個別レッスン
こよりが提案した“約束”を始めてから、たっぷり6時間後――。
一切休憩を挟むことなく、こよりとパイン☆十兵衛の行為は未だに続いていた。
その間、劫慈の心はすっかり折れたらしく、能面のような無表情を顔に張り付けながらも、ただ言われて通り二人の様子を、無言で見つめ続けていた。
荒い息遣いのみが聞こえる中で、最初に意味のある言語を発したのは、パイン☆十兵衛であった。
究極生命体と化したとはいえ、もとが中年男性であるためか、疲労を感じさせる表情で対峙するこよりへと呼びかける。
「ハァ、ハァ……オイ、女。ここいらでひとまず休憩といかないか?」
まさに渡りに船、といえるはずの提案だったが――対するこよりは、ここに来るまでの純朴そうな雰囲気から一転、妖艶ともいえる笑みを口もとに携えながら、十兵衛の発言を一蹴する。
「フフフッ……ダメですよ、十兵衛さん?――私の本来の姿を解放させたのはアナタなんですから、最後までセ・キ・ニ・ン……しっかり、取ってくださいね♡」
そう言いながら、愛らしくウインクをしながら、十兵衛の頬にキスの雨を降らせていくこより。
だが、それとは裏腹にパイン☆十兵衛は険しい顔つきで彼女の姿を見つめていた。
「本来の姿、だと……まさか、お前の狙いは!?」
そう言うや否や、こよりの背中から二枚の黒い翼が出現し、頭部からは二本の角が生えていた。
その姿を見ながら、ようやく十兵衛は自身が何をしてしまったのかを理解する。
自分がこの春野 こよりという少女を誘拐して、この共通テストの試験会場にまで連れてきたのは、その身体を弄んで慰み者にするため……などではない。
本来の目的からすれば、それはむしろ単なる余興に過ぎないはずだった。
彼女を自身の計画に必要としたのは、凡人だった自分には出来なかった“試験問題衆”を大量に生み出すための、膨大な魔力を彼女から抽出するため。
そして、そんな事がこよりに可能な訳は、ただ一つ――。
「ッ!?お前は確か、強力な淫魔と人間の間に生まれたハーフのサキュバス!!……これまでは自身に流れる力を制御出来ていなかったが、俺と本物のそういう行為をすることによって、強大な淫魔としての力を!……モノにする事が出来たという訳か~~~ッ!?」
本来ならそれは、サキュバスに関係する者が常に警戒し続けなければならない禁則事項のはずであった。
にも関わらず、十兵衛がこの局面に至るまで彼女が秘めた性質に注意をロクに払わなかったのは、十兵衛にとって大事なのは、『自身を見下してきた現行社会の全てを滅ぼせるような、究極の生命体になること』と『可愛らしい少年の局部』の二つのみであり、彼にとってこよりはどこまでも単なる『都合の良い魔力供給装置』程度の意味合いでしかなかった。
最後までその認識に徹していれば、強大な淫魔の血を引くこよりに迂闊に接触しようなどと考えるはずもなかったかもしれないが――究極の生命体になった事で慢心し、劫慈とこよりの二人を瞬殺することなく、単なる暇つぶし程度の感覚で彼らの心をへし折り弄ぶ事を選んだ結果、現状の事態を招くことになってしまっていた。
自身に流れるサキュバスの力をモノにした上に、彼女の瞳には情欲などではない自身と大事な想い人の少年をいたぶった十兵衛に対する確かな憎悪の炎が燃え上がっている。
ならば、彼女の真の狙いは“パイン☆十兵衛”という究極生命体に抱かれる栄誉を手にする事――などではないはずだ。
自身の上に覆いかぶさっている妖艶な笑みのこよりに対して、十兵衛が怒気を色濃く滲ませながら吐き捨てる。
「……言っておくが、サキュバスの性質を使って俺の精力を枯渇するまで搾り取ろうとしても、無駄な事だぞ?今の俺は単なる中年などではなく、『赤き教典』と融合することによって究極生命体と化している!!――お前の中にどれほど強大な淫魔の血が流れていようと、サキュバスの力に目覚めたばかりのお前如きに吸い尽くせるほど、この究極魔導教神!……パイン☆十兵衛は、ヤワではないッ!!!!」
何もかもかなぐり捨てて挑んだこよりの企てすら、神である自身にとっては取るに足りぬものだと豪語するパイン☆十兵衛。
だが、そんな絶望的な事実ですら――想定の範囲内だと言わんばかりに、こよりは相貌を全く崩すことなく、それどころかクスクス、と笑みすら浮かべながら答える。
「確かにアナタの言う通りの事を実現しようとしたら、真っ先に私の方がへばっちゃうのは確実でしょうね……でも、私が吸い上げようとしているのが究極の生命体ではなく、単なる人間のモノだとしたら?」