第九十三話:魔族国の首都
抜け道を通ってヒルキエラ国に入った勇者部隊は、山間にある『縁合』の隠れ里でヴァラヌスに偽装を施し、山で採掘した魔鉱石を運ぶ地竜の荷駄隊に交じって首都を目指していた。
「あれがヒルキエラの首都ソーマです」
「なんか距離感おかしくなりそうだな」
灰色の山道を下りきってしばらく平地が続く先に、巨大な黒っぽい壁が見える。
まだ十分な距離があるにも拘わらず、見上げるような感覚をもたらせる首都の防壁は、近付くにつれてその大きさが際立つ。
自然の岩山を削って造られたらしく、高さは優に百メートルは超えていそうな超巨大防壁だった。
「つーか崖だなこれ」
「崖ですね」
首都を囲う防壁として整えられてはいるが、よく見ると表面には元の岩山の凹凸など形がほぼそのまま残っている。
魔族国ヒルキエラの首都ソーマは、岩山を丸ごと使った山の都であった。
巨大防壁を見上げながら道なりに進んでいくと、トンネルの入り口のようなこじんまりした門の前に辿り着いた。
ソーマには複数の門があり、ここより西の方に軍隊など一度に大勢の出入りも可能な大正門が立っているらしい。そちらは中央街道と合流する大きな道に繋がっている。
裏門に近いここは、ソーマ周辺の村落から来る交易商人向けの、業者用搬入口のような門だ。
「お、魔鉱石か。今回も随分運んで来たな」
「ええ、いくら持ち込んでもだぶつかないのでね。今が稼ぎ時ですよ」
門番の衛兵と気軽に言葉を交わした荷駄隊のリーダーが、身分証を呈示して首都に入る許可書を貰う。
既に何十年と通う顔なじみな事もあってか、荷物の検査もそこそこに都の門を通過した。
荷駄隊に少し毛色の違う地竜が交じっていても、『今が稼ぎ時』というキーワードが効いたのか、『新しく地竜を増やしたんだな』程度にしか思われなかったようだ。
首都を囲う防壁は外から一目見て分かるように、その異様な大きさは防壁の内部にも及ぶ。
門を潜った荷駄隊は、ヴァラヌスを含む地竜の全頭がトンネル通路内に入ってもまだ出口に辿り着かない。
壁に広い間隔で埋め込まれている発光鉱石に照らされた薄暗い通路が続き、途中で二度ほど曲がってようやく出口の光が見えて来た。
「おぉ」
「ようこそ、魔族の都ソーマへ。我々は勇者殿の来訪を歓迎します」
トンネルを抜けると、そこには灰色の都が広がっていた。
荷駄隊のリーダーである『縁合』の御者は、共にやって来た勇者一行にこっそりと歓迎の言葉を送って、首都入りを祝い称えた。
首都ソーマの街並みは、無数の建物がひしめき合って乱立する、やたらとごちゃごちゃした印象を感じた。
どうも区画の整理などがされていないらしく、基本的に重厚な石造りの建物を囲うようにスラムのごとくごみごみした小屋が並んでいたりする。
闘争が激しかった時代は、強い一族を中心にその配下が集まる形で街並みが形成されており、当時の名残が残っていると『縁合』の御者に説明された。
立派な大きい屋敷の周りに控えめな館や家が並び、更にその周りに掘っ立て小屋がひしめく。屋敷に近い家ほど、強くその家の恩恵と影響を受けているという仕組み。
一つの街の中に複数の建物群が『地区』として集合している状態で、それぞれの地区の中心には強い力を持つ一族の屋敷がある。
「結構わかり易いな」
慈は、一目で勢力が分かるのは面白いと、まるで縄張りを示すかのように立ち並ぶソーマの都の『地区』を見渡した。
「それでは、我々はここで。交渉が上手くいく事をお祈りします」
「ああ、ここまでありがとな」
荷駄隊が鍛冶場に鉱石を卸して、市場で里に持ち帰る食糧などの買い付けをやっている間に、慈達はジッテ家へと向かう。
街の遠く中心部には、首都の全域を見渡せるように建てられたのか、小高くなった丘というか崖の上に立派な巨城が鎮座している。ヴァイルガリンが籠もっている魔王城だ。
