第四十八話:勇者部隊の試運転
『縁合』に交ざっていた魔族派は『縁合』とオーヴィスの動向を監視する他、聖都内に避難している各国の重要人物でも、特に野心家気質な者に働き掛けて魔族派に取り込む工作活動をしていた。
件の会合は、そうした流れで取り込まれた者達の集まりである。
聖都を浸食するように、水面下で着々と進んでいた魔族派の計画。
ベセスホードで神官長らがやらかした勇者の暗殺未遂事件は、慈と『縁合』の邂逅に繋がり、聖都で活動する魔族派の存在を露見させて、その計画を一気に瓦解へと導いた。
聖都サイエスガウルにある大神殿の一室にて、六神官達とお茶で一息吐いている慈。
「お陰で聖都の不穏分子を根こそぎ掃除出来たな」
成り行きだったが大きな問題が一つ片付いてホクホク顔の慈に対して、アンリウネは神妙な表情を浮かべながら、本来ならあってはならない不祥事かつ神殿側としても大失態だと詫びる。
「申し訳ありません……シゲル様にこのような事を担わせてしまい――」
ようやく査問会関連の引き継ぎを終えて慈の傍に戻って来た六神官達は、まずは慰問巡行から始まった一連の騒動にかかるオーヴィス国の不始末を謝罪した。
「なんで? これも元々魔族側が仕組んだ事だし、勇者の仕事でしょ?」
別に謝る事じゃないよと流した慈は、一応決着の付いたこの話をさっさと切り上げ、勇者部隊の初陣について話題を振る。
「本格的な初陣はパルマムの近くにあるクレアデス領内の街辺りかな」
慈が魔族軍からの奪還に大いに貢献した、隣国クレアデスの国境の街パルマムを遠征の出発地とする方向で準備が進められている。
それまでは聖都近郊にある集落などを周り、魔族軍の斥候や潜伏中の部隊を見つけ出して叩く予定だ。
慈のいつもと変わらないスタンスに溜め息を吐いたアンリウネ達は、苦笑しながら勇者部隊の試運転計画を詰めていった。
それから数日後。
魔族派の会合に関わっていた者達が軒並み摘発されたので、件の屋敷も押さえて聖都内の魔族派はほぼ一掃された。
クレアデス国の領内に集結中の魔族軍は、聖都サイエスガウルからの情報が途絶えた事で慎重になったらしく、度々斥候と思われる魔物兵の小隊がオーヴィス領内の彼方此方に出没し始めた。
慈の勇者部隊はこれを利用し、聖都周辺を巡回している哨戒に交じって魔族軍の斥候を相手に実戦を重ね、部隊としての経験を積んでいった。
勇者部隊の課題は、慈を中心とした遊撃隊として如何に効率よく動けるかだ。
「報告します! 付近を巡回中の哨戒より、前方の林の奥に魔族軍と思われる少数部隊を、木こりが発見したとの情報です。現在確認の偵察隊が出撃中!」
「直ぐに向かおう」
伝令の報告を受けた慈は短くそう答えると、補佐役のシスティーナに視線を送った。
「出撃準備!」
システィーナから指示を受け、勇者部隊で傭兵隊長を務めるパークスが、二人の部下を鼓舞する。
「休憩は終わりだ! 前方の林に試し斬りの獲物がいるぞ!」
「よっしゃああ!」
「ヤってやるぜぇ!」
パークスの選別で雇われている腕利きの傭兵二人が立ち上がり、武器を構えて臨戦態勢に入るが、パークスからツッコミが飛ぶ。
「気が早えよ! 馬車に乗れ馬車に」
そんな騒がしい傭兵組とは対照的に、システィーナは部下となる兵士二人を連れて整然と馬車に乗り込み、移動の準備を整えた。
先導する案内の哨戒班と共に、勇者部隊は魔族軍と思しき少数部隊が目撃された林の奥を目指して馬車を走らせた。
「ここからは歩きだな。やっぱり馬車だと移動出来る範囲が狭まるか」
騎乗でなら進めるが、車両で乗り入れるには厳しい段差が増えて来たところで、慈は馬車を下りて徒歩移動に切り替えた。六神官達は馬車に残し、護衛にシスティーナと兵士隊をつける。
