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遅れた救世主【勇者版】  作者: ヘロー天気
しんげきの章

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第五十七話:連鎖する問題




 撤退した魔族軍に置いて行かれた負傷兵と救護兵――ルイニエナ達の一先ずの処遇を決めた慈は、元街長の館の一室でベッドに横たわっていた。

 慈の腕の中ではリーノがスヤスヤと寝息を立てており、背中にはレゾルテがピッタリ張り付いている。アンリウネの時と違って脚まで絡めているので、何気に密着度が高い。


「ルールールルー……」


 その上、鎮静効果のある術まで使っているらしく、付け焼き刃の悟りの境地で抑えていた感情の反動も普段より早く回復していた。

 今日も生きよと浮上する意識。慈は安堵する温もりの中で目を覚ます。


「ん……朝か」

「そして私は人肌毛布の子守歌」


 なんじゃそれはと寝起きからツッコミ炸裂気分な慈だったが、身体をピッタリ寄せたレゾルテの高めの体温と、鎮静効果のある術が乗った鼻唄で癒し起こされたので、大体あってるなと納得する。


「おはようさん。今は……まだ夜が明けてすぐか……。皆は?」

「シャロルとセネファスは街の代表と会談調整。アンリウネとフレイアは交代休憩。傭兵達と騎士団長に兵士隊は館の警備で哨戒中。私はここで、リーノは貴方の腕の中。あの子も多分部屋の中」


「あの子ってレミの事?」

「然り。すりすり」


 半身を起こしながら確認する慈に、肯定を返しつつ背中から首筋に頬を摺り寄せて来るレゾルテ。


「ちょっ、くすぐったいって」

「なお、御者は地竜の世話をしているもよう」


 意外と楽しい性格をしているレゾルテとそんなやり取りをしていると、リーノも目を覚ました。


「ふわ……おはようございまひゅ……」

「ああ、おはよう。レミ、居るか?」

「……んー」


 呼び掛けてみると、声だけ聞こえた。よく見たらソファのクッションが沈んでいる。隠密状態のまま寝ていたらしい。


「よし、起きるか」


 一度伸びをしてベッドを下りた慈は、宝剣フェルティリティだけ装備して顔を洗いに部屋を出る。リーノやレゾルテ達は身支度にも時間が掛かりそうなので、ゆっくり準備すればいいと言って来た。



「さーて、今日は街の状態の把握に住民代表との打ち合わせ辺りかな」


 オーヴィスから応援の軍が到着するのに、早くても三日は掛かると思われる。それまで街に滞在するか、早めに帰還するか等も改めて決めなければならない。

 慈が着替えや装備を整えて一階に下りると、アンリウネ達が食堂で待っていた。パークス達傭兵やシスティーナと兵士隊、それに御者はそれぞれ個別に食事を済ませたらしく、ここには居ない。


「おはようございます、シゲル様。よくお休みになられましたか?」

「おはようアンリウネさん。ゆっくり休めたよ、皆ありがとな」


 昨晩、慈が就寝してから街の住民より代表が来ていたそうだ。シャロルとセネファスが対応して翌日に話し合い――つまり今日の昼頃に会談を行えるよう調整してくれていた。


 朝食の席で、会談内容についてシャロルとセネファスから軽く説明を受ける。


「街の代表者は、この街が魔族軍の拠点に使われていた事に関して、住民に咎が及ばないよう嘆願を訴えていました」

「うん? それってどういう?」


 街が占領された後、住民達は労働力として雇用される形で、魔族軍の運営活動に従事していた。街の中心部と中央通りに並ぶ大きな建物は魔族軍に接収され、軍施設に改修して使われていたが、そこに従業員として多くの住民が雇われていたという。


「呪印やなんかで隷属させられてたんじゃなく、住民の大半がほぼ自主的に魔族軍に協力してたんだとさ」

「雇用者の全てが自らという訳では無いようですが、代表者の方は特に気にされていましたね」

「ふーむ」


 慈としては、別に目くじらを立てるような問題では無い。住民達にとっても、自分や家族の命が掛かっていたのだ。敵軍に占領された街で身の安全を図る為、そして生活の糧を得る為に働く事は、何も悪い事ではあるまい。


