第八十六話:新生クレアデス王国
ヴァラヌスの竜鞍を整備出来る鍛冶師マーロフが聖都から来てくれたお陰で、基本的な修繕から根本的な乗り心地の改善など、竜鞍に細かい改良・強化が施せるようになった。
マーロフも勇者部隊に同行する事が決まったので、今後は旅先でも竜鞍の修繕や調整が出来る。
(兵士隊と傭兵隊の武器防具も整備してくれるのは有り難い)
これまであまり使わせる機会は無かったが、ここから先は魔族の領域だ。
敵の殲滅は今まで通り慈が担当するし、基本的に接近させるつもりは無いものの、相手の奇襲を確実に防げるとは限らない。
慈としては、ヴァラヌスや六神官達を護る為にも、システィーナと兵士隊にパークス達傭兵隊の装備を常に万全に保てるのは心強かった。
(それはそれとして、乗り心地の改善も良い具合に纏まったな)
竜鞍に設置されている16人分の座席は、御者台でもある正面の座席と後方の座席はほぼそのままだが、側面座席には90度回転する機能が付いて迅速な乗り降りが可能になった。
背もたれを倒せるリクライニング機能も追加して快適性が増した分、移動中に十分な休息を取れる事も期待できる。
そういった改良や全体的な補強で若干重量が増えた為、荷物の積載量が一割分ほど減ってしまったが、野営用の道具を小型の新製品に替えるなどして実質相殺している。
一応、整備の仕方も全員が一通り習う事になった。
慈はパークス達や御者の人と一緒にマーロフから直接指導して貰い、六神官とシスティーナ達は傍でそれを観察。知識として覚えておいた。
その後はヴァラヌスに餌やりをしたりして過ごす。食い溜めしておけるタイプなので、牛三頭分も与えて置けば、二十日は持つらしい。
「果物も食うのか。割と雑食なんだな」
雛鳥の如く口を開けて餌の投入を待っているヴァラヌスに、木の実をポイポイ放り込む慈。
「ギュルガフブバ」
「うわっ、食いながら返事するなっ」
飛び出して来た木の実の欠片をキャッチしてヴァラヌスの口内に投げ返しながら、慈は楽しそうに餌やりを続けている。
アンリウネ達は、慈の年相応な男の子らしい表情を初めて垣間見た気がした。
そんな休息の日々の終わりに、レクセリーヌ王女と王宮周りの重鎮達が王都入りを果たした。
レクセリーヌ王女の戴冠とロイエンを王太子にする決定については、公式な発表はまだ控えられているが、主立った貴族には通達済みだ。
戴冠式の準備が進められている間に、パルマムやオーヴィスに避難していたアガーシャの住民や貴族達が続々と王都に集まっている。
慈達勇者部隊もルーシェント国に向けて出発の準備を整えていた。
「お久しぶりです。シゲル様」
「殿下も、長旅お疲れさまでした」
王宮の一室でレクセリーヌ王女と挨拶を交わす慈。
王女側の席にはロイエンとグラドフ将軍が並び座り、勇者側には六神官のアンリウネとシャロル、それにシスティーナも同席している。姿は見えないが、レミも部屋の中に居た。
今日は戴冠式と勇者部隊の出立時期について、日程や段取りを調整する話し合いの為に集まった。
予定としてはレクセリーヌ姫が女王に戴冠したその場でロイエンを王太子に迎える発表を行い、それらを見届けた勇者シゲルが、レクセリーヌ女王の為に『ある贈り物』をする。
その後すぐ、勇者部隊はルーシェント国を解放する旅に出る。
「多分、それなりの騒動になるとは思いますが……」
「構いません。必要な事ですから、派手にやってしまいましょう」
当日それを行う事で引き起こされる混乱の大きさに言及する慈に、レクセリーヌ王女は気にせず全力を出して構わないと言い切った。
慈は、レクセリーヌ王女にはもう少し大人しくて控えめな印象を持っていたのだが、以前会談した時と比べて随分と逞しくなった気がした。
(フラメア王女にあんま宜しくない影響でも受けたか?)
