす。
意識や知力などにも問題はなく、事件の規模に対して奇跡的と言っても過言でないくらいに、会場内にいた者達の中に犠牲者は一人もいなかった。
また、意識を取り戻した者達は口を揃えて、『目が覚める間際に、悪魔のような角と翼を生やした少女が、こちらに微笑みかけるのを見た』と証言している――。
2月18日・共通テスト会場
共通テスト初日に起きた試験問題衆による襲撃事件。
それを協力しながら迎撃していた受験生や超人高校生達が、懐かしむようにこの場に集結していた。
開口一番に、グローバル企業:《ファントム・ヒサヤ》を率いる高校生社長である松永 久弥が、女子高生カリスマセレブモデルの羅武妹 恋歌へと声をかける。
「チョス、チョス~☆レンカちゃんは相変わらずイケてるね~!!……どう?今晩辺り金に物言わせた俺の庭で、朝までパーリィナイトしない?」
それに対して、恋歌が心底呆れたように呟く。
「……受験戦争を突破した皆と違って、アンタは一月経っても相変わらずね!!それどころか前よりもバカになってんじゃないの!?――そんなアンタが、この中で一番稼いでるっていうのが、この世の不条理の縮図みたいでやるせなくなってくるわ……!!」
憤懣やるかたない恋歌に、智のコスプレ♡アイドル:ちえりが「まぁまぁ」となだめる。
久しぶりに会っても変わらない調子のやり取りを見て、周囲の者達が賑やかになっていく中、全国模試一位の実力者である我利勉崎 秀哉がおもむろに口を開く。
「……それにしても、アレから一月が経過したんだな……僕達は、無事に試験を突破したものの、未だにアイツはどうなったのか分からないまま、とはな……」
彼が視線を向ける先。
それに合わせるように周囲の者達も、その方向を見上げる。
そこにあったのは、あの異変の中心的人物が一堂に会していた試験会場の屋上であった。
――襲撃事件の元凶にして、恐ろしき魔導書:『赤き教典』の持ち主であった這瑠 文人。
――強大なサキュバスの血を引く少女:春野 こより。
――……そして、そんな彼女を救い出すために、数多の困難を潜り抜けてきた青年:賦勇乃 劫慈。
試験会場内の犠牲者は一人も出なかったが、屋上で目撃情報が確認されているこの三名は、現在に至るまで何の手がかりもないまま、行方不明となっている――。
この三名のうち、這瑠 文人は捜査の結果、その場に残ったDNAの痕跡から、サキュバスの力に覚醒した春野 こよりとそういう行為をしていたらしく、既に死亡している可能性が高いと巷では噂されている。
当の春野 こよりは、サキュバスとして完全に覚醒したものの、おそらく人間に戻ることが出来なくなったため、そのままどこかへ姿をくらませている……という見方が有力視されていた。
「そして、残った劫慈だが……アイツだけはどうなったのか、今でも意見が割れている。サキュバスとなった想い人の春野 こよりと人目につかない場所で潜伏しているのか、それとも、彼女の養分として既に取り込まれてしまっているのか……第一志望に合格できる学力を持っていても、世の中は分からない事ばかりだ」
そんな秀哉に対して、浪人生だった青年が不安そうに尋ねる。
「せっかく合格できた喜びとあの日彼に助けられた御礼を伝えようと思っていたのに……僕達が、彼の行方を知るための方法は、本当にないのかな!?」
青年の言葉に、他の者達も強く頷く。
あの襲撃の日に居合わせた受験生達は、共通テスト一日目にも関わらず出現した、二日目の科目属性を司る試験問題衆をも討ち取った功績を高く評価されていた。
もしも試験問題衆達による襲撃が、何の試験対策もしていない他の大多数の民間人がいる場所で実行されていた場合、社会にとって甚大な被害がもたらされていたかもしれない……。
そういった諸々を鑑みた結果、国は特例として今回の襲撃に居合わせた受験生達を、(よほど学力が芳しくない限り)特例として第一志望校に合格させることにした。
そういった喜びを皆で分かち合えたはずなのに――今ここには、最もその知らせを伝えたい相手がいない。
――だが、それでも。
そんな意思を込めるかのように、我利勉崎秀哉が周囲の者達へと呼びかける。
