第九十六話:ヴァイルガリンの動向
第二師団の指揮官達に勇者対策だと称して持たせた『魔王の御符』――力場計測器を通じて、解析した勇者の放つ光の刃。
あの『勇者の刃』の正体は、『強力な意志の塊』だった。あらゆる物質に働き掛けて分解させる、精霊が宿る物質への干渉力。
精霊は明確な自我を持つ極大な存在から、意思すら持たない微小なものまで、無機物、有機物を問わずあらゆる物質に宿っている。
そんな『精霊の意志』を使った対象物への瞬間的な支配による、強制的な結合の分解という力技。究極の支配と解放。
ヴァイルガリンはこれに対抗するべく、精霊の浸透を躱せるほど強力で柔軟な、対精霊用魔法障壁の開発を考案した。
しかし、いくら魔法障壁の構造を工夫しようとも、何処にでも存在する精霊を完全に排除したり、封じ込める事は叶わない。
この世界の摂理に縛られる既存の魔法ではどうにもならない事を悟ったヴァイルガリンは、勇者と同じく外の世界から干渉してこの世界の摂理を超えるしかないという結論に至った。
その方法として、オーヴィスの神殿関係者から手に入れた『召喚魔法陣』を元に特殊な魔法陣の構築に挑んだ。
そして、それは一応の完成を見た。
勇者召喚の魔法陣を解析して作った『遍在次元接続陣』。これは異世界ではなく、並行世界に繋がる『次元の亀裂』を発生させる。
現在の世界から少し違った現在という無限に広がる可能性の世界に繋ぎ、現在の自分から少し違った自分自身という協力者を得る発想。
『次元の亀裂』を維持し続ける為に亀裂の近くから離れられない制約ができてしまったが、そのデメリットを受け入れて有り余るだけの成果はあった。
勇者を召還した魔法陣は、運用に発動者の寿命が対価として消費される。
ヴァイルガリンは発動条件を司る部分を弄って、寿命の消費対象を発動者から他者に変更する事に成功。専用の呪印を施した者の寿命を糧に稼働するよう改良していた。
この呪印は適性を持つ者にしか効果が望めない為、城に居た者だけでは少し心許ないものの、当面の稼働時間は確保できている。
第一師団を中心に、多くの魔力と生命力を持つ忠実なる下僕達を呼び戻したので、戦力も糧も十分に揃えられた。
そして『遍在次元接続陣』最大の特徴と恩恵は、この世界の摂理を超えた力の取得ができる事であった。
召喚魔法陣で勇者に強大な力が与えられるのと同様に、『次元の亀裂』を通して繋がった並行世界の自身に、この世界の摂理を踏み越えた力を与える事ができる。
同じ発想、同じタイミングで『次元の亀裂』を開き、繋がった接続先のヴァイルガリンは、とにかく戦力強化を図れる力を欲していた。
それをこちらから付与してやる代わりに、向こうのヴァイルガリンにもこちらの欲する力を付与してもらう。
並行世界の自分との意思疎通は、明確だが分かり難いというある種矛盾した感覚を伴う。その時に浮かんだ思考が自分のものなのか、並行世界の自分の考えなのか曖昧になるのだ。
だが、互いに考案していた術式を付与し合う事で、研究と改良だけでは辿り着かなかった領域にまで至る事ができた。
勇者の刃に対抗する対精霊用の魔法障壁は、重複付与による共鳴効果で『複合障壁』へと昇華。精霊の浸透をも妨害できる強力な障壁を扱えるようになった。
向こうのヴァイルガリンは『生命融合術』という特殊な強化魔法を、重複付与により『闘争の蟲毒』なる結界魔法に進化させていた。
異形化兵を作り出す『生命融合術』は、手っ取り早く手駒を強化するのに有用な術だったので、勇者の迎撃要員用としてこちらでも運用する。
勇者の刃を無効化する『複合障壁』で身を護りつつ、精鋭の兵達を材料に作り出した異形化兵をけしかける。
そうして勇者さえ排除してしまえば、残る脅威は身内の裏切りによる下克上くらいだが、そんなものはあって無きがごとし。
伝説の存在とほぼ同格の力を得た今、玉座の間に在る限りこの世界に敵は無い。ヴァイルガリンはそう確信していた。
「さあ、疾く来るがいい勇者共よ。糧が惜しい――もっと集めねばならんな」
『次元の亀裂』を開いた高揚のまま準備万端まで整えたが、この臨戦態勢を維持するにも多少なり糧を消費する。
ここから動けない以上、こちらからも何かしら手を打つべきかと、ヴァイルガリンは『複合障壁』の外に並べてある異形化兵を数体、玉座の間から出撃させた。
勇者を屋敷に迎えたカラセオス。そのジッテ家に連なる家臣達の中でも、斥候に特化した一族がソーマ城の周辺を調べていた時、奇妙なモノを目撃した。
城の裏口から現れたそれは、遠目には人の姿をしているように見えるが、不自然に盛り上がった肩や異様に長い腕。
捻じれた樹木を歪に繋ぎ合わせたような胴体と脚。それに二つ以上の顔が融合したかのような、複数の目鼻口を持つ頭が付いている。
一見して普通ではなく、発せられる気配も魔力も異常な化け物だった。
「なんだ、あれは」
「魔法生物でも造りだしたのか……とにかく、一度戻って族長に報告だ」