ジッテ家の『地区』は、魔王城に続く道の直ぐ傍。崖丘の麓にあった。
「よし、行くか」
里の荷駄隊と別れた勇者部隊は、案内役の『縁合』構成員の先導に従い、偽装を施したヴァラヌスに乗ってソーマの都の通りを進む。
流石に魔族の本拠地とあってか、六神官やシスティーナに兵士隊、パークス達傭兵隊も皆緊張しているらしく、口数も少ないのでいつもより静かだ。
まるで気負った様子が見られない普段通りの慈も、実は既に付け焼き刃の悟りの境地が発動していたりする。
ソーマの市場通りを外れて住宅街に入る。地区と地区の間の道はかなり広く取られているが、街並みの構造的に曲がりくねっているので、見通しが良い割りに結構入り組んでいた。
そして一つの勢力を示す地区はそれぞれ独自の特徴をもっており、碁盤の目のように道が整理された地区もあれば、行き止まりだらけで迷路になっている地区。
日毎に小屋が立ったり消えたりして道が変わるような地区もある。
ジッテ家を中心に持つ地区は比較的整理された街並みだったので、屋敷までの道程は平穏無事に通り抜けられた。
正面には立派な屋敷と、厚みもありそうな高い塀。それに大きな門が聳えている。
「ヴァイルガリン派のゴロツキとか居て絡んで来そうなイメージだったんだけど、何も無かったな」
「少し前までは確かにそういう輩もいましたけどね」
当初、『縁合』の構成員が当主カラセオスに接触した頃は、ジッテ家は少々寂れていたらしい。地区内も他所の勢力の者と思われるゴロツキ共が、我が物顔でのさばる荒み様だったという。
『縁合』はカラセオスに令嬢ルイニエナの無事を報せ、現状と事の次第を説明して勇者との面談の約束を取り付けた。それ以降、当主が自ら地区内を巡って他勢力の無頼漢は排除された。
「やっぱり娘さんの事が響いてたのか」
「そのようですね。我々もジッテ家の様子を聞いた時は、少し意外でした」
案内役の『縁合』構成員は、あのヴァイルガリンに一目置かれるカラセオスが、娘の戦死の報にそこまで消沈しているとは思わなかったと驚いたそうな。
そんな話をしている内に門が開かれ、慈達勇者部隊はジッテ家の屋敷に招かれたのだった。
「お待ちしておりました」
執事っぽい人と屋敷に滞在している『縁合』構成員に出迎えられ、当主カラセオスの待つ部屋へと案内される。
ジッテ家の屋敷の中は落ち着いた雰囲気の内装で程よく整えられており、人類側の貴族の屋敷と大差ない造りだった。
「こちらです」
応接室の扉が開かれ、案内の人が脇に控える。慈と六神官が部屋に入ると、システィーナにパークス、それに姿の見えないレミが続く。
部屋には長身で細身だがやけに存在感のある魔族の壮年男性。ジッテ家の当主カラセオスが待っていた。
ゆったりとした動作で振り返ったカラセオスは、一瞬ちらりと慈の斜め後方に視線を向けると、慈に向き直って声を掛ける。
「よく来た、勇者達よ。娘の事は聞いている」
「どうも。今日は会談に応じて頂いてありがとうございます」
軽く挨拶を交わし、ソファに掛けるよう促される。慈達が腰を下ろすと、メイド服な使用人さん達がお茶を運んで来た。
(つーか、今レミの方を見たよなこの人)
宝珠の外套で隠密中のレミを感知できるのかと、慈はカラセオスの魔族としての能力に『流石は実質ナンバーツー』だなと興味を抱く。
さておき、交渉である。お茶の用意を済ませた使用人さん達が退室した後、慈はさっそく本題を切り出した。
「ヴァイルガリンを倒すんで、その後の魔王やってくれませんかね?」
「ぶふっ」
優雅にカップを口に運んでいたカラセオスが咽た。あまりに唐突ド直球過ぎる要望に、意表を突かれたらしい。
「……すまないが、その提案は辞退したい」
コホンと繕ったカラセオスは、一言そう告げてカップを置いた。




