第七十話:一時撤収
※ちょっと遅れました。
回復した魔族の元穏健派組織構成員のラダナサから『贄』の呪印と、その裏に潜む第四師団の策略について情報や推察を得た慈達は、一度パルマムに帰還するべく撤収の準備を進めていた。
「シゲル様、偵察隊が戻りました」
「よし、じゃあ街道の先の様子聞いたら出発するか」
既に勇者部隊のメンバーは地竜ヴァラヌスに騎乗済みで、難民集団も荷物を纏めて旅立つ準備は出来ている。
長い間寝たきりだったラダナサを含め、まだ十分に体力が戻っていない者もいるので、ペースはゆっくり。休憩も小まめに取りながら進む事になった。
そしてまずは、合流した偵察隊と報告し合い、情報を共有する。
「なんと……そのような事になっていたとは」
偵察隊の隊長は、ちょっと街道の先まで索敵に行っている間に、難民キャンプで起きた一連の出来事を聞いて、勇者部隊に不可思議な特異性を感じたようだ。
「偵察隊の足で進んだ先にもまだ敵影が見えないんなら、追い付かれる心配はないな」
慈は、三つの街に続く街道の先で敵軍の斥候すら見なかったという報告を受けて、第四師団はかなり余裕を持って行軍しているのではないかと推測する。
勇者部隊は、クレアデス解放軍の進軍速度から考えられないほど先行しているが、恐らくこれは魔族軍側にとっても想定外の行動のはず。
足並みを揃えて進んでいれば、今頃はまだクレアデス領内にすら入っていなかったのだ。
パルマムを戦場にさせまいと急いで来たが、ここでラダナサ達と出会えた事を思うと、強行軍の甲斐はあったと思えた。
翌日の明け方、慈達は難民キャンプ跡を出発した。
難民集団を護りながら、パルマムを目指してゆっくり進む。偵察隊は一足先にパルマムに向かわせ、迎えの馬車や荷車を寄越してくれるよう連絡を頼んだ。
補給物資の用意や、『贄』の呪印を刻まれた者の存在についても伝えておいてもらう。
ヴァラヌスの竜鞍には一人分空きがあるので、道中も話を聞く為にラダナサを同乗させている。御者の隣にレミが入り、彼女が普段陣取っている後部座席に慈とラダナサが並んで座る。
地竜の後を付いて来る難民集団の列を見守りながら、ラダナサから魔族軍や魔王ヴァイルガリンの事を聞き出す。
「そうか、『縁合』か……彼等がそこまで動いていたとは」
「そういやルイニエナも名前は知ってたみたいだけど、実は魔族国で有名なのか?」
「いや、知名度は高くはない。我々穏健派の中でも、知っている者は少ないだろうな」
慈とラダナサは、会話の中で穏健派の魔族組織『縁合』についての話題に触れた。
『縁合』は今現在、勇者直属の諜報機関として動いている事や、オーヴィスの王女もその後ろ盾に付いていると聞いたラダナサは、「彼等も出世したモノだ」と感心気味に笑う。
「組織の主張は消極的な割に、妙に活動的で、やたら大物に働き掛けようとする怖いもの知らずか愚か者って評価だったな」
「あー……」
慈は、元々は彼等を武闘派の魔族組織との繋ぎ役に使うつもりだったが、思いのほか諜報力に長けていたので、今のような立ち位置に落ち着いている事を明かす。
「クレアデス国やルーシェント国に居るのは分かるけど、俺達に接触して来たのはオーヴィス国の辺境の片田舎とか言われてる街だったし、なんか聖都にも当然のように入り込んでたし」
色んな街に潜んでいて、独自の連絡手段も持っている結束力の高い目立たない集団。反魔王ヴァイルガリンの穏健派レジスタンスとしては微妙だったが、諜報組織としては実に優秀。
「なるほどな。あのジッテ家に直談判していたという話は初めて聞いたが……ルイニエナというのは、確かそこの御令嬢ではなかったか?」
「そうだよ。今は捕虜の協力者として聖都で預かってる」
ヒルキエラ国に潜伏活動中の『縁合』には、ルイニエナ達から得た情報を使ってジッテ家の当主カラセオスに接触させている。
対ヴァイルガリン戦略で味方として動いてもらえるよう下準備を進めているという慈に、ラダナサは感嘆する。
「そこまで仕組めているのか」
「一応、大まかな流れだけな。成果はヒルキエラの『縁合』から連絡が来るまで分からない」
いまのところ魔族軍の動きと、魔王ヴァイルガリンが玉座の間に引き篭もって何かしているらしいという情報が伝わって来ている。
ルーシェント国とクレアデス国に戦力を集中させており、ヒルキエラ国内が手薄になっていると。
「ふむ……カラセオス殿を担ぐ絶好の機会なのか。しかし、ヴァイルガリンの狙いが読めないな」
「何かの儀式をやってるらしくて、側近とか使用人も出入りさせてないんだとさ」
それで中の様子までは探れなかったと、ヒルキエラを調べて来た『縁合』の諜報員が言っていた。続報が届くのは早くても三日後だ。
ラダナサの持っている情報も概ね聞き終えたところで、勇者部隊と難民集団一行は休憩に入る。水と僅かな食糧。嵩張る荷物などはヴァラヌスが運んでいるので、難民達はほとんど手ぶらだ。
その身軽さもあってか、疲弊した数百人規模の難民集団は足取りもそう重くない。
まだ夜明け前の冷たい空気が残っており、少し肌寒い。街道脇で複数の焚き火を燃やして暖をとる。太陽が真上に来る頃にまた休憩を入れる予定であった。
地竜のヴァラヌスが居るお陰で、危険な獣も寄って来ない安全な旅路となっている。
そうして何度か休憩を取りながら夕方頃まで街道を進み、日が暮れる前に野営の準備を始めた。明日には偵察隊の連絡を受けたパルマムから、馬車や荷車の応援を寄越してくれるだろう。




