第三十八話:跳梁跋扈
聖都のとある貴族の屋敷にて。人払いがされた薄暗い応接間で、密談を交わす紳士達が居た。
「面倒な事になった」
「神殿の奴らめ、最初からこれが狙いだったのではないのか?」
軍服姿でがっちりとした体格の初老の男性が呟くと、上流貴族層が好んで身に付ける衣装を着た、少々腹のでっぱっている男が、忌々し気に吐き出す。
「慰問巡行も取りやめて戻って来たそうだ」
「ふん、まるでベセスホードを狙い撃ちしたかのような動きじゃないか」
「問題は、勇者様達がどこまで踏み込んで来るかですが……」
向かい合うように内向きにぐるりと並べられたソファーには、他にも数人の壮年男性が腰掛けており、その出で立ちは様々。騎士隊の制服姿の者もいれば、上級神官服を纏っている者もいた。
ベセスホードで行われていた不正取引による利益は、実は聖都の一部上流層にも流れ込んでいた。聖都の軍需品全般を扱う専門の業者から、粗悪品の交じった武具類に関する報告や問い合わせが王の耳にまで届かなかったのは、彼等一部の上流層が隠蔽に加担していたからである。
「王は、既に査問会の実施を承認なされた」
「うむ……派閥から何人か生け贄を出さねばな。丁度、勝手に動いた者達がいる」
「しかし何故、今頃になってこのような告発など……?」
「神殿側は、勇者の品行方正ぶりでもアピールするつもりなのかもしれん」
彼等は、勇者が自力で調査して不正の証拠を掴んだなどとは、思っていなかった。今日この場に顔を出していない大神殿の上層にいる者達が、明確な意図をもって勇者達に不正取引の情報を握らせ、告発させたと考えている。
「自らも批判を浴びてまで勇者の喧伝か? ご苦労な事だ」
「しかしまあ、色々と情勢が変わって来たのも確かだ」
「蜜の受け皿も無限ではないしのぉ、ここらで間引きするのは悪くない考えじゃろ」
「それにつけても独断が過ぎる! 今後このような事後承諾は認めぬと抗議しておかねばなっ」
今回の不正の告発と査問会の実施については、あくまで神殿側が勇者を使って発言力を増す為の小細工であり、さほど大事に至るものではないという認識であった。
ベセスホードのような、聖都から地方に出る巨額の資金を横流しする為の仕組みは、他にも多数設けてある。
いずれもそこを管理する地元の権力者に、聖都の上流層とのコネを持てる事を餌に横領などをやらせているが、彼等は単に私腹を肥やす為だけに資金の横流しルートを作った訳ではない。
この先、魔族に支配された世界で生き延びる為の下準備として『魔王ヴァイルガリンの世界制覇に貢献した人類側の協力者』という立場を得る実績を、着々と積み上げているのだ。
もはや人類に未来はない――それが、ここにいる彼等の共通認識である。すなわち、聖都が魔族と戦う為に捻出した資金や資材の本当の横流し先は、魔族軍であった。
「して……勇者殿に退場して頂くのは、何時頃になりますかな」
「その話をするのは性急に過ぎる」
「左様、神殿側の者達とも話し合わねばなりますまい」
「あの勇者が現れてから、少なからず魔族側に損害をだしておるからな。あまり好き勝手にさせておっては、我々に対する魔王の印象も悪くなるぞ」
万が一を考えて、召喚魔法陣に細工を施したにも関わらず、召喚されてしまった当代の勇者。
その処遇について、当面はなるべく戦場に出さないよう仕向ける方針で大神官にも具申すると、上級神官服を纏った男が議論を纏めた。
「ふん、貴様がさっさと大神殿を牛耳れば、面倒もなかったのだがな」
「ははは、私達の派閥人事も、そう簡単には手を回せないのですよ」
人の良さそうな温厚な表情を貼り付けたその神官は、そう言って濁った瞳の笑みを見せた。
聖都の一角で怪しげな会合が行われていた頃。慈は付き添いのセネファスを伴い、王宮近くの離宮群を訪れていた。
クレアデスから脱出して来た貴族達を賓客として迎えている離宮の中でも、王族が生活している区画に案内される。
「勇者様」
「システィーナさん、お久しぶり」
奥にある大きな部屋の扉前で、アガーシャ騎士団と団長のシスティーナに再会した。
「みんな健康状態は良さそうだね」
「勇者様も、お元気そうで何よりです」
アガーシャ騎士団はクレアデスに残された騎士団の中でもっとも身分が高く、暫定的に近衛騎士の役割を担っていた。
彼等が護るこの離宮では、パルマムで救出したクレアデスの王族最後の生き残りであるレクセリーヌ姫が過ごしている。
慈が今日ここを訪れた目的――クレアデス解放軍の編制に向けた活動を一時凍結し、慈の計画する特殊部隊の設立に協力して欲しい旨を話すと、システィーナ団長は難しそうな表情で唸る。
「クレアデス解放軍の編制を止めるというのは……」
「反対しそうなのは、やっぱり軍関係の貴族辺り?」
「ええ、まあ……」
言葉を濁すシスティーナ団長の心情を察した慈は、とにかくレクセリーヌ姫との会談の場を要請した。オーヴィスへの追従を嫌っているのであろう、クレアデスの軍閥貴族勢を同席させても構わないとの条件も付ける。
「それは、宜しいのですか? 彼等は間違いなく反対すると思いますが」
「姫さんが認めてくれれば大丈夫っしょ。それに、俺が欲しいのはシスティーナさんだけだし」
「えっ! わ、私ですか?」
システィーナ団長は、慈の思わぬ発言に狼狽える。その反応に、最近似たような事があったと言葉足らずを自覚した慈は、人材的な意味でと付け加える。
「今、俺の直属として信頼出来る人を集めてるんだ」
宝珠シリーズを授けるに値する優秀な人材の確保。勇者部隊の一員に相応しい人物の一人として、システィーナ団長を推しているのだと。
「人類の代表軍とかは本職の人達に任せるとして、俺は元凶の魔王を狙い撃ちってとこだな」
魔族軍の本隊と正面切って対峙するのは、大国同士が人類の連合軍でも組んでやればいい。
大規模な軍団を牽制的に使いながら、自分達は少数精鋭で魔王ヴァイルガリンを直接叩くというのが慈の作戦である。
「なるほど……」
慈の考えを聞いたシスティーナ団長は、それならクレアデスの軍閥貴族達も強くは反発しまいと頷くが、一つ懸念もあるという。
「勇者様の部隊に、自分の配下を押し込もうとするかもしれません」
「うん、それはオーヴィスの方でもあると思うよ」
誰を採用するかは自身の一存で決められるので問題無いと流した慈は、午後からでもレクセリーヌ姫との会談を頼むのだった。




