第七十四話:一時帰還の道中
※ちょっと遅れました。
森の一画に陣を敷いていた魔族軍第四師団の先陣部隊――儀式魔法部隊を勇者の刃で殲滅した慈は、生き残りの使用人達およそ70人を連れて、勇者部隊と難民集団の待つ野営地に戻って来た。
ラダナサ達と難民集団からも人手を借りて、儀式魔法部隊が持ち込んでいた食糧などの兵糧も回収している。
「おかえりなさい、シゲル様」
「おかえり、シゲル君。問題はありませんでしたか?」
アンリウネとシャロルが出迎えてくれる。他の六神官達は、新たに解放した元『贄』達の介抱をしているようだ。
「特に問題は無かったし、収穫はあったよ」
慈は、パルマムに一時帰還する道中で必要となる食糧が手に入った事を告げた。
保護した魔族軍の使用人達も、第四師団に所属していたのなら色々と詳しい情報が得られるかもしれない。
精神的にも疲弊しているであろう使用人達の尋問は後にして、まずは夜明けまで休息に入る。
「じゃあ今夜はここまで。明日は陽が昇ってから全員で出発準備を整えよう」
「わかりました。お疲れ様です、シゲル様」
見張り役はシスティーナやパークス達に任せて、慈はヴァラヌスの傍の天幕で休ませて貰った。簡単な寝床で横になった慈の腕には、抱き枕要員のリーノが収まっている。
今回は『付け焼き刃の悟りの境地』の反動もそこまで出ていないが、念の為という事で、慈が戦いで大量の敵を屠った後は、こうして六神官の誰かが心の回復に勤めるのだ。
翌日。勇者部隊と難民集団にラダナサとスヴェン達魔族集団、及び魔族の使用人達が出発準備を整えているところへ、パルマムから迎えの荷馬車隊がやって来た。
「やあ、ご苦労様」
「これは……更に増えているような?」
馬車隊を案内して来た偵察隊の隊長は、新しく増えた難民には見えないスヴェン達と、使用人らしき集団に困惑した表情を浮かべている。
慈はとりあえず、昨日からの一連の出来事を語って何があったのかを説明すると、馬車に乗り込む人員の割り振りを行った。
全員を乗せるのは無理なので、主に弱っている者を優先的に乗せ、体力のある者は馬車と並んで徒歩で行く。休憩時に交代しながら進めば、昨日よりも長い距離を歩けるだろう。
「今日の夕刻くらいまでにはパルマムに着くかな?」
「そうですね。そのくらいになると思います」
慈の到着予想時刻に、アンリウネ達も同意する。帰還後はヴァラヌスに勇者部隊の補給物資を積み込みつつ、出発準備を急ぐ事になる。
連れ帰った難民集団や魔族の協力者となるラダナサとスヴェン達、それに捕虜となった使用人達については、パルマムの統治者と話し合いもしておかなければならない。
特に、魔族の協力者や捕虜の使用人達に関して。彼等が不当な扱いを受けないよう根回しする。遠征訓練での出来事、辺境の街でルイニエナ達を捕虜にした時の経験を活かすのだ。
「ロイエン君達にも伝言残して情報の共有が必要か。結構やる事多いな」
「クレアデス解放軍は、もうクレッセンには入った頃でしょうか」
ヴァラヌスの竜鞍に揺られながら、慈達はクレアデス解放軍の進軍具合について話題にする。
大きな問題が起きていなければ、今頃はクレッセンの街で休息を取りつつ足並みを揃えている筈だ。
「そういやクレッセンの街でシャロルさん達が何か仕掛けてたな」
「ふふ、あまり効果は無いかもしれませんが、多少でも牽制になれば」
自尊心と嫉妬心でシスティーナに絡んでいた、一部の問題ある小隊長達について。
この先、面倒事を起こさないよう弱味の一つも握っておこうと、クレッセンの街で娼婦達に依頼しておいた。情報収集と、可能なら負担の無い範囲での籠絡。
言った本人が忘れない程度に口走った大言壮語の類の他、痴態があれば記録して送って貰う。次にまたシスティーナに絡んで来るようなら、それらの情報を使って黙らせる。
「まあ、解放軍との共闘は王都の奪還戦がメインになるから、あんま絡む機会もないだろうさ」
慈はそう言って肩を竦めて見せる。システィーナは身内の揉め事に慈達を巻き込んでしまっている事に恐縮していた。
太陽が真上に来る頃、街道脇で昼食をとる勇者部隊と難民集団に魔族の協力者と捕虜達一行。昨日に比べてかなり速いペースで進んで来たが、皆に疲労の色は少ない。
もうすぐ街に到着するという期待もあるのだろう。難民達の表情は明るかった。
一方で、捕虜の使用人達は不安気な様子を見せている。彼女達から魔族軍の情報を聞き出す役は、魔族の協力者であるラダナサ達に依頼していた。
「今いいか?」
「どうぞ」
協力者の代表としてラダナサが報告にやって来たので、ヴァラヌスの傍で車座になっている慈達は、その一角に彼を加える。
「どうだった?」
「スヴェン達と手分けして粗方終わったが、やはり大した情報は持っていなかったようだ」
ラダナサによると、尋問や合間の雑談で使用人達から得られた情報は、以前ラダナサが自力で調べた魔族軍の内情と、スヴェン達が出撃直前までに見聞きした第四師団内の様子程度だという。
「彼女等が配属されていた先陣部隊の役割や目的に関しても、あまり詳しくなかったな」
使用人には特に教える必要のない事として、部隊の作戦内容等は知らされていなかったらしい。彼女達の中でも、その辺りに詳しい上司に当たる人物は、軒並み死んでしまったそうな。
「あ~……そっか、元々全滅させるつもりで消し飛ばしたからなぁ」
「……」
あの条件で放った勇者の刃が、無害判定を出した存在。使用人達があれだけ生き残ったのも、そもそもが想定外だったと、慈はあまり有用な情報が得られなかった事に理解を示す。
情報源として使えないからといって、彼女達の扱いを変えるつもりはない慈は、ラダナサを労うと引き続き話し合い等の交渉役を頼んだ。
「それは、構わないのだが……」
何やら難しい顔をしているラダナサ。
「どしたん?」
「いや……君という人物像をイマイチ掴みきれなくてな。少々困惑している」
敵対者を合理的で且つ無慈悲に処理するかと思えば、集団の労力を浪費させるだけになる役に立たない捕虜達を、博愛者の如く丁重に保護しようとする。
行動や判断に一貫性があるのか無いのか分からないと唸る。
ラダナサの疑問に関しては共感するところがあるのか、二人の会話に耳を傾けていた六神官やパークスにシスティーナ達もこっそり頷いていた。