「では、聖都への報告時にシゲル君の考えも伝えておきますね」

「ただ従事内容は把握しといた方がいいと思うよ。流石に無いとは思うけど、機密の漏洩とかね」

「ああ、聖都軍の関係者とか居るかもしれないのか」


 セネファスの指摘に頷く慈。その辺りのあれやこれについては、全て六神官達に丸投げにしてある慈は、自分からは特に言及する事も無し、精々が一般民達の心のケアにでも配慮してやってくれとだけ指示を出した。

 そうしてふと思い出す。


「そういや、砦村の村長さんがあと数日でここ(この街)から呪印を刻める人が来るらしいって言ってたような?」

「ええ。雇用されていた住民の中には、何人か隷属の呪印を施されている人が居るようです」


 主に司令部となっていたこの館や、軍施設の中でも機密を扱う部署の近くで働く者に隷属の呪印が刻まれていたらしい。


「その事で、シゲル君にご相談が」

「うん?」


 朝食の締めくくり、お茶で一息吐きながらシャロルが告げた内容。それは、隷属の呪印を刻まれた住民が、それを解呪されないまま放置されているという問題だった。


「……魔族軍の連中、ちゃんと解呪せずに撤退したのか」

「まあ、時間的な余裕もなかった事ですし」


 確かに『夜明けまでに撤退せよ』と急かしたのは自分だけどもと、慈は肩を竦める。


「分かった。その人達の解呪は俺がやればいいんだな?」

「はい。人類の救世主としての御力を、街の人々に見せつけて上げてください」


 朗らかな笑顔で「大いに恩に着せてしまいましょう」等と(のたま)うシャロルに、アンリウネ達も苦笑気味だ。そんな穏やかな雰囲気に包まれた食堂に、血相を変えた兵士が駆け込んで来た。


「申し上げます! 街の住民とシスティーナ殿が、魔族軍の捕虜の扱いを巡って対立! 医療施設前にて、双方睨み合いの状況に陥っています!」


 和やかな空気から一転、皆に緊張が走る中、即座に付け焼き刃の悟りの境地で意識を切り替えた慈が問う。


「住民の規模と武装具合、双方に怪我人は? 捕虜に被害は?」

「ハッ、住民側は二十人程度ですが、どんどん数が増えているようです。一部が石や木材で武装していますが、今のところ双方に深刻な怪我人は出ていせん。捕虜は数名が軽傷を負っています」


 レミが姿を消しながら食堂から駆け出して行った。現場の状況を確かめに、指示が無くとも速攻で動いてくれるのは実に頼もしい。慈としても非常に助かる。


「直ぐ出る。同行するのはアンリウネさん、シャロルさん、セネファスさんで。残りは館で待機。ここの護りはパークスさん達に頼む」


 回復系の魔法と攻撃系、防御系の魔法も使える人選で同行者を指示した慈は、宝具の詰まった鞄を背負いながら食堂を出る。アンリウネ達も後に続いた。



「だから捕虜とか要らなかったんだよなぁ」


 少数精鋭で行動する勇者部隊にとって、こういう問題が一番厄介だと慈は愚痴る。

 ある意味、攻撃力に特化させた遊撃部隊なので、防衛力(ぼうえいりょく)が低いというか、特定の何かを護る活動には向いていない。

 護る対象が増えると、手が足りなくて行動も制限されてしまう。だからこそ、街を占領していた魔族軍に全面降伏では無く全軍撤退を迫ったのだ。


 慈達が街の神殿に併設されている医療施設前に到着すると、そこには数十人の民衆が押し掛けていた。入り口の扉は壊されており、押し合いへし合いで怒号も飛び交う中、システィーナと兵士が二人で立ち塞がって侵入を拒んでいる。


「これは……」

「ほとんど暴動じゃないか」

「どうしますか? シゲル君」


 アンリウネとセネファスが唖然として呟き、シャロルが慈に指示を仰ぐ。


「……」


 慈はおもむろに宝剣フェルティリティを抜くと、刀身に光を纏わせた。群衆の外側で気勢を上げていた何人かが、剣を光らせている慈に気付いてギョッとしている。

 アンリウネ達は「ああ、あれをやるのか」と察する。以前、慰問巡行でベセスホードの街を訪れた時に慈が見せた、群衆を大人しくさせる勇者の刃。


 殺気を乗せた非殺傷な光の刃が放たれて群衆の身体を通り抜け、その身の内に本能的な危機感と恐怖の感情を呼び起こす。先程までの狂乱の如く喧噪が、一瞬のざわめきを残して静まり返った。

