第九十二話:『縁合』の隠れ里
ルナタスの街に駐留していた魔族軍の第二、第三師団がヒルキエラ解放同盟の決起を宣言し、簒奪者ヴァイルガリンの討伐に勇者との共闘を謳って王都シェルニアに集結していた頃。
慈達勇者部隊は一足先にシェルニアを出発して、ヒルキエラ国に向かっていた。
王都シェルニアの暫定統治者とは面会もそこそこに出発したのであまり印象に残っていないが、元々魔族とは上手く付き合っていた国の重鎮達らしい。
魔族軍の侵攻が起きた当初から魔族派の嫌疑を掛けられて幽閉されていた為、最初期の混乱時に起きた粛清沙汰にも巻き込まれず、無事にやり過ごせた者が多かったそうな。
ルーシェント国は、勇者部隊とヒルキエラ解放同盟の共闘により殆ど一晩で解放された。
しばらくはシェルニアを本拠にするヒルキエラ解放同盟の存在感が大きいので、彼等の全軍でヒルキエラに向かうまでは王都の雰囲気も然程変わらないだろう。
しかし解放感は覚えているようで、王都民の表情は明るかった。
ルーシェント国とヒルキエラ国の国境に当たる山沿いの抜け道を行く勇者部隊。
曲がりくねった渓谷を原生林が覆ったような地形で起伏が激しい為、普通の馬車はまず通れなさそうだ。騎馬でも厳しいだろう。
荒れ地に強い騎獣や軽装の徒歩なら何とか行軍可能という具合の道を、地竜ヴァラヌスで軽快に駆け抜ける。
「勇者様方、こちらです」
案内役の『縁合』と合流し、渓谷の途中に開いている洞穴を通ってヒルキエラの大地へと入る。洞穴を抜けた先は、灰色の岩山が切り立つ山道だった。
鍛冶師マーロフが鼻をスンスンさせながら、周囲の岩壁を眺めて言う。
「ふーむ、この辺りには良い鉱石の気配がするのぉ」
「そうなのか?」
ヒルキエラ国の農業や鉱業に関しては、情報収集のリストに入れていなかったので詳しい事は分からないが、魔族の国だけあってか魔力の宿った良質の鉱石が多く産出されるのだとか。
落ち着いたら採掘の調査に来てみたいと、マーロフは魔族国の鉱山に興味を示している。
案内に従って山間部の村にやって来た。木製の防壁に囲まれた隠れ里のようなこの小さな村は、住民の半数以上が『縁合』に連なる者らしい。
ここでヴァラヌスに偽装を施し、行商の荷駄隊に交じってヒルキエラの首都に入る。その商隊も全員が『縁合』の関係者だ。
「ここって『縁合』の本拠地みたいな場所になるのか?」
「そういう訳ではありませんが、この地を切り拓いたのが私達の同志だったのですよ」
岩山を開拓に来た先駆者は『縁合』の拠点を立てる意図はなかったそうだが、結果的に隠れ里として機能しているそうな。
中央の首都には一日程度で到着出来る。ヴァイルガリンが引き篭もる魔王城は、首都の中心にあると聞く。
今はヒルキエラ解放同盟の決起宣言の影響もあり、首都への出入りも検問が厳しくなっているとの事だった。
「私達は山で採掘した鉱石を首都の鍛冶場に卸す事で糧を得ています」
「なるほど。重量のある商品が荷物だから、荷駄隊も地竜が普通なのか」
この村では三頭の地竜が飼育されている。いずれも荷物運び用の大人しい品種らしく、戦闘用にも使われるヴァラヌスと比べると若干ずんぐり感の増す見た目だった。
ヴァラヌスに施した偽装は、主に顔周りの厳つさを隠すべくマスクを装着している。特注の竜鞍は飾り布を巻いて幌を開けば、一般的な荷駄竜鞍と見分けは付かない。
村で一泊してから翌日には商隊と共に出発した。荷駄隊の地竜が引く大型荷車に積まれた鉱石は、マーロフも仕分けを手伝っていた。
道中、ヒルキエラ国内の情勢など説明を受けつつ、均された山道を行く。
「首都ではここ最近、魔鉱石が高騰していましてね。かなり需要が増えているのですよ」
「魔導具とかの材料に使うんだっけ?」
他の地域からも買い付けられていて、相当な量の魔鉱石がヒルキエラの首都に流れ込んでいるが、市場にはそれらが出回っていないという。
「卸された魔鉱石の殆どが、魔王城に運び込まれているらしいのです」
「ふ~む? 何か大掛かりな魔導装置でも作ってるのかねぇ」
慈は、ルナタスでヒルキエラ解放同盟の幹部達から聞いた話を思い出す。
クレアデス国の王都アガーシャを奪還する戦いの時。魔族軍の第二師団は、ヴァイルガリンから対勇者装備として『魔王の御符』を渡されていた。
結局その御符に『勇者の刃』を防ぐ効果は無かったようだが、玉座の間に引き篭もっているヴァイルガリンが勇者の力に対抗するべく、何かしらの道具を作っている可能性は高い。
(まあ、どんな対策してきても直接対決とかは無いんだよなぁ)
慈は、わざわざ魔王と正面から対峙して討つ等という『勇者っぽい』事をやるつもりはない。
別に玉座の間に突入する必要もなく、何なら魔王城に入る事もせず外から勇者の刃を撃ち込んで終わらせるつもりだ。
その前にジッテ家の当主カラセオスと面会し、次代の魔王に就いて貰えるよう交渉しておかなくてはならない。
いきなりヴァイルガリンだけ討っても、その後の魔族国を纏められる指導者が居なければ、無駄に混乱が長引いて余計な犠牲を生むなど損害が出てしまう。
それは慈の望むところでは無かった。
(ヴァイルガリンの後継者になりそうなのは纏めて潰していくとして、まずはその辺りの情報収集も兼ねてのジッテ家訪問だな)
そんな段取りを思い浮かべつつ、アンリウネ達とも今後の予定を話し合う。
慈達一行を交えた『縁合』の地竜荷駄隊は山道の途中で一泊を挟むと、ヒルキエラ国の首都へと下りて行った。




