第七十九話:カルマール制圧
カルマールの街を前に対峙した魔族軍の第四師団と第五師団の混成部隊凡そ7000の軍勢を、一瞬で血の海に沈めた勇者部隊。
光の刃輪が放たれる前に拡声魔法で一帯に響かせた『勇者の忠告』に従って、生き残った僅かな魔族軍兵士達は既に街へと撤退した。
周囲を埋め尽くしていた大量の死体は、慈が光の刃で一掃している。現在は血の海も消え去り、殲滅対象外だった遺品となる武具の一部が散らばっているばかりだ。
「せっかくお膳立てしたのに、預かった二個小隊が全然手柄を上げられなかった件」
「いや~初見でアレは無理だろ」
「申し訳ありません。私も攻撃指示を出せませんでした……」
妙に明るい慈の所感に「あれはしゃーない」とツッコむパークスと、同じく指揮を預かっていたのに活かせなかったシスティーナが詫びる。
件の二個小隊はクレアデス解放軍に返しており、現在は勇者部隊を先頭にカルマールの街への突入準備を進めている。街の解放と制圧は主に解放軍の仕事だ。
勇者部隊としては一応、拡声魔法を使って魔族軍側に降伏か、撤退する事を呼び掛けている。突入前には街の外から勇者の刃を適当に撃ち込み、安全の確保を優先する方針だった。
「さあ~て、突入はまだかなー?」
「あの、シゲル様……大丈夫ですか?」
先程からそわそわと落ち着きがないようにも見える慈の雰囲気に、違和感を覚えたアンリウネが心配して訊ねると――
「実はそろそろヤバい」
「!? わ、分かりました。解放軍に突入を急がせます」
「セネファス、ここを頼みます。リーノはシゲル君の傍へ」
反動が出そうというか『もう出ている』との答えを聞いて、アンリウネとシャロルが直ちに動く。
抱き枕要員リーノを慈に張り付かせたシャロルとアンリウネは、自主的にくっ付きに行くレゾルテを尻目に、竜鞍を降りてクレアデス解放軍の本陣へ向かった。
カルマールの街と相互に防衛し合える位置にあるメルオースの街とバルダームの街には、駐留する魔族軍の戦力もかなり少ない。
後方二つの街に駐留していた魔族軍第五師団6000の内、攻撃部隊の4000近くを慈が緒戦で消し飛ばしてしまったので、街に残っているのは僅かな守備兵と世話係の非戦闘員達だけだ。
第五師団が併呑しようとしていた第四師団の若い魔術兵に、先程の攻防で生き残った一般兵を合わせて1000人前後が、カルマールの街に残る魔族軍の全戦力になる。
もはやこの場での勝敗は決していると言えた。
そのカルマールの街では、撤退して来た第四師団の生き残りの一般兵に、第五師団から派遣されていた大隊長が詰め寄っていた。
「おい、盾兵! うちの団長はどうした!」
「騎兵部隊は全滅したよ」
「勇者とクレアデス軍が来る。俺達も撤退だ」
詰め寄られていた一般兵達は淡々と告げると、この正門前広場に整列している第四師団の若い魔術兵達に声を掛ける。
「アガーシャまで撤退して第二師団に合流するぞ」
「急いで準備してくれ。後、勇者や人間に敵愾心を持つな。勇者の光にやられる」
先程までに数度、降伏か撤退するよう勇者側からの呼び掛けがあり、街で待機中だった魔族軍の関係者はざわついていた。
防壁上で戦いの様子を見ていた兵士達は、勇者がその後、死体さえも消失させたのを目撃。
皆顔を真っ青にして固まっていたが、第四師団の生き残り一般兵が示した方針に従い、荷物を纏めに走る。
「まてっ、第四師団は現在我々の指揮下にある! 勝手な行動をするな、撤退など許さんぞ!」
「第四師団も第五師団も壊滅だよ。俺達に出来るのは、生き残りを連れて友軍に合流する事だ」
「ふざけるなっ! 雑兵の分際で上官に逆らうか!」
