第四十二話:それぞれの思惑
慈とレクセリーヌ王女の会談が行われている間、別室にて待機させられている軍閥貴族の面々は、勇者の在り方を読み違えた事への対応を話し合っていた。
「それにしても迂闊だった。これで神殿がへそを曲げれば、解放軍に勇者を組み込めなくなるぞ」
「広範囲に渡って敵を殲滅するという勇者の力。クレアデス解放軍の快進撃は、勇者の力なくしては有り得ぬからな」
「しかし、あの様子では……我々に協力するだろうか?」
「勇者と姫様の関係は微妙な様子だったがな。我々の切り札とどう引き合わすか」
「どのみち、勇者と姫様が今以上懇意になる事は無かろう。切り札の出番も十分ある」
此度の会議に出席する軍閥貴族の面々の中でも、パルマム近郊を拝領している紳士が呟く。実は彼等は、パルマムが奪還されるより以前にクレアデスの王族の血を引く庶子を確保していた。
クレアデス解放軍の旗印には、その庶子の存在を明かして総指揮役に抜擢し、自分達が後ろ盾となって新たな王朝を建てるつもりだったのだ。
王都アガーシャの奪還後に、王家の血筋であり、救国の活躍をしたという功績をもって、王位継承権を主張させるという目論見。レクセリーヌ王女が生還した事で、婚姻を結ばせるという選択肢も増えていたが、国民の支持によっては姫君が女王に戴冠する可能性もある。
「勇者が率いるらしい特別部隊にねじ込むという手もあるが……」
「いや、その場合は戦功は全て勇者の手柄になる。オーヴィス傘下での活動というのもマズい」
魔王軍の侵攻が始まった頃からコツコツ進めていた、自分達の傀儡として動かせる新王朝設立の策。その雲行きが怪しくなってしまい、溜め息を吐く軍閥貴族達。
彼等に人類滅亡の危機感は無く、むしろこの未曽有の戦乱の中で、如何に権力を高める仕込みを施して平穏な時代を迎えるかが課題であった。
別室で平和な頭を持つ軍閥貴族達が揃って渋い表情を浮かべていた頃、慈とレクセリーヌ王女の会談も一段落した。
慈が要請していたシスティーナ団長の勇者部隊への参加や、クレアデス国が主導する解放軍の編制を一時止めてもらう事なども、概ね聞き入れられた。
「ただ、私の権限はそこまで強くはありません。軍閥貴族達が動けば、解放軍の編制は直ぐにでも進められるであろう事は留意しておいてください」
「分かりました。殿下が賛同してくれる事実だけでも十分ですよ」
慈としては、まずは人材集め。そして自分の都合で動かせる戦力の確保だ。クレアデス解放軍の編制自体は進められても構わない。要はこちらのタイミングで動かせれば問題無いのである。
その後、別室で待機していた軍閥貴族達が呼ばれ、改めて解放軍編制に関する会議が開かれた。この席で、クレアデスの軍閥貴族達は『勇者シゲルのクレアデス解放軍参加』を打診してきたが、慈があっさり了承した事で面食らっていた。
「そ、それでは、勇者殿が解放軍に同行して頂けるという事でよろしいのですかな?」
「そうですね。ただし、進軍の時期や行程は要相談で」
王都アガーシャの奪還まで解放軍の進撃に協力するが、何時、どのタイミングで何処を攻めるか等はその都度『勇者一行』と相談して決めるという条件。
軍閥貴族達は密かにほくそ笑んだ。これなら、予定通り件の庶子を解放軍の総指揮に据える事で、後に王位継承権を主張させて後押しするのに必要な名声と功績を知らしめられると考えていた。
それから会議は解放軍の規模や兵士の内訳など、予定されているおおよその内容の確認と話し合いが行われ、大きな問題も上がらず恙無く終わった。
「ではまた後日」
「そうですな。此度は本当に申し訳なかった」
「今後はこのような事の無きよう、連絡は徹底させよう」
思いの外うまく話が纏まって機嫌が良い軍閥貴族達は、席を立つ慈達に深々と謝意を述べた。
同席者の六神官セネファスは憮然とした表情を崩さなかったが、慈は彼等の中身の浅い謝意表明を受け入れて会議室を後にした。
魔術の光でライトアップされた、華やかな宮殿が立ち並ぶ夜の離宮群通り。送迎の馬車は使わず、大神殿までの道のりをノンビリ歩く慈と、付き従っているセネファス。
完全武装の慈は大層目立っているが、この辺りは昼間でも道を行く人の姿はあまり無い。時折、豪華な装飾付の馬車が通り過ぎる。
「綺麗な街だよな」
「うん? ああ、この辺りは上流階級の人間しか居ないからね」
隅々まで清掃の行き届いている石畳の通りに白亜の街並み。等間隔に並ぶ街灯の明かりも魔術の光源が使われていて、とても神秘的で幻想的とも感じられる。
慈は、廃都で宝具の回収をしていた時に、この辺りを歩いた経験があった。
「ここの交差点とか見覚えあるわー」
「壊滅した聖都ね……前に聞いた話だと、あんたが召喚されて来た日に襲撃があったんだって?」
「うん、ファス婆さんにそう聞いてたよ」
五十年後の未来から、召喚魔法陣が展開されたこの時代に送り出されて直ぐ、慈は魔族軍の斥候部隊と一当てやっている。
あの日の襲撃で北門が破壊される事を、未来の六神官から予め知らされていた。
「……それってあたしの事だよね?」
「そうだよ。ちなみに一番高齢で死に掛けてた」
「歳の事を言うんじゃないよ」
「ふひひ、さーせん」
今と似た様なやり取りをしていたと、楽し気に話す慈に、セネファスも頬を緩める。また一台、正面から来た馬車が通り過ぎる――と思いきや、直ぐ傍に停まった。
車室の扉が開いて人影が降りて来る。
「シゲル様」
「あれ? アンリウネさん」
どうやら迎えに来てくれたらしい。慈は歩いて帰るつもりだったが、レクセリーヌ王女との会談に加え、クレアデスの軍閥貴族達を交えた会議にも参加したので、結構遅い時間になっていた。
「そっか。わざわざ来てくれたんだし、ここは素直に馬車で帰ろうかな」
「ちなみに、何で歩いて帰ろうと思ったんだい?」
「うん? 襲撃でもないかなーと思って」
「やっぱりか……」
上流区とは言え、護衛も付けずに夜の街を歩くと言いだした時点でそんな気はしていたと、セネファスは溜め息を吐く。自分を餌に逆徒勢力を釣ろうとしたのだ。
「本当にあんたは、勤勉と言うか何というか」
「シゲル様、どうかもう少し御自重ください」
「うーん、別にそれほど危険はないと思うけどなぁ」
呆れるセネファスやアンリウネの心配を余所に、慈は『その方が手っ取り早い』等とぶーたれる。相変わらず脳筋寄りな勇者様と悩める六神官を乗せた神殿の馬車は、間もなく大神殿に到着した。




