第九十五話:決戦前夜
ジッテ家でカラセオスと面談した慈は、ヴァイルガリンを討った際には、その後暫くヒルキエラの暫定統治者をやって貰えるよう交渉を纏めた。
初めは次期魔王になる事を勧めて辞退されたが、カラセオスが推す次代の魔王候補の存在を聞き、それが以前関わった人間と魔族の夫婦、サラとラダナサの娘テューマである事が分かった。
勇者の名においてテューマを保護できる環境が整っていた事が決め手となり、彼女が睡魔の刻から目覚めてヒルキエラ国に来るまでの間、カラセオスは魔王代理を務める事を受け入れた。
それからヴァイルガリンを実際に討つ為の方策を話し合う。
「城に攻め込むに当たって、まずはヴァイルガリンの近況についてだが――」
「あ、城に直接攻め込む気は無いんで、目標の場所の特定が出来ればそれで」
慈は、勇者の刃を使って城の外から狙い撃つ作戦で考えている事を告げる。しかしカラセオスは、「ふむ」と唸って難しい顔をした。
「確かに、先程の説明にあった力でならそれも可能だろう。だが、相手はあのヴァイルガリンだ」
「……勇者の刃をやり過ごすような手段を、持ってるかもしれないと?」
「うむ。彼奴は貴殿がパルマムを奪還した頃から城に引き篭もって研究を続けている。大量の魔鉱石の確保や、急な戦力の呼び戻しなど、何かしら意味があると考えた方が良い」
勇者に対抗しようとするヴァイルガリンの研究に、どれほどの成果が出ているかは分からない。
外から薙ぎ払う計画も当然試す。それで討てなかった場合の事も考えておくべきという意見には、慈も納得する。
「そう言えば、前に『縁合』の情報で玉座の間に籠もって何か儀式をしてるってのがあったな」
「儀式か……。それに関しても一つ、気になる噂がある」
カラセオスは城内に独自の情報網を持っている。そこから得た内容で最近、城に呼ばれた兵士や勤務している騎士達に、行方不明者が出ているというもの。
「『贄の呪印』のような禁呪を、他に使っていないとも限らない」
城に近付く時は慎重にいった方が良いと、カラセオスは執事に命じて書類の束を持って来させた。
テーブルの上に広げられたそれは、ソーマ城の間取りが記された地図だった。
「うわ、部外者に見せちゃダメなやつだ」
「既に共闘する身内だ。問題無かろう」
慈の茶化し気味なツッコミに、カラセオスはそう言ってニヤリと笑みを見せた。
城攻めでも慈は基本的に単独で動くつもりだったが、勇者部隊全員で行動しなければならない場面も出て来る事を想定して、皆でソーマ城とその周辺が記された地図を確認する。
「玉座の間の位置はここか。あんまり上の階じゃないんだな」
「余所の城はどうかは知らぬが、ソーマ城の玉座の間は魔族軍の総指令室であり、魔導研究室であり、謁見の間でもある。あらゆる魔導具や防衛装置が敷かれた最新鋭の中枢施設なのだ」
ソーマの街並みに見る『地区』の在り様から察せられるように、魔族国はまだ統一国家として十分に纏まり切れていない。
隙あらば「我こそが最強」と魔族の王を主張して城に攻め入るというか、住み着こうとする輩が後を絶たなかった。
実際そうやって魔王が代替わりする事もある。
そんな殺伐とした時代が長く続いて来た中で、城に滞在する歴代の魔王達が最も長く身を置いたのが玉座の間。
一々移動するのが面倒とか無駄を省くという理由から、ここで一通り業務を回せるようにと必要な設備を増やして施設を追加し、全部一ヵ所に集めて詰めた結果、超多機能な玉座の間となった。
謁見から軍の指揮に国家運営の指示、食事や睡眠もこの一室で済ませられるならと厨房や寝室まで完備。
その内、歴代の各魔王個人の研究室まで併設されるようになったらしい。
「まさに中枢っちゃ中枢だな」
「うむ。前魔王様もほぼ玉座の間に住んでいたからな」
広い面積と安定した土台が必要になる為、玉座の間は必然的に低い階層に落ち着いた。そんな玉座の間を狙える位置まで秘密裏に接近するには、城の下側から行くルートが手堅い。
「侵入者を検知したり、弾く結界くらいは当然張ってある。結界の起点となる装置を止めるか破壊するには、城に潜入する別動隊が必要だろう」
「いや、結界も勇者の刃で消し飛ばすから、玉座の間を狙える場所の確認だけで大丈夫だ」
カラセオスが説明する中、潜入の下りで隠密中のレミがふんすと意気込んでいたが、慈は無理に危険を冒す必要は無いと、全て勇者の刃で片付ける事を告げた。
「じゃあさっそく今夜にでも」
「時間を置かない方が良いとは言ったが、流石に急き過ぎだ」
城周辺の様子はこちらで探っておくから一晩くらいは休んで行きなさいと、カラセオスは慈達に客間での休息を勧めるのだった。
一方、ソーマ城。多機能玉座の間に籠もっているヴァイルガリンは、城下に張り巡らせた首都内を専門に活動する密偵部隊から報告を受けていた。
「くくく、そうか……勇者共が来たか」
玉座に背を預けているヴァイルガリンは、自身の頭上、斜め後方の空間に仄暗く輝く巨大な裂け目を見上げてほくそ笑む。
この空間の裂け目、『次元の亀裂』の発現に成功した、ここ数十日の研究活動を思い出す。
勇者が放つ光の刃を分析して、その正体を突き止めた。
『これに対抗するには、やはり同じように外からの干渉……別次元を通してこの世界の摂理を超えるしかない』
その為の足掛かりは既に手中にある。オーヴィスの神殿関係者から手に入れた、勇者召喚の魔法陣。
既にある程度まで解析しており、勇者召喚の妨害には失敗したが、更に解析を進めてここから新たな魔法陣を構築できる。
そうして編み出した『遍在次元接続陣』によって世界に門を開き、『次元の亀裂』を発現させた。
「迎撃の準備は出来ている。何時でも来るがいい」
『次元の亀裂』から発せられる異質な魔力で満たされた玉座の間にて、ヴァイルガリンは新たに得られた力の試せる時を、今か今かと待ちわびていた。