「あんたは俺達の上司じゃねぇよ」
街で待機する部隊を預かっていた派遣大隊長は喚き散らすが、生き残り一般兵は面倒くさそうに顔を顰めると、周囲で戸惑いを浮かべている他の兵士達に『早く準備しろ』と手で促す。
「貴様っ! さては敵と通謀したな!」
無視されて激昂した派遣大隊長が剣に手を掛けた。彼の部下達が慌てて制止に入る。絡まれた生き残り一般兵はうんざりした様子でそれを一瞥しつつ、自分の荷物を取りに宿舎へ足を向けた。
「ええぃ離せ! 何をしているっ、利敵行為だ! 奴を拘束し――」
その時、正門の方から突如飛来した光の線が、白い軌跡を引きながら広場を通り過ぎて行った。
「あ……」
残された魔族軍兵士達が正門前広場で揉めていた時、街門の正面から少し離れた場所にヴァラヌスを待機させた慈は、単独で門前に立つ。
クレアデス解放軍がカルマールの街への突入を決定したので、まずは勇者部隊から援護射撃をおこなった。
「敵絶対殺す光線追加入りまーす! 対象、敵対深度六十オーバー! なお、数値は適当なもよう! そおぉい!」
大分情緒が不安定になっている慈が、殲滅対象の条件を曖昧にしながら光の刃を飛ばす。一応、頭の中では『明確な敵対意思を持つ者』を標的にしている。
『付け焼き刃の悟りの境地』の反動には幾つか種類があり、大抵は気分が沈んで落ち込んだり、無気力になって寝込む場合が多いのだが、稀にテンションが振り切れるパターンがあった。
人類が滅んだ未来の、廃都での修業期間中にも何度かこの状態に入った事があり、自己申告が無ければ確認し難い高揚型の反動は、老いた六神官達からは「怖い」と評されていた。
普段より三倍くらい幅広の光の刃が幾重にも連なり、カルマールの街へと消えていく。撃ち始めて直ぐ、防壁の向こうからは大騒ぎする声が聞こえていたが、今は静まり返っている。
「し、シゲル様、もうそのくらいで」
「解放軍も準備が出来ましたから、シゲル君は休んでくださいね」
アンリウネ達がクレアデス解放軍の突入準備が整った事を伝えて慈を宥めると、「最後の一振り」との掛け声で放たれた光の刃が、街の正門を消し飛ばした。
クレアデス解放軍が急いで用意した破城槌の出番も消える。
「せつない」
そんな呟きを残して、プツリと糸が切れたように動きを止めた慈は、身体に光を纏いながら横になった。
突然倒れたように見えた慈に、アンリウネとシャロルが慌てて駆け寄る。
「ぐ~」
「……眠っていますね」
「この光は、勇者の刃でしょうか」
別の未来の、老いた六神官達に「怖い」と言わしめた『高揚型反動』の最終形態であった。
大暴れして電池切れしたかのような慈の状態を二人が窺っていると、他の六神官達も竜鞍を下りて来て介抱に加わる。
「迂闊に触れるんじゃないよ。危険かもしれないからね」
「無差別障壁の恐れあり。突っつく前に安全確認」
セネファスとレゾルテは、慈を覆う光の膜が、外部からの干渉に無条件で攻撃性を持つ可能性を挙げて慎重に解析している。
「動かせそうならヴァラヌスの傍まで移動しましょう。リーノ、寝床の準備をお願い」
「わ、分かりました」
「じゃあ俺等もそっちを手伝うぜ。騎士のねーちゃんはここで警護な」
「承知した。後、ねーちゃんではない。システィーナだ」
フレイアがこのまま野営になるかもしれない場合を想定してリーノに指示を出し、警護に集まって来たパークスやシスティーナ達は、そちらの準備を手伝いに二手に分かれる。
過剰援護で街への突入路を斬り開いた勇者部隊が身内でわちゃわちゃしている様子を横目に、クレアデス解放軍は街の魔族軍側から一切の抵抗を受ける事無く、突入を果たすのだった。