 全員の注目を集めた慈は、抜き身の宝剣に光を纏わせて威圧しながら問う。


「俺はオーヴィスの勇者シゲル。これは何の騒ぎだ?」


 ヒソヒソざわざわと戸惑い、顔を見合わせ囁き合う群衆の中から、誰かが答える。


「その……ここに魔族兵が居るらしいって噂があって」

「ああ、魔族の捕虜が居るぞ? 重傷で動かせない負傷兵と、その世話をする救護兵だ」


 撤退した魔族軍に置いて行かれたらしいと説明する慈。すると、群衆の中から「やっぱり!」という喚声のような雄叫びが上がり、次いで物騒な言葉が飛び出す。


「魔族は殺せ!」

「引き摺り出して嬲り殺しにしてやる!」

「そうだそうだ!」


 再び喧噪が激しくなりかけたが、慈が光を纏わせた宝剣を携えたまま歩き出すと、進路上の人々が慌てて左右に避けたので、施設の出入り口まで道が開けた。

 出入り口を護っていたシスティーナと兵士が、小さくホッと息を吐く。

 システィーナ団長には『宝珠の盾』を貸与してある。別の未来(・・・・)の宝具である結界技術搭載の宝珠の盾は、物理攻撃は当然ながら魔法攻撃も完全に防げる魔法の盾。

 生半可な攻撃は通用しない。ただしそれは、きちんと盾で防いだ場合に限る。


「システィーナさん、頬に痣が出来てるけど」

「ああ、これは……少し受け損ねてしまいまして」


 若干恥ずかしそうに目を逸らしたシスティーナは、改めて油断なく群衆を見渡しながら説明する。

 最初に捕虜の救護兵に詰め寄っていた数人の住民の間に割って入り、出入り口で押し問答をしていた時、後続の集団から石飛礫が飛んで来たらしい。不意の投石だったので、対応が遅れたという。

 意識の外で且つ死角からだったので当たってしまったが、それ以降は宝珠の盾の性能も如何なく発揮してノーダメージ。彼女の半歩後ろで補佐する兵士も無傷である。

 押し入ろうとする群衆をほとんどシスティーナ一人で塞き止めていたのだ。アンリウネ達に彼女の治療を任せた慈は、群衆に振り返って告げた。


「街に残った魔族軍兵士は、捕虜として聖都軍に引き渡す。それまで俺の勇者部隊が預かる事になっている。よって何人(なんびと)も手を出す事は許さない」


 それを聞いた群衆達から不満の声が上がる。

 曰く、街が襲撃を受けた時に少なくない犠牲が出ている。何日もの被占領期間中に、理不尽な暴行を受けた者もいた。民衆の心情を慮るなら報復くらいさせろ――という訴え。


「却下する。捕虜の虐待は禁止。以上、解散~」


 魔族軍の占領下で被った被害については今後、街の代表と聖都の役人達も交えて話し合い、解決していく予定だ。

 街の復興資金や見舞金で個々人の財産もある程度は補填されるであろう事も伝えておく。見舞金の話が出た辺りで、半数以上の人の空気が少し和らいだ気がした。


(少数精鋭は、こういう時に手勢が足りなくて困るんだよな……)


 医療施設前に集まった群衆は『殺気乗せ勇者の刃』で一旦は鎮静化しているが、その後も何処からか集まって来る野次馬を加えて数を増やしており、また何を切っ掛けに暴徒化するか分からない。