「あの日、僕達が昏倒しているときに屋上で何が起こったのか?その結果、劫慈と春野 こよりの二人は今どこでどうなっているのか……それ以外にも、本当に今回の事件には、どこから手を付けたら良いのか分からないくらいに謎が多すぎる……!!」
這瑠 文人は影も形もなく消滅したが、彼が所持していたとされる『赤き教典』という代物は一体どうなっているのか。
サキュバスの力に覚醒した春野 こよりには、どのような異変が起きているのか。
……そして、劫慈は果たして本当に生きているのか。
そんな疑問が浮かびあがっていき、なかなか脳裏から離れてくれない。
「だが、それでも」――と、今度は声に出す秀哉。
「僕は今回の一件で、受験戦争を終えても、自分達が学ぶべき事がこの世には数多くあることを改めて再認識する事が出来た。――君達はどうだ?こんな残酷な世界が用意した“真実”には、流石に向き合う覚悟はないか?」
そんな秀哉の問いかけに、元・浪人生の青年が憤慨したように答える。
「馬鹿にするのも大概にしてくれ!!――あの受験戦争で、“試験問題衆”とかいう化物すらも倒した僕らが、今更その程度の事で怖気づくはずがないだろう!……見てろよ。僕が必ず、この事件の真相に辿り着いてみせる!!」
青年の反論を皮切りに、他の者達からも声が上がり始める。
「へヘッ、良くいったぜ兄ちゃん!!……だけど、一番乗りで真実に辿り着くのは、出前にかけて健脚を誇るこの俺っちでぃ!」
「待って!賦勇乃 劫慈は想い人を見つけ出すために、世界中を飛び回っていたんでしょう!?……それなら私は、彼がこれまで行ったことのある場所で起きたミステリーを解決する傍らで、各地のイケメンと恋に落ちたりしながら、何か賦勇乃 劫慈に関する情報がないか探し回ることにするわ!!」
「それなら僕は、サキュバスである春野 こよりの手がかりが何かないか調べるために、近所のレンタルショップを駆けずり回って、エチチッ!なDVDを片っ端から借りまくるゾ~~!!くぅ~!盛り上がってキター!!」
「……キモッ」
そのように各々のやり方で、これからも様々な“謎”に挑んでいく学びの意思を表明していく受験生達。
そんな彼らの声を聞きながら、我利勉崎 秀哉は受験戦争を超えて辿り着いたこの光景を前に、満足そうに無言で力強く頷いていた――。
――このところ、秀哉は一人思案に暮れる事が多くなっていた。
それというのも、あの一件を通じて、彼なりに思うところが多々あったからである。
彼は、自身の考えを整理するかのように呟く。
「もしも、這瑠 文人という男が、『赤き教典』などという代物に頼ることなく、一人の人間として生きていける社会環境が整っていたら、奴はあんな凶行を引き起こさなかったかもしれない。……あるいは、完全に強大なサキュバスと化してしまっても、それを受け入れる風潮があったなら、春野 こよりは姿をくらませなかったんじゃないか?」
仮定の話を上げれば、キリがない。
それでも――もしも、この社会がそういう風に出来ていたら、あの日の試験会場で誰一人消えることなく、皆であの光景を迎える事が出来たのではないか。
そうすれば、劫慈もきっと無事な姿のまま、皆とともにあの場所で笑い合う事が出来ていたのではないか、と取り留めのない夢想に秀哉はふけっていた。
だがすぐに、そんな考えを振り払うかのように、秀哉は凛々しい顔つきになる。
「こんな事を考えてばかりいても詮無き事ではあるが……お前がいないと、なかなか『この社会を面白く変えていこう』という夢に辿り着くのは難しそうだよ。――コウちゃん」
そうかつて誓い合った夢の形とともに、親友の名を呟く秀哉。
自身の理想実現のために目指す国のトップまでの道のりは、まだまだ遠そうだが――それでも、と彼は進み続ける。
――夢を叶えるための確かな力を身に着けるため。
――自分が求める“真実”を見つけ出すため。
意思の形は違えど、彼らが諦めずに挑戦し続ける限り。
受験戦争が終わっても、彼らの探求の旅路はこれからも続いていく――。
〜〜fin〜〜
“藤っ子、良い子、元気な子。万象の理のもとに、探求心溢れるこの者達を祝いたまえ”
――アカシック・テンプレート