第八十五話:王都での休息
勇者部隊とクレアデス解放軍が王都アガーシャを奪還して数日。
ロイエン達が王都の掌握とレクセリーヌ王女達の受け入れ態勢づくりに奔走している間、慈達勇者部隊はゆっくり休養を取る傍ら、ルーシェント国の解放へ旅立つ準備を進めていた。
『縁合』経由でパルマムのラダナサやスヴェン、聖都のルイニエナ達とも連絡を取り合っており、偶にフラメア王女の伝言も交じったりしつつ、ルーシェント国の情報を集めている。
「そろそろ姫さん達が王都入りするんだっけ?」
「はい。軍閥や宮廷貴族の皆さんも丸ごと入りますから、直ぐに統治を始められますよ」
システィーナと連れ立って王都アガーシャの街並みを眺め歩く慈は、クレアデス国の今後の体制について話を聞いていた。
まず、レクセリーヌ王女は女王に戴冠する事が決まっている。
旧軍閥貴族や宮廷貴族は各々派閥も含めてそのまま使うが、一応オーヴィスに居る間に精査は済まされているという。
フラメア王女と『縁合』の協力を経て、カルマール・バルダーム・メルオースの魔族派貴族と関わり合いのあった者は粛清され、家は取り潰しに。
傀儡王朝づくりに乗せられていた者達は、その過程で得た資産を全て国の復興資金として王室に寄贈するなど、忠誠を示す事で清算とした。
「ロイエン君は王太子になるのかぁ」
「ええ。引き続き王宮で雇用する貴族達も、飴と鞭で切るか拾い上げるかされたそうです」
女王の王配と、王太子の婚約者の枠を作ってやる事で飴としたそうな。旧軍閥、宮廷貴族達の派閥それぞれを、今後の復興と発展に上手く使っていく。
「調整が大変そうだな。まあ政治の基盤が全部揃ってるほうが手っ取り早いっちゃ早いか」
「一から立て直すには、時間も人材も足りませんからね……」
とりあえず国家としての体裁だけでも形にして、クレアデス王家の再興を印象付ける事を優先するのだとか。
「それで素直に言うこと聞く人が増えるんなら、そうした方がいいのかもな」
クレアデス国が早期に安定してくれれば、お隣ルーシェント国の解放もやり易くなるので、慈としては特に問題はない。
そんな話をしながら、慈とシスティーナは王都の正門広場までやって来た。数日前の奪還戦で少しだけ主戦場となった場所だ。
広場の端には早速露店が並んでいた。王都民の逞しさに感心する。その時、ふいに声を掛けられた。
「あら? シゲル君にシスティーナ様」
「お? アンリウネさんとシャロルさん、それにセネファスさんもか」
護衛の兵士を連れたアンリウネ達だった。奇妙な所で会うなと、互いに挨拶を交わす。アンリウネとシャロルにセネファスは、これから地竜ヴァラヌスの厩舎に向かうという。
「聖都から竜鞍を整備できる職人が来ているそうなのです」
正式に派遣された訳ではなく、自主的に駆け付けてくれたらしい。
「へぇ、そりゃ助かる」
是非とも挨拶しておこうと、一緒に様子を見に行く事になった。
ヴァラヌスの厩舎は馬の預かり所を丸々一棟、提供されている。
特注品であるヴァラヌス用の大型竜鞍の付け外しに専用のクレーンも用意されていて、ある意味、手探りで試行錯誤していた聖都の厩舎よりも立派だ。
「会いに来たぞー」
「ギュルー」
慈が声を掛けると、べたんと大きな尻尾を打って答えるヴァラヌス。
現在、ヴァラヌスの竜鞍は外されており、そこそこ広い敷地内に寝そべって日向ぼっこしていた。竜鞍は地竜の身体を模した巨大な作業台上に置かれ、そこで整備されているようだ。
「あれ、御者さんも居たのか」
「これは皆様方」
作業台の傍には勇者部隊の御者の姿もあった。彼は隣で作業をしている髭モジャの職人を紹介する。実は知り合いらしい。
「ん? もしかして、御者さんが呼んでくれた?」
「いえ、彼の方から竜鞍の状態を訊ねる手紙が届いておりまして。十分に整備出来る環境と人材が不足している事をしたためた折り、駆け付けてくれました」
『縁合』を通じた各所との情報のやり取りには、傭兵や兵士隊の個人的な手紙も含まれる。御者の友人でもあるその職人は、自分の手掛けた特別製の竜鞍の事をずっと気にしていたそうな。
それを聞いて慈は、そういえば聖都の厩舎でも竜鞍の調整をしている作業員達の中に、あの髭を見た覚えがあるなと思い出す。
件の髭モジャ職人は作業が一段落したのか、慈達を振り返って言った。
「鍛冶師のマーロフじゃ。ベルトの交換と破損個所の修繕はしておいたぞ。各部の微調整は装着してからじゃな」
「おぉう、職人っぽい。つーかそんな彼方此方壊れてた?」
「おう、随分と荒い乗り方をしてるようじゃな。致命的な損壊こそなかったが、あのままではいずれ全体にガタがきておったぞ」
「そっかぁ。これから更に運用が苛烈になりそうなんだけど、強化とか改良出来ないかな」
「基礎から補強して各部の耐久力を増せば全体の強度は上げられる。ただし、その分だけ積載量を犠牲にせにゃならんが」
「積み込める量次第だな」
挨拶もそこそこに、初めから打ち合わせでもしていたかのような勢いで話を始める慈とマーロフ。
これまでの運用内容を参考に、ルーシェント国領内に入ってからの行軍計画に基づいて改良の方向性を話し合う。
森の中によく分け入ると聞いたマーロフは、枝葉が引っ掛かり難いように少し改修を施す案を推すと、慈はそれに加えて乗り心地の改善案も挙げたりする。
「座席にこういう仕組みが欲しいんだ」
「う~む。発想は面白いが、複雑な機構は耐久性に問題が出るぞ」
「そこは職人の腕次第って事で」
「ほほう、上等じゃ。お主の世界の知識を寄越せ。可能な限り再現してやるわい」
そんな掛け合いをしている二人を、システィーナとアンリウネ達はぽかんとした表情で見詰めるのだった。
「主様、楽しそう」
暫し呆けている彼女達の傍らで、姿の見えないレミが呟いた。




