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遅れた救世主【勇者版】  作者: ヘロー天気
しょうかんの章

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第九十七話:未明の襲撃

※今年は間に合った!




 魔族国ヒルキエラの首都ソーマ。その中心にある崖丘のソーマ城では、各地から呼び戻された部隊の指揮官達が集まり、急遽発令された深夜の急襲作戦について確認し合っていた。


 魔王ヴァイルガリンから直接指示された作戦内容は次の通り。


 勇者が首都に入り込んでいると称して、ジッテ家とそれに連なる『地区』に尖兵を送り出し、暴れさせる。

 この時に使われるのは『異形化兵』という魔法生物。玉座の間に籠もって連日実験を繰り返していたヴァイルガリンが遂に完成させた、対勇者生物兵器なのだそうだ。


「見た目はかなりアレだが……確かに並みの魔族では歯が立たない力を秘めた怪物だ」

「しかし、あれでも勇者の刃には対抗できるか分からないらしいな」

「ああ、だが今回の作戦はそっちが目的じゃない」


 勇者の首都侵入は確実な情報らしい。今作戦はそれを利用して、ジッテ家一派を攻撃する口実にするのが本命と聞かされている。


 ここ数年、ヒルキエラ国ではヴァイルガリンの魔族至上主義を支持する一族が勢力の上位を占めていたが、勇者が現れてから力関係に変化が出始めていた。


 異種族との共存を謳う者達を穏健派と見做して冷遇して来たものの、実際に『穏健派』とは名ばかりの高い武力を有する一族は、ジッテ家だけではない。

 その筆頭でもあるジッテ家が中心となって、水面下で勢力を伸ばしているという話は首都ソーマ内でも実しやかに囁かれていた。


 ここへ来てジッテ家が勇者と接触したとの情報が上がった事により、穏健派の一族が反旗を翻す確率も高くなった。

 一斉決起などで先制される前に纏めて潰してしまおうというのが、本作戦の目的となる。



「魔王様もようやく重い腰を上げたか」


 ジッテ家カラセオスの処遇については、簒奪を成功させた日からヴァイルガリン派が抱える難題でもあった。


 魔王の傘下に加われと言う要請に応じないカラセオスに対し、ジッテ家と仲が悪い武闘派一族からの突き上げも少なくなかった。

 当のヴァイルガリンが対決を避け続けていた為、求心力にも影響が出ていたのだが、今回の作戦はそれらを一挙に解決する。


 ジッテ家と対立する『地区』の武闘派一族も、この襲撃作戦に便乗する形で参加していた。何年も放置されていたジッテ家との問題。

 遂に雌雄を決する時が来たと、気合い十分な武闘派一族の若者達が気勢を上げる。


「忌々しいジッテ家のジジイには、俺が引導を渡してやる」


 実は少し前、ジッテ家の『地区』を荒らしていた彼等は、つい最近カラセオス本人に完膚なきまで叩きのめされた。

 それで一族の中でも笑いものにされた事を、根に持っていたりするのだった。




 一方、ジッテ家に滞在中の勇者部隊は、カラセオスの厚意に従い暫しの休息をとっていた。


「シゲル様、お休み中のところ申し訳ありません。緊急事態です」

「ん……敵か?」


 客間で就寝中だった慈は、アンリウネの緊張感を孕んだ声にむくりと身体を起こす。

 抱き枕にしていたリーノがむにゃむにゃと腕から転がったので、彼女の髪を指で梳きながら意識を覚醒させる。


 失礼しますと扉を開いて入室して来たアンリウネがその光景を見て一瞬硬直するも、直ぐに気を取り直して現状報告をした。


「ジッテ家とそれに連なる一族の『地区』が、正体不明の怪物に襲撃を受けているそうです」

「正体不明の怪物?」


 なんじゃそりゃ? と小首を傾げながらベッドから抜け出した慈は、アンリウネの介添えも受けて手早く着替えを済ませると、宝剣フェルティリティを装備しながら部屋を出る。

 その際、ベッド脇のソファーに向かって声を掛けて行く。


「レミ、リーノちゃんが起きたら説明と案内よろしくな」

「……ん」


 もぞりと、ソファーの一部が沈んで何時もの返答があった。相変わらず隠密状態のまま過ごしているレミは、そのままベッド脇に移動して待機に入ったようだ。

 リーノを起こすべきかと迷っていたアンリウネを促し、皆が集まっているというエントランスの緊急対策会議場へと急ぐ。



 道すがら慈はアンリウネから更に細かく状況を聞き出していたのだが、結構重要な補足情報があった。


 襲撃を受けているらしいジッテ家と繋がりのある一族は、実はカラセオス主導で決起計画を立てていた穏健派組織のメンバーだという。


「あの人、クーデターの準備とかしてたのか……」

「そのようです。……御令嬢のと言いますか、ルイニエナさんが率いていた『特別救護隊』が全滅したという報せを受けて、一時的に計画が止まっていたそうですが」


 救護隊には魔族軍内でも訳有りの人材ばかりが集められていた。

 ヒルキエラで穏健派と見做される家の子息や令嬢も一纏めにされており、この配置には人質の意味合いがあるのではと囁かれていたそうだ。


 そうした繋がりも通して密かに穏健派の家同士が連絡を取り合い、結束を固めつつ決起の準備を進めていたらしい。


「なるほどなぁ」


 首都ソーマ内の穏健派組織が活動を止めていたのは、大分前になる。カラセオスがルイニエナの生存を知らされて立ち直り、自分(ジッテ家)の『地区』の掃除を始めたのは少し前。

