第九十四話:魔王の後継者
魔族国ヒルキエラに無事潜入し、ジッテ家当主カラセオスと面会を果たした勇者部隊。
慈はカラセオスに、ヴァイルガリン討伐後の魔王をやって貰えるよう提案したが、カラセオスはそれを辞退した。
「理由を聞いても?」
「私よりも相応しい後継者が居るからだ」
カラセオスは、ヴァイルガリンの後釜ではなく、あくまで前魔王の後継者としてその者の存在を語った。
その者とは、カラセオスが『睡魔の刻』に入る前に、ルナタスで一度会った事があるという。
人間とのハーフで、弱冠四歳にして当時の魔王に匹敵する魔力を潜在的に秘めているのが分かり、戦慄したそうだ。
「そりゃすごいな」
そんな人物が居るなら、確かに次期魔王に推したい気持ちも分かると慈は素直に驚く。
異種族とのハーフには、偶にそういう特異な力を持つ者が生まれる。カラセオスは当時の魔王にも報告、相談して将来王宮に召し抱えようと考えていたらしい。
(異種族の血が混ざってリミッターでも外れるのかね……)
その後、『睡魔の刻』で眠っている間にヴァイルガリンの簒奪が起きた。
カラセオスは中立を謳いながら情報を集めて、件の子供は人間の国に逃がされているところまでは掴んでいた。
「無事なら、君の名において保護して欲しい。父親はルナタスに住む魔族の穏健派組織に所属していた事は分かっている」
「ん? なんか既視感」
慈の言葉に、アンリウネ達六神官も「おや?」という反応を示す。
カラセオスは、そんな慈達の様子に怪訝な表情を浮かべながらも、手掛かりの一つである人間の協力者の名を上げる。
「イルドという女性神官が、人間領の深くまで落ち延びるのに協力したと――」
「イルド院長! って事は、やっぱテューマちゃんか」
慈のその言葉に、今度はカラセオスが驚いた。
「知っているのかね?」
「つい最近、父親のラダナサとも会ったな」
慈は、イルド院長やサラ親子と出会ったベセスホードの慰問巡行と、パルマム近郊で『贄』を仕込まれていた難民キャンプの事などを説明する。
「ふーむ……それは何とも、数奇な巡り会わせと言おうか」
「テューマちゃんはまだ半年は睡魔の刻らしいけど、俺の名と神殿の権威も使って家族丸ごと保護する方向で。今はパルマムも安定してるだろうし、ラダナサも合流させようかな」
そういう事情ならばと、カラセオスはテューマを将来の魔王に推す事を条件に、それまでの繋ぎとして環境づくりをする方針で、ヒルキエラの暫定統治者を担う役割を受け入れた。
「それにしても、良くない噂として聞こえてはいたが、まさかあの外法に手を出していたとは」
そして話題はテューマの父親であるラダナサや、彼の仲間達に仕込まれていた贄の呪印について、戦略儀式魔法が実際に使用された件に及んだ。
「あれって、やっぱり魔族国でも禁呪扱い?」
「当然だ。国家間での取り決めだったのだからな。そもそもアレを扱える技術を持っているのは、実質我が魔族国の術士だけだと思うが」
過去に使用された例でも、人間国同士の戦いの場ではあったが、儀式を取り仕切っていたのは外部の協力者である魔族の魔術士集団だったらしい。
「こうなると、ヒルキエラ国内に『贄』の存在を警戒せねばならんが……」
「いや、それは大丈夫。居ても呪印そのものを消し飛ばすから問題無いよ」
ここは位置も悪くない。ジッテ家の『地区』は魔王城の斜め下で、崖の麓という中々の立地条件。下から上に向けて、逃げ場のない空間を勇者の刃で容易に満たす事ができる。
物理的な罠も含めて、ヴァイルガリンに辿り着くまでに配置されているあらゆる脅威は、全て事前に排除可能である。
慈から勇者の刃の仕様を詳しく聞かされたカラセオスは、しばし絶句した後、唸るように呟いた。
「それはもう、存在自体が禁呪の域だな……」
勇者伝説は幾つか聞いた事はあるが、そこまで荒唐無稽が現実化した存在は初めてだと、慈に畏怖を覚えているようだ。
下手をすれば、この世から魔族という存在が根こそぎ消されていたかもしれない事に思い至ったらしい。
「まあ、俺の場合はちょっと特殊らしいけどね」
慈はそう言って肩を竦めて見せた。別の未来の廃都で、アンリウネ婆さんからチラッとだけ聞いた事がある。本来ならここまで強力な勇者になる筈では無かったという話。
詳しく掘り下げる気は無いので、話題をヴァイルガリン討伐とヒルキエラの統治に戻す。
「それじゃあ、ヴァイルガリンを討つ段取りから話し合おうか」
「うむ。やるならあまり時間を置かない方が良いだろう」
各地から撤退して来る魔族軍を始め、首都に残っている魔王の戦力は、ヒルキエラ解放同盟に意識が向いている。今のタイミングでなら、完全な奇襲を仕掛けられるだろう。
「じゃあ改めて紹介する。俺の部隊で色々取り仕切ってくれてる神官の皆と、元クレアデスの騎士団長に傭兵隊長だ」
「よ、よろしくお願いします」
ここでようやく、慈に同行している六神官やシスティーナにパークスが、カラセオスとの話の輪に加われたのだった。




