第七十三話:先陣部隊の壊滅
魔力の柱が立つ森方面を見据えながら、全方位に特定条件を込めた勇者の刃を放って様子を見る事しばらく。
「なんか手応えがあった気がする」
放った勇者の刃が対象に当たったような感覚があり、件の魔力の柱が消失した。
そこへ、隠密状態で付近の偵察に出ていたレミが戻って来て報告する。中央街道を挟んで東側の森から迫っていた『贄』の奴隷部隊らしき集団を発見したという。
呪印が消し飛ばされて倒れている『贄』だったらしき十人の周りに、輪切りにされた魔族兵の死体が十数人分ほど転がっていたらしい。
どうやらスヴェン達を本隊として西側からぶつけて、その隙に背後へ回り込ませていた駄目押しの部隊で、死んでいた魔族軍兵士は『贄』の奴隷部隊を管理する指揮部隊だったようだ。
「そっか、『贄』の人達ごといかなくてよかったな」
慈は、上手く斬り分けられて幸いだったと、肩を竦めて見せる。現場には、ラダナサとスヴェン達を回収班として向かわせた。パークス達を護衛につける。
レミの案内で東側の森に向かうラダナサ達を見送った慈は、宝剣フェルティリティに光を纏わせながら振り返る。
「さて、それじゃあこっちも片付けるか」
魔力の柱が立っていた付近の森に向かって勇者の刃の水平撃ちを始める。ヴォンッ ヴォンッ ヴォンッ と微妙に角度を変えながら、何度も飛んでいく光の刃。
その様子を見守るアンリウネ達は、遠征訓練で魔族軍の関所施設や砦村を壊滅させた時の光景を思い出していた。
広域殲滅魔法を、スヴェン達と先程追加された人数分の『贄』で発動させるには、凡そ1500人程の魔術士が必要と聞いている。
魔力の柱が立っていた付近の森には、少なくとも2000人規模の軍部隊が潜んでいるとの推測だったので、慈は討ち漏らしの無いよう入念に、満遍なく勇者の刃をばら撒いた。
勇者の刃は、1000メートルくらいなら余裕で届く。生い茂る蔓草や樹木を擦り抜け、地形を無視してまっすぐ進む光の刃の乱れ射ち。
休憩を挟んで100発を超える頃には、ラダナサ達が戻って来た。
そろそろ手応えも感じなくなったので、刃を放つ手を止めた慈は現場の確認に向かう。
「ちょっと行って来る」
「あ、では私達も……」
一人で様子を見に行こうとする慈にアンリウネ達も付いて行こうとするが、慈はラダナサ達が回収して来た『贄』の解放者の治癒にあたるよう指示する。
「みんな夜の森歩きなんて慣れてないっしょ。徒歩で行くからここで待っててくれ」
夜の森は半端なく暗い。暗闇に包まれた瓦礫の街を歩くのに慣れていた慈には、久々の感覚だった。一応、レミが姿を消しながら慈の傍に付いている。
現場に近付くにつれて、血の臭気が強くなる。特に大きく開けた場所ではないが、草が刈られて踏み固められた跡が残る、そこそこ広い空間に出た。
小さな照明らしき魔導具がポツポツと散らばり、足元をぼんやりと照らし出している。
この一帯には、血濡れになった巨大魔法陣と思しき絨毯と、その上に肉塊と化した人体や臓器の一部、手足などのパーツが無造作に転がっていた。
なるべく残らないよう満遍なく消し飛ばしたつもりだったが、身体の大部分が失われてほぼ即死した時点で勇者の刃の干渉対象から外れるのか、結構大きな塊が残ってしまっている。
主に胸元から上だけになっている死体と、腰から下だけ残っているものも多い。どういう角度で勇者の刃が抜けて行ったのか良く分かる。
(……まあ、(残ったら)一番グロくなる部分に当たってるし、概ね狙い通りか)
想定していた通り、潜んでいた第四師団の儀式魔法部隊はあっさり殲滅できたようだ。宝剣フェルティリティに光を纏わせた慈は、それを明かり代わりに生き残りが居ないか散策する。
「レミは外側を見て来てくれ」
「ん」
隠密状態のレミが魔法陣絨毯の上を歩くと、血の足跡だけ浮き出るのが中々ホラーであった。枯れ草の如く足元を埋め尽くす人の手足と肉塊の間を歩きながら、慈はふと思い付く。
(そうか、死体も対象にすれば……)
殲滅用の刃を放った後に掃除用の刃を放っておけばいいのではないかと、その場で『第四師団に属していた魔族の死体』に対象を絞って勇者の刃を放った。
円状に広がる光の刃が、屍の山を消し飛ばしていく。
(これで今度から何も残さないで済むな)
勇者と戦うと死体すらも残らない――等と揶揄されるかもしれないが、こちらもそこまで相手に配慮している余裕は無い。
もし『死体』のみを指定した場合、食糧の肉なども対象に入ってしまうのか、後で検証が必要かもしれない。慈がそんな事を考えていると、レミの足跡が近付いて来た。