 ジッテ家に勇者部隊が迎えられたのは昨日の今日だ。


 このタイミングでの襲撃に作為的なものを感じた慈は、エントランスに入るなり宝剣フェルティリティの刀身を半分ほど抜いて勇者の刃をドーム状に放った。

 屋敷からはみ出さない程度に範囲を絞った光壁が緊急対策会議場を包み込む。


 殲滅条件は『人質などを取られていない、始めからヴァイルガリン側に付いて動いている者』というかなりピンポイントに絞った。

 幸いにも会場内に蒸発する者は出なかったが、慈は手応えを感じていた。


「い、今のは?」

「凄まじい力の気配を感じたが……」


「勇者殿の刃による選定だ。どうやら我々の中に裏切り者は居なかったようだ」


 ざわつく穏健派組織のメンバーに手早く説明をして場を収めるカラセオス。慈は、今し方放った勇者の刃(壁)に引っ掛かった者が屋敷内に居た事を告げる。


「向こうの方から手応えがあったぞ」

「その方向は……厨房のある辺りか」


 カラセオスは、使用人の中に内通者がいたかと、部屋の隅に控えている執事に目配せをする。静かに頷いて応えた執事が確認に向かった。


「カラセオス殿、その若者が噂の勇者なのかね?」

「ああ。勇者のシゲル殿だ。粗相のないように頼む」


 そんな会話を耳にした慈が改めてエントランス会場を見回すと、七~八人ほどの魔族の壮年男性達が探るような視線を向けていた。


「あ、どーも。オーヴィスの勇者やってる慈です」


 軽く挨拶を返しておく。


「……噂に聞いていた人物像とは随分と印象が違うような」

「あら、可愛いじゃない。もっとゴツイのかと思ってたわ」


 妙齢の女性魔族も居た。伝え聞く勇者の豪傑ぶりから、筋肉バキバキの大男のような猛者を想像していたとか。

 彼等は各『地区』を代表する一族の長達で、それぞれ立場や主張は微妙に違えど、ヒルキエラ国の中ではヴァイルガリンの『魔族至上主義』に賛同しない穏健派とされている。


「本来なら明日の朝にでもじっくり紹介する予定だったのだが、急な顔合わせになってしまった」

「まあ多少予定が狂ってもやる事は変わらんでしょ」


 同胞の不躾な態度を詫びるカラセオスに、慈は気にしなくて良いと流す。見た目が強そうに感じないのは仕方がない。


(実際、剣を持ってるけど剣として使って無いし。身体も大して鍛えられてないもんな)


 宝剣フェルティリティは形が剣というだけで、慈は殆ど魔法の杖のような使い方をしている。故にその刀身が血に染まる事もない。

 元々魔法発動の補助具のような扱いであり、勇者の象徴として振るってはいるものの、勇者の刃の発動自体は身一つ、意識するだけで可能なのだ。



 とりあえず、互いに共闘する意思を確認したところで本題に入る。ここに集う一族の長達は皆がそれぞれ独自の諜報網を持っていて、情報の精度も高い。

 慈は彼等のやり取りに耳を傾ける。


「現時点で分かっている情報だが、正体不明の怪物は城から出て来たという事だ」

「では、これはヴァイルガリンが仕掛けて来たと考えて良いのか?」

「もう少し待て。結論を急いではならん」


 彼等は現在、城内や他所の『地区』に潜入している諜報員からの連絡待ち状態らしい。


(結構連携は取れてるのか。こっちはこっちでどう動くか決めといた方がいいかな)


 カラセオスと穏健派組織の長達が情報の擦り合わせをしている間に、慈達も勇者部隊の皆を集めて現状の確認と今後の方針を話し合う。


「多分、打って出る事になるとは思うんだけど。その場合はヴァラヌスに乗って皆で動くか、戦闘員以外は屋敷に残る方がいいか……」


「今まで通りで良いんじゃねーの?」

「だな。お前さんの傍に居るのが一番安全じゃろ」


 慈の自問するような問い掛けにパークスとマーロフが応えると、六神官やシスティーナ達も頷いて同意した。


「分かった。じゃあヴァラヌスの準備もしといてくれ」

「承知しました」


 御者がマーロフと連れ立って厩舎へと向かう。入れ替わりに、慌てて着替えたらしいリーノがパタパタと駆けて来た。

 姿は見えないが、レミも後ろに続いているのだろう。


「さて、リーノちゃんも起きた事だし、今後の方針の再確認でもやっとくか」


 癒し枠の参加で少し和んだ慈は、改めて勇者部隊の皆と円陣を組んで、ここからの行動方針を確認し合うのだった。






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