 慈がそんな懸念を浮かべていると、つんつんと左腕をつつかれる感触があった。


『レミか?』

『ん』


 小声で確認する慈に、同じく声を潜めて「報告がある」と応えるレミ。姿を消したまま報告するのは、引き続き調べなければならない事態が起きている事を示す。


『何があった?』

『後方に扇動者が居る。ここに人が集まるよう仕向けてる。扇動者の仲間が群衆に紛れ込んでる。捕虜の身柄を確保して、運び込む場所も用意してる』


 箇条的に紡がれたレミの報告内容から察するに、この騒ぎは偶発的に起きた民衆の暴走ではなく、意図的に起こされた謀略の類のようだ。


『扇動者の本拠地を特定したい』


 レミは慈に、群衆に紛れ込んでいる扇動者の仲間を燻り出して、追い立てて欲しいと要請する。軽く頷いて了承した慈は、未だ医療施設前で屯しながら不満の声を零している群衆に向かって、抜き身のまま光を湛えている宝剣を構えつつ言った。


「ところで、俺の部下がお前らの投石で怪我を負った。これは勇者部隊に対する攻撃と見做せるが、俺に敵対するという事は、人類の敵に認定するという事でいいんだな?」


 一瞬、何を言われたか理解できず、ポカンとしている人々。

 慈の右手に握られた宝剣フェルティリティが輝きを増し、三倍くらいに伸びた光の刀身が建物の影を照らし出す。それを掲げるように大上段で構えられると、神々しくも威圧感が凄まじい。


「民衆に紛れて俺達に攻撃を加える人類の裏切り者は、この場で処分するとしようか」


「そんな横暴なっ」

「う、嘘だろっ!」

「勇者は人類の救世主じゃないのか!」


 光の剣を向けられ、『処分する』等と告げられて慌てる群衆は、口々にそんな事を叫ぶ。集団の外側を囲む野次馬は既に逃げ出しているが、施設に近い先頭や中心部の者達は逃げられない。

 恐らく、この騒乱を扇動していた者は集団の中心付近に交ざっていると思われる。慈は、彼等がこの場から逃げ出せるようになるまで、時間を稼ぐ意味で威圧と口上を続けた。


 人類の救世主は人類を救う為の活動をする。人類の為にならない事はしない。人類繁栄の障害になるモノは消し飛ばす。魔族と共存共栄するかは、戦後、自分達で調整して決めればいい。

 勇者の役割は、救世の障害を取り除く事。


「今ここで捕虜達を手に掛けようとする行為は、人類の為にならないと俺が判断した。それだけの事だ。お前らは人類救済と繁栄の障害になる」


 ――と、ここまで長々と演説したところ、ようやく群衆の大半がこの場を立ち去った事で、先頭と中心部の集団も逃げ出せるようになった。

 レミが、その中でも特に怪しいと目を付けていた、扇動者の仲間らしき人物を追跡していく。


 一気に閑散とした現場に、光の大剣を掲げた慈の姿だけが残った。ともあれ、これで医療施設前の暴徒予備軍だった集団を完全に解散させる事が出来た。


「はぁ~やれやれ。やっと一段落か」


「お疲れ様です、シゲル様」

「シゲル殿、おみごとでした」


 宝剣から光を消して納刀し、一息吐く慈を、システィーナやアンリウネ達が労う。


「お疲れ様シゲル君。でも――あまり良いやり方ではないですね」


 シャロルからは苦言も出た。言葉での説得をほぼ放棄して力による畏怖で屈服させる。これでは街の人々からの支持も得難いと。


「愚か者の支持なんかイラネ」

「まーたアンタはそんな事を……」


 ぶん投げやりな慈にセネファスがジト目を向け、シャロルは苦笑。アンリウネとシスティーナは肩を竦める。兎にも角にも、これで捕虜達のとりあえずの安全は確保出来た。


「レミが今回の騒動の首謀者というか、民衆を扇動してた連中を探ってるから、後でまた皆集めて話し合おう」

「わかりました」


「ここの見張りと警護は引き続きシスティーナさんと兵士隊から交代でよろしく」

「承知しました」

「了解です」


 この後の予定など軽く指示を出した慈は、せっかく来たついでとばかりに、医療施設内の様子を見ていく事にする。

 魔族の捕虜達を纏めているルイニエナ名誉兵長とも、色々話し合っておかなければならない。


 こうして、魔族軍に占領されていた街をたった一晩で解放した慈達は、翌朝から治安問題で頭を悩ませるという、忙しない遠征訓練の日々を送るのだった。





『しんげきの章』はここまでになります。

またしばらく間が空きますが、次の章もあがった時はよろしくお願いします。

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