試験終了――。
「……………………………………………………は?」
十兵衛は最初、自身が何を言われたのかを理解出来ていなかった。
それはそうだろう。
自身の肉体は既に、『赤き教典』と融合したことによって余すところなく人間を超越した究極の生命体となっているのだ。
……眼前のサキュバスは、純潔を失ったことと思惑が外れた事によるショックによって、頭でもおかしくなったのだろうか?
だが、そうではないと、こよりは話を続ける。
「確かに今のアナタは紛れもない究極生命体ないし“神”といえる存在かもしれない。――でも、それは単なる人間であった這瑠 文人という男がもともと持っていた力なんかじゃない。その力は全て『赤き教典』という人知を超えた代物による効能であり、アナタは多くの超人高校生達や受験生達の力を取り込むことによって、ようやくそれを受け入れるだけの器を用意出来ただけに過ぎない……!!」
ならば、サキュバスとしての力を用いて、パイン☆十兵衛の中に吸い上げられた超人高校生達や受験生達の力を回収する事が出来れば、どうなるか?
その答えはどうなるかなど、今回の襲撃計画を企てたパイン☆十兵衛自身が一番よく理解している事であった。
これが、数回の交わり程度なら僅かに疲労する程度で済むものだったかもしれないが、十兵衛は人生初の未体験な刺激に溺れていくうちに、一切の休みを取ることなく数時間にも及んで彼女と交わってしまった。
それにより、パイン☆十兵衛は自身が気づかぬうちに、サキュバスとして目覚めたこよりの巧みなテクニックによって、究極生命体としての並外れた精気だけでなく、十兵衛自身のものではない劫慈の仲間達や受験生達の“生命力”や“知力”までも回収される事を、みすみす許してしまったのである。
「……正直言うと、生命力はともかく知力までは流石に無理かな?って思ったけど、私の中に流れる淫魔の力が凄いのか、そういう行為をすれば何とか吸い上げる事も出来るみたいね。――それじゃあ、もう少しで終わるから、これが済んだらゆっ~……くりと、永遠にお休みしちゃお?」
可愛らしく小首を傾げながらも、パイン☆十兵衛の上で巧みに動き続けるこより。
今さらこよりの真の狙いに気づいたところで、もう遅い。
このまま彼女によって、自分を『赤き教典』に耐えうるだけの強靭な生命体として仕上げるために取り込んできた者達の“生命力”や“知力”が回収されてしまえば、自身は『這瑠 文人という個人』の体力や知力だけで、既に自身の中にいる『赤き教典』という危険物と対峙しなければならない――。
(――ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!あんなモノを単なる一個人の中に取り込んだ状態で無事に済む訳がないだろう!?……肉体か?脳内か?それとも、真っ先に精神か?――あぁ、嫌だ嫌だ!!どうなってしまうのか全く分からないが、私はまだ……絶対に死にたくないッ!!)
今ならまだ、自身に残った腕力でこよりの身体を押しのける事が出来るかもしれない。
にも関わらず、中年になるまで操を守り続けてきた十兵衛には、この未知にして恍惚とさせられる刺激から逃れるという事の方が、遙かに困難であった。
滅びに向かう事が分かっていながら、なおも激しく惹きつけてやまぬ退廃の色香。
生き残りに賭けたはずのパイン☆十兵衛の理性も、外部からのこよりによる魅了とテクニック、内部からの『赤き教典』による精神支配という挟み撃ちによって、焼き切れそうになっていた。
(こんな、はずじゃなかった……!!俺は、自分を馬鹿にしてきた奴等やこの社会を滅ぼし尽くして、今度こそ俺がハッピーに生きる事が出来る“新天地”を作るつもりだったのに……!!それが、どうして、こんな事に……!?)
嫌だ、嫌だ。
こんな終わりは認められない。
だって自分はまだ、全く何も悪いことも偉大な事もしていないじゃないか――!!
それでも、と何とか十兵衛はやっとの想いで、眼前の魔性へと語りかける。
「お、女……いや、春野 こよりよ!!良く聞け!……お前が俺から奪った力を、再び俺の術式で回収させろ!!――世界広しといえどこの先、『赤き教典』を内部に取り込み、究極生命体になりえる存在などこの俺を差し置いてどこにもいやしないんだ!!……だから、な?お前も俺の女として、俺とともに新たな世界の支配者となろうじゃないかッ!?」
どこまでも、自分本位としか言いようがない十兵衛の、提案とも懇願とも言えぬ妄言。
それを聞き流すかのように動き続けながらも――こよりは、冷め切った視線を十兵衛へと向けていた。
彼女が何を言うにせよ、大事な局面であるにも関わらず、十兵衛は目が合った瞬間に、フイッと逃げるように視線を逸らす。
そんな彼に構うことなく、こよりが十兵衛へと語りかける。
「さっき私、言いましたよね?……『最後までセキニンとってくださいね♡』って」
そう告げてから、ズイッと顔を彼に近づけたかと思うと、瞳を逸らすことなく真顔のまま十兵衛へと告げる。
「――アナタも“大人”なら、いい加減自分が引き起こした事から逃げずに、しっかりと”責任”を持って向き合いなさい。パイン☆十兵衛……いえ、這瑠 文人」
そんな彼女の発言を受けて、パイン☆十兵衛――もとい、単なる人間である這瑠 文人がこれ以上は耐えられないと言わんばかりに、とうとう顔をくしゃくしゃにしながら、盛大に泣き始める。
そう冷徹に告げている間にも、こよりによる彼の命を終わらせるための動きは絡みつくように繰り返され、文人自身もそれを抑えるための方法が分からないまま、最後の瞬間を迎えようとしていた。
自身の命の火が弱りかけていくのを感じながら――泣きじゃくりながら、文人は叫ぶ。
「こ、こんなところで死にたくない……!!俺は、偉大なる究極魔導教神、“パイン☆十兵衛”様なんだ~~~ッ!!……そんな衆愚を超越した存在であるこの俺が!こんなくだらない形で、死んで良いはずがないだろうッ!!!!」
誰とも何事にも真摯に向き合おうとしないまま、最後まで己の人生から逃げ続けようとした人間:這瑠 文人。
サキュバスであるこよりに絞られ尽くした事による影響なのか、内部に抱えた『赤き魔導書』の暴走によるものだったのか。
彼はフィニッシュを迎えるのと同時に、一気にしわがれたかと思うと、全身が激しく震えあがりながら膨らんでいき、バラバラと灰になって崩れ落ちながら、跡形もなく消失した――。