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遅れた救世主【勇者版】  作者: ヘロー天気
しんげきの章

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第五十六話:残された者達



 オーヴィス領内の国境沿いにある街を占領して前線基地に使っている魔族軍に向けて、夜明けまでに撤退して明け渡すよう警告を発した慈達は、一旦街の外に出て様子を見守る。

 敵の司令部に元街長の館が使われている事や、その正確な位置も分かっているので、もし相手が徹底抗戦を選ぶなら、勇者の刃の波状攻撃で終わらせるつもりだ。


 門を出て西側に移動し、防壁からも少し距離を取りつつ適当な位置で地竜を停めた慈は、ここで朝まで待機する事にした。

 慈やパークス達傭兵隊、システィーナと兵士隊にはまだまだ余裕が見られるが、流石に六神官達は体力的に辛そうだったので、竜鞍を下りて野営の準備に取り掛かった。

 伏せた地竜ヴァラヌスを背に、焚き火を囲って暖をとる。焚き木は魔族軍が布陣していた場所から拝借して来た。


「アンリウネさん達は仮眠してていいよ」

「すみません。少し休ませてもらいますね」


 毛布代わりに厚手の外套に包まり、身を寄せ合って休息をとる六神官達。レミもその中に交ざり、リーノと一緒にスヤスヤと眠っている。

 慈がそんな彼女達を眺めて和んでいると、パークスがニヨニヨしながら耳打ちして来た。


「んで? もう何人とやったんだ?」


 普段よく話す「アンリウネ嬢やシャロル嬢辺りは既にお手付きか?」等と問うパークスに、慈は「彼女達とはそんなんじゃないよ」と身体の関係を否定する。


「つっても、向こうはそういう役割も込みなんだろう?」

「だろうね。今のところ俺もそれが必要なほど渇いてないから、みんな優秀な相談役だよ」


「なんだよー、若いのに枯れてねーか?」

「パークス殿、シゲル殿に低俗な絡み方は控えて頂きたい」


 期待したような反応が得られず、ぶーたれるパークスに、システィーナが苦言を呈する。

 勇者部隊は『救世主一行』として最も注目される特別な一団であり、正式なお披露目が終われば、世間からも模範的な在り方を期待される。ついでに半数は若い女性でもある。


「自由な傭兵と言えど、栄えある勇者部隊の一員として、節度ある行動を御考慮願いたい」

「へーへー、クレアデスの騎士団長様はお堅いねぇ」


「身分の問題では無い」

「まあまあ」


 軽く流すパークスに鋭く突っ込むシスティーナ。慈がそんな二人を苦笑しながら宥めていると、魔族軍の陣地跡に放置されている天幕から、一人の女性兵士が近付いて来るのが見えた。

 街に入る前に慈と少し話をした救護兵の代表のようだ。パークス達傭兵とシスティーナ、兵士隊はすぐさま警戒態勢をとり、周囲にも変化が無いか視線を配る。


 救護兵の彼女は緊張気味に敵意が無い事を身振りでアピールすると、慈に自分達の窮状を訴える。


「怪我人を癒すのに薬が足りない。街へ医薬品を取りに行かせて欲しい」


 彼女は物資の補給に街へ入る事の許可を求めてきた。慈が街の広場で、魔族軍に対して撤退するよう警告していたので、勝手に出入りするのは危険かもしれないと気にしたようだ。


「別に構わない。ついでに伝言も頼む」


 慈はそれならばと、彼女等に魔族軍の撤退に関する言伝を頼んだ。

 まず、勇者(自分)相手に籠城は意味を成さない事。食糧や備品の持ち出しは許すので、速やかに街から出て行くように、と。


「隠れて残ってる人が居ても、街に入る時に『勇者の刃』で消し飛ばすから、その旨よろしく」


 今この場から攻撃して一人残らず殲滅する事も可能であると、自分の持つ力(勇者の刃)の特性を説明した慈は、救護兵達が街へ駈け込んで行く姿を見送り、そのまま魔族軍の動向を見守る。


 やがて一刻程が過ぎた頃、門から騎兵と魔獣を従えた馬車が現れた。続いて騎乗した魔族軍の将校らしき軍人と、彼等が率いる兵士隊の列も姿を見せる。夜の内にぞろぞろと街を出て行く魔族軍。


 魔族の兵士達は、離れた場所で焚き火に照らされる勇者部隊と地竜ヴァラヌスを見て、ギョッとした表情を浮かべる。怯えている様子の者も居れば、敵愾心も露に睨み付ける者も見られた。

 が、あからさまに鋭い視線を向ける者は、周りの者達に小突かれては『俺達を巻き込むな』と、注意されていた。

 下手に刺激すれば、いつあの理不尽な死の光が飛んで来るか分からない。勇者の気が変わらない内に脱出しよう、というところである。



 撤退する魔族軍の列をしばらくボ~っと眺めていた慈は、ふと違和感を覚えて目を凝らす。重装、軽装の兵士隊の列。魔獣と騎兵と馬車の列。将校が跨る騎獣の列。

 もうすぐ最後尾だと分かるが、だとするとそこに居るはずの存在が足りない。


「あれ? 天幕に運ばれた負傷兵は置いてけぼり? 誰も引き取りに来てないよな?」


 慈は、システィーナとパークスにも声を掛けて確認してみる。


「そう、ですね……誰も天幕には近付いていないかと」

「そういや、あの救護兵のねーちゃん達も戻って来ねぇな?」


 魔族軍の隊列は街に繋がる街道を南に下り、森の手前で東側の分かれ道へと続いている。天幕は街道の直ぐ傍に張られているのだが、そこに魔族軍側から人が立ち寄った形跡が見られない。