「じゃあ、ちょっと行って来るから」
「お気をつけて」
アンリウネ達に送り出された慈は、パークス達傭兵隊を連れて駆け出した。隣を走るパークスが慈に訊ねる。
「哨戒の馬に相乗りさせて貰わねぇのか?」
「一応訓練だからね。俺達の部隊は常に単独で動く事を想定したいんだ」
慈としては、本来なら傭兵隊も兵士隊も馬車の護衛として待機させ、行動する時は慈が独りか、状況に応じてパークスやシスティーナ、あるいは六神官の誰かと動くようにしたかった。
しかし、今は雇い入れた彼等の実力を見る事も兼ねた調整期間なので、傭兵隊と兵士隊を交互に引き連れながらの行軍となっている。
「俺も馬に乗れたら手っ取り早いんだろうけど、乗馬の練習とか世話の仕方とか覚えるのにも手間が掛かるし、これ以上部隊の規模を大きくしたくないんだよ」
「う~ん、しかし旅をする上で馬があるのと無いのとじゃあ、結構違うんだがなぁ」
六神官を連れて行動する以上、どうしても馬車などの乗り物は必要になる。パークスは馬の利便性を説くが、出来る限り小回りが利くよう少数で動きたい慈にとって、連れまわす馬が増えるのも避けたいのだ。
そんな話をしながら木々の間を進む事しばらく。やがて、林の奥まった辺りで複数人の騒ぐ声が聞こえて来た。明らかに人間以外の声も交じっている。
「お、どうやら始まってるみたいだぜ?」
どうする? と視線で問うパークスに、慈は淀みなく指示を出す。
「とりあえず俺達はこのまま前進。哨戒班の人は周辺の索敵と警戒をよろしく」
「了解しました!」
案内役の哨戒班は左右に分かれて現場周辺の様子を探りに行った。慈達はそのまま進み、戦闘が行われていると思われる現場に急ぐ。
「あそこだ! 苦戦してるみてぇだな!」
慈の前を行く傭兵隊メンバーが声を上げて指差した先には、偵察隊と思しき三人の兵士が、数体の狼型魔獣に跨った小鬼型の魔物と交戦しているのが見えた。慈達の接近に気付いた魔物部隊から、小鬼型を乗せた狼型魔獣が二体ほど猛然と駆けて来る。
パークス達傭兵隊は迎撃態勢を取り、慈は宝剣フェルティリティを抜いた。棍棒や錆びた短剣を振り回しながら騎乗で突撃して来る小鬼型に対して、傭兵隊は左右に躱しながら応戦する。
傭兵隊の二人は、槍使いが狼型魔獣の動きを牽制しつつ、長剣使いが魔獣の背に乗った小鬼型を叩き落とした。
パークスは慈に与えられた宝珠の大剣を一閃し、炎の剣波による追加攻撃で狼型魔獣諸共小鬼型を斬り飛ばす。
こちらに向かって来た四体を難なく撃退した慈達は、そのまま偵察隊の援護に回った。しかし、偵察隊と魔物部隊は乱戦状態になっており、迂闊に近付くのは危険だ。
魔物部隊は小鬼型を乗せた狼型魔獣が二体と、石飛礫を投げて来る徒歩の小鬼型二体の計六体。
「面倒だから一掃しよう」
慈は、乱戦中の集団に向かって『魔族軍に属する存在』という条件で勇者の刃を放った。
木や草、馬も人も擦り抜ける光の刃は、魔族軍に所属している狼型魔獣と小鬼型だけを消し飛ばすように斬り裂いて、林の奥へと消えて行った。
戦っていた魔物達が、突然バラバラの肉塊となって吹き飛んだ事に、驚いた顔を向ける偵察隊。彼等に軽く腕を上げて挨拶した慈は、他に敵勢力は居ないか訊ねる。
「オーヴィスの勇者シゲルだ。魔物部隊を指揮してる魔族軍部隊とか見なかった?」
「い、いえ、それらしい集団は発見できておりません」
その時、林の奥から「ギュオオオォ」という怪獣のような雄叫びが響いた。
「今の咆哮は――まさか地竜!」
「地竜? ってあのでっかいトカゲみたいな奴か」
すぐさま声の正体を推察する偵察隊。慈は、聖都の第一防衛塔前やパルマム奪還戦の時に広場で見た、巨体ながら意外と素早い動きで逃げて行った地竜の姿を思い出した。