絨毯に染み込んだ血が小さな靴の形に浮かび上がる。地味に足音もしないのでやはり不気味だ。周囲を探索していたレミは、姿を現しながら報告する。
「生存者いっぱい」
あっちと指差す方向を見やれば、木々の隙間に幾つかの天幕らしき布壁が張られていた。
「ああ、結構残ってるな」
布壁の向こうに回り込んで天幕の一つを覗き込むと、数十人からの集団が身を寄せ合っている。生き残っていたのは、第四師団の中で世話係として生活全般を担う使用人の集団だった。
勇者の刃の殲滅対象を『魔族軍の兵士』という枠に絞っていたので、基本的に非戦闘員達には当たらなかったらしい。
ただし、使用人の中にも戦える者が交じっており、その者達が武器を手にした瞬間、兵士と判定されて殲滅対象に加わってしまったようだが。
光を纏わせた剣を持つ慈を見た使用人達は、この部隊の兵士達が語っていた『勇者』の特徴と合致する慈の正体を察して、一斉に怯えた視線を向けた。
ほんの数刻前まで、順調に活動していた第四師団の先陣部隊。
詳しい作戦内容は知らされていないが、有能な若手や熟練の魔術兵が巨大な魔法陣を囲んで、扱いが難しいといわれている儀式魔法を発動させていた。
その儀式魔法の象徴らしき魔力の柱が消えた途端、突如飛来した死の光が全てを薙ぎ払った。
彼女達は、最初は何が起きたのか分からなかった。
魔法陣を囲んでいたエリート達が血を噴き出しながら次々と倒れ、この陣地を護っていた護衛の兵士や、給仕達が控える天幕で休憩中だった兵士も、皆バラバラに斬り刻まれて死んでいく。
儀式魔法の制御に失敗して暴走でも起こしたのかと思ったが、森の外から飛んで来る光の塊が原因だと分かった。その光に触れた瞬間、兵士の身体が切断されたのだ。
兵士達が全て倒れても、光の塊は止む事なく飛来し続ける。幾度となく自分達の身体を擦り抜けて行く光が、刃のように平らで薄長い形をしている事に気付けた頃。
使用人の中でも、戦闘技能を持つ一部の特殊な立場にある者達が、事態の収拾を図ろうと動き出した瞬間、今まですり抜けていた光の刃に斬り裂かれ始めた。
次は自分達の番かと恐怖している内に、ようやく死の光の飛来が治まった。
そうして周りを見渡せば、陣地内で活動していた先陣部隊の大半が、血濡れの肉塊へと変わり果てていた。
この深い森の中、いくら普通の人間に比べて基本的な身体能力が高い魔族とは言え、碌に武装も訓練もしていない使用人達だけでは身動きできない。
先陣部隊の異変に気付いた本隊から応援が寄越されるまで、ここで凌ぐしかないと身を寄せ合っていたところへ、やって来たのがこの事態を引き起こした『勇者』だった。
「ひ……ひ……こ、殺さないで……」
「投降するなら殺さないよ」
既に付け焼き刃の悟りの境地を発動している慈は、恐慌一歩手前な様子の使用人達に対して淡々と答える。その無機質感がまた彼女達を怯えさせているのだが、それはさておき。
「君達の代表者は?」
「い、いません……」
同じ使用人の上司を含め、彼女達を統率する立場にあった者達は、皆死んでしまったらしい。
「そっか。とりあえず移動するから準備してくれ。レミ、ラダナサ達を呼んで来てくれるか?」
「ん」
生き残った使用人達は約七十人。結構な数なのだが、彼女達を取り纏められる者が居ない為、全員で移動する準備にもかなり手間取っていた。
「あ、そうだ。ここの兵糧があればそれも持って行くから、置いてある場所に案内してくれ」
パルマムへの一時帰還に連れて行く人数が一気に増えたので、現状でもカツカツだった水と食糧が完全に足りなくなった。
慈は、相手が魔族の捕虜だからと、飲まず食わずで歩かせるような事はしない。
やがて、レミに事情を聞いたラダナサとスヴェンが、八十人ほどの集団を引き連れてやって来た。難民達からも人手を募ったようだ。
「こりゃあ……気配の割に死体が少ないな」
「獣に持って行かれたとも思えんが……」
巨大な魔法陣の描かれた血濡れの絨毯が敷かれている一帯に踏み込んだラダナサ達は、付近に漂う死の気配の強さと、比例しない軽微な痕跡の噛み合わなさに違和感を覚える。
事前に傭兵隊から『勇者の刃が蹂躙した戦場の様子』を聞かされていたので、どんな凄惨な現場になっているかと思いきや、派手な血染みや血溜まりに僅かな肉片くらいしか残っていない。
「死体は全部片付けたよ。身に着けてた物までは消えてないから、遺品が必要なら回収してくれ」
そう軽く説明した慈は、保護した生き残りの使用人達の護衛と誘導。それにここの部隊が持ち込んでいた各種兵糧の運搬を頼んだ。