 やがて殿(しんがり)の部隊も引き揚げて行き、魔族の駐留軍は街から撤退した。

 最後尾を行く魔獣の荷車に乗った小鬼型が、ドナドナよろしくグギャグギャ言いながら運ばれていく姿を見送った慈は、システィーナを伴って天幕の様子を探りに行く。


 中を覗き込んで見ると、負傷兵を看護する救護兵が数人、不安そうな表情で振り返った。


「え、マジで置いて行かれた?」



 アンリウネ達六神官を起こし、勇者部隊全員を竜鞍に乗せた地竜ヴァラヌスで改めて街に入る。魔族軍が出て行った街は、先程にも増して人気(ひとけ)が無く、静まり返っていた。


 再び広場までやって来た慈は、宝剣フェルティリティを掲げて全方位に勇者の刃を何重も放つ。込めた条件は『傷害目的で設置された仕掛け、及びこちらに攻撃意思のある魔族』だ。

 これで建物等に罠が設置されていても、全て破壊できる。魔術を使った罠でも解除(推定物理)可能。こちらを狙ったモノ以外の罠も一律に破壊してしまうので、森で使う狩猟目的の罠などが置いてあった場合はご愁傷様である。

 安全を確保後、とりあえず魔族駐留軍の司令部があった元街長の館まで様子を見に行く事にした。


「泊まる場所としても使えるし、街の住民の責任者と話すのにも都合が良いっしょ」

「そうですね。準備を整えるのに少し人手が欲しいところですが」

「まあ、それは街の住民から募集すりゃいいだろうさ」

「シゲル君の警告を聞いて、既に動いている人達がいるかもしれませんね」


 慈の提案に、アンリウネとセネファスにシャロルも同意する。街の住民達との話し合いの準備は彼女達に任せておけば問題無い。

 パークス達傭兵隊やシスティーナと兵士隊もその際の護衛に付ける。レミにも隠密で情報収集に出てもらう予定だ。


 慈はそろそろ反動が出そうなので、抱き枕要員のリーノと、手が空いているフレイアかレゾルテが慰め役を担当する事になったのだが――


「適材適所。今宵私が人肌毛布」


 治癒術が必要かもしれないので、フレイアをアンリウネ達の補佐に回したいとするレゾルテが、いつもの独特な言い回しで慈の傍に付いた。何となく言わんとする意味は分かる。

 そんなこんなと人事や今後の予定を話し合いながら、勇者部隊一行は元街長の館に辿り着いた。そしてそこには、件の救護兵達が残されていた。


「どういう事だよ」

「……お待ちしてました」


 魔族軍の一部救護兵と負傷兵は、捕虜として残される事になったらしい。

 彼女達の上司――魔族駐留軍の上層部の言い分によれば、急な撤退と軍部隊の半壊もあり、自力で動けない怪我人を連れて帰る余裕が無かったそうだ。


 本来なら負傷兵だけ残して行く予定だったが、救護兵を預かる彼女が強固に反対したところ、「じゃあ君達も残れば良い」と置いて行かれたという。


「おいおい……捕虜とかマジで要らないんだけど」

「怪我人の面倒は、私達が看ます」


 天幕に持って行くつもりだったのであろう薬品類の詰まった軍用鞄を抱えて、そわそわしながらそう訴える。彼女達の様子を見る限り、別に何か計略を企んでいるという訳でもなさそうだった。


「朝までに街に残ってたら、消し飛ばすって警告したよね?」

「ま、街の外なら……指定外区域なので……」


「いや、そういう事じゃないだろうに」


 何とか捕虜として滞在できるよう取り計らって貰おうとする彼女の苦しい言い訳に、慈はなんだか脱力してしまう。割と殺伐とした状況にありながらも、少し気分が紛れた。


 既に街の解放は成っている。誰に示しが付かない訳でも無いので、無理に彼女達を処刑する必要も無い。


「分かった。とりあえず捕虜という形にしておくから、全員分の名簿とか用意しておいてくれ」


 勇者部隊に捕虜は要らないが、数日もすれば聖都から応援の軍が駆け付ける予定なので、その時にでも引き渡せばいいだろう。

 そう判断した慈は、負傷兵を街の医療施設に運び込むよう指示した。治療はそこで続けて構わないと。


「良いんですか?」

「野戦病院じゃあるまいし、ずっと天幕に押し込めとくわけにもいかないだろ」


 勇者部隊に余分な人員は居ないので、怪我人の搬送から何から全て彼女達に任せる事になる。


「流石に担架で運ぶのは大変そうだから――レミ、怪我人を運べそうな荷車を探してくれ」

「ん」

「っ!?」


 了承の返答時だけふっと現れては消えるレミに、ビクッと肩を震わせる。そんな彼女の姿に少し和んだ慈は、今更ながら気付いた事を口に出す。


「そういや、まだお互いの名前も知らなかったな。俺はオーヴィスの勇者、慈だ」

「わ、私はヒルキエラ第三師団随行救護隊、名誉兵長のルイニエナ・ジッテです」


 救護兵の纏め役の彼女は、緊張気味にそう名乗った。何やら役職名に訳有り感を覚えたが、慈は特に突っ込む事はしなかった。





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