「……そういや、地竜って魔族軍で荷物の運搬にも使われてるよな」
「ええ、昔は我々側にも、魔族領から買い付けた竜車を使っている交易商人がいましたね」
「鹵獲して使えないかな?」
「えっ!? どうでしょう……」
慈の『地竜を足に欲しい案』に、情報通の偵察隊員は難しそうな表情を浮かべる。ハッキリ無理とは答えない辺り、方法はあるようだ。そこを訊ねると、世話の仕方などを知っている者は聖都にも居そうだが、地竜の従え方が分からないらしい。
「ふむ、何か『魔物使い』みたいな特殊な能力が必要なのかな……とりあえず様子を見に行こう」
咆哮が聞こえた林の奥へと足を向ける慈にパークス達傭兵隊が続く。偵察隊員達も顔を見合わせると、後ろから付いて行く。
警戒しながら歩く事しばらく、周囲に血の臭気が漂い始めた。
「静かだな。何か出そうだ」
「嫌な雰囲気だぜ」
「地竜が相手なら戦斧が欲しいところだが、この剣ならやれるか」
「まずは様子見だからな?」
戦う気満々な傭兵隊に、慈はあくまで鹵獲が優先だとクギを刺す。やがて、木々と蔓草が天然の防壁を築く奥まった場所に、広場のような開けた空間が現れた。
そこには無数の魔族軍兵士と思われる死体と、魔物の死体。いずれも首や身体が切断されており、其処彼処に散らばっている。やたらと血の臭気が濃くなったのはこれが原因のようだ。
「おいおい、なんだこりゃあ」
「あーこれは……」
天然の広場の惨状に警戒と困惑を深めるパークス達。対して慈は、ここで何があったのか直ぐに察した。恐らく、さっき放った勇者の刃がここまで飛んで来て、流れ弾的に当たったのだ。
そしてこの広場の最奥に目を向けると、そこには体長十メートルを超える巨体の地竜がこちらに顔を向けていた。
「地竜だ!」
「つーか、ありゃどうなってんだ?」
パークス達が警戒態勢をとるも、地竜は慈を見た瞬間、頭を地面に伏せた。情報通の偵察隊員によれば、あれは服従の姿勢らしい。
慈がゆっくり近づいていくと、地竜は頭を伏せたままペロリと自分の鼻先を舐めて、上目遣いで慈の様子を見ている。慈は、竜の顔を個別に見分けられるほど見識がある訳では無かったが、この地竜にはどことなく見覚えがあった。
「お前、もしかして第一防衛塔とかパルマムの広場で会った奴か」
「ギュルルー」
よく見ると、地竜の身体には壊れた竜具らしき残骸やベルトが垂れ下がっている。どうやら逃げた地竜を魔族軍兵士が確保に来たところに、慈の勇者の刃が飛んで来てあの惨状となったようだ。
(あの咆哮は、悲鳴みたいなもんか。びっくりしたんだろうな)
さっき放った勇者の刃の殲滅条件は『魔族軍に属する存在』だった。勇者の刃に斬られなかったこの地竜は、心身共に魔族軍に属していないという事だ。現在フリーの地竜である。
「俺と来るか?」
「ギュル」
地竜は肯定するように短く一鳴きすると、その巨体を伏せたまま半歩前へにじり出て、慈の足元に頭を持って来る。そのトゲトゲした頭を撫でてやると、地竜は気持ちよさそうに目を閉じた。
そんな慈と地竜の様子を眺めていたパークス達は、一先ず警戒を緩めて息を吐いた。
「おい、竜が懐いたぞ」
「アレも勇者の力ってやつか?」
「しっかし、近くで見るとほんとでけぇな」
やいのやいのと評し合う彼等を尻目に、慈は地竜の身体に中途半端に乗せられている壊れた竜具を外してやる。
「これはサンプルに持って帰ろう」
聖都の馬具職人さん達に地竜用具のノウハウがあるか分からないが、新しく竜具の鞍を作る時の参考に使えるだろう。
付近の様子を探りに出ていた哨戒班とも合流し、慈達は林の出口付近に待機させておいた馬車のところまで戻った。
地竜を連れ帰った慈に、アンリウネ達がしばし絶句していた。