等と内心で当たりを付ける慈。――オーヴィスの宮殿で件の王女がクシャミをしていた。
それから数日後。無事に帰国を果たした多くの人々で賑わう王都アガーシャの城門前広場にて、レクセリーヌ王女の戴冠式が行われた。
城の敷地の一部を解放して市井の人々にも王宮を間近に見られるようにしてある戴冠式の会場。
その最前列となる一帯には国の重鎮として迎えられる事が決まっている宮廷貴族や旧軍閥貴族を筆頭に、上級下級問わず末端の貴族達も集められていた。
新生クレアデス国の女王となったレクセリーヌは、予定通りその席でロイエンを王太子とする事を発表した。
女王レクセリーヌと王太子ロイエンを称える歓声が響く中、勇者シゲルが舞台に招かれる。
クレアデス国復興の立役者でもある救世主。オーヴィスの勇者の登場で、歓声の中に勇者万歳の声も交じり始めた。
会場の熱気が増していく中、アンリウネが拡声魔法を発現させると、慈は魔法陣に向かって語り掛ける。
「どーも皆さん。オーヴィスの勇者シゲルです。クレアデス国の復興おめでとう御座います」
欠片も勇ましさを感じさせない飄々とした慈の挨拶に、ここまで「うおおおー」と盛り上がっていた会場が「うおおお?」くらいのテンションになる。
「我々は引き続き救世の旅に出ますが、クレアデス国の平和と今後の発展を願い、祝福の光を奉げて行こうと思います」
慈の計画通りに進めば、自身はもうここに戻って来る機会は無い。最後に派手な餞別を放って行く事を宣言して宝剣フェルティリティを掲げた。
「現在進行形でレクセリーヌ女王を裏切っているか、将来裏切る予定で味方に与している、女王とクレアデス国に忠誠を誓っていない者――」
というかなり絞った条件を呟きながら、会場全体に向けて勇者の刃を放った。慈から立ち昇った光の柱が、巨大な壁のように広がっていく。
派手な演出に民衆は大いに盛り上がったが、勇者の刃について詳しい情報を得ている貴族達は、一部を除いて震えあがっていた。
オーヴィスでも粛清の一環に使われた『神の審判』。
自分は大丈夫。女王に忠誠も誓っている。クレアデス国にとって必要な人材な筈。
内心でそう念じつつ、何事も無く光壁が通り抜けて行った事に心底安堵する者達が居る一方、慌てて会場から逃げ出そうとして忽然と姿を消した者も居た。
「後は誰が消えてるか調べて、人事を再編すると良いですよ」
慈の囁きに頷いて応えたレクセリーヌ女王は、静かに目礼で労った。
『新生クレアデス国の運営には、以前の人事をそのまま起用する』。宮廷貴族や軍閥貴族達に旧体制の維持を示す事で、安心してこの戴冠式に集まって貰った。
オーヴィスである程度の精査は済ませていたとは言え、老獪な重鎮達は中々ボロを出さないし、不正や裏切り、陰謀の尻尾を掴ませない。
そこでこの戴冠式を利用して勇者の刃による問答無用の選定をおこない、取りこぼしていた不穏分子を一掃したのだ。
流石に式典の席を凄惨な血肉で彩るわけにはいかないので、跡形もなく消し飛ばせるよう面積重視で壁のような勇者の刃を放った。
この規模の勇者の刃を放つにはそれなりに溜め時間が必要になる為、実戦で使う機会はあまり無い。
残った衣類や装飾品を調べれば、消え失せてしまった者の確認も容易だろう。
ここでの役割を終えて舞台を下りた慈は、アンリウネ達と連れ立って会場を後にした。これから厩舎に向かう。
既に旅の準備を終えているヴァラヌスの傍には、御者とパークス達傭兵隊が待機している。新たなメンバーとなる鍛冶師のマーロフも後部座席に乗り込んでいた。
「よーし、それじゃあ出発するか~」
慈が御者と共に御者台の正面座席に上がると、回転機能が付いて外向きに並んでいる側面座席に六神官とシスティーナ達兵士隊が乗り込んだ。
最後にパークス達も座席に納まり、矢避けになる板扉を閉じる。六神官達は座席を前に向けたが、兵士隊と傭兵隊は周囲を監視するのにも便利なので外向きのままだ。
色々改修して新しくなった竜鞍を背負う地竜ヴァラヌスが、王都の通りをのっしのっしと歩き出す。
戴冠式の会場では先程の勇者の刃の意図がレクセリーヌ女王から説明され、人事再編の発表にクレアデスの貴族達や一般民衆を含め、まだ多くの人々が釘付けになっている。
人の疎らな大通りを抜けた地竜ヴァラヌスと勇者部隊は、『ちょっと出掛けて来るわ』というような軽い雰囲気で、偶々正門の近くにいた人々に見送られながら、王都アガーシャを出発した。




