第三十七話：聖都帰還
聖都サイエスガウルとベセスホードの街を繋ぐ街道脇にて、勇者一行の慰問巡行帰りの馬車隊と、ベセスホードに派遣される応援部隊の先発隊が、並んで野営を敷いている。
慈達は、街に残して来た護衛騎士四人と傭兵のパークスにイスカル神官長とグリント支配人の事を任せて、一足先に聖都に向かっていた。
応援部隊の到着を待たずに帰国を急ぐのは、ベセスホードの不正取引が明らかになると困る者達に、対策の準備時間を与えない為だ。先発隊に街の状況などを説明し終えた慈達は、野営用の天幕の中で今後の予定を話し合っていた。
「聖都に付いたら王様に査問会ガンガン開いてもらうから、大神官と名簿の偉い人達にも根回しよろしく」
「そうですね、そちらは私とアンリウネが回りましょう。シゲル君は査問会には？」
「俺はパス。先に宝珠装備を託せる仲間探ししたいから、誰かついて来てくれる？」
聖都に帰ってからの予定について六神官と話し合う。根回しを引き受けるシャロルの問いに、慈は査問会には顔を出さず、宝珠の武具を渡すに値する人材探しに出ると答える。
「じゃあ、あたしが同行しようかね。査問会にはフレイアとレゾルテが居りゃ問題無いだろう」
セネファスがそう言って慈に付く事を告げると、査問会出席を指定されたフレイアとレゾルテも了承した。
フレイアはベセスホードの襲撃騒ぎの、後始末を指揮するシャロルに付いて補佐をしていたので、事件の全容を把握している。
レゾルテはイスカル神官長とグリント支配人の取り調べを担当していた。査問会に出席する神殿側の人間として、妥当な人選であった。
「レミは聖都に潜んでる穏健派魔族と接触してくれ。『縁合』の合言葉は覚えてるな？」
「ん」
こくりと頷いて肯定するレミ。ベセスホードで邂逅した穏健派魔族組織の一つである『縁合』は、勇者シゲルと個人的な協力体制を敷く約束をした。
彼等に関しては、サラ親子の事も含めてまだ公にするつもりはないが、いずれ魔族側の協力者として堂々と喧伝し、大国オーヴィスと聖都の大神殿、それに勇者の権威をもって保護する予定である。
対話と交渉を軸にした非暴力組織である『縁合』には、戦いの場で活躍する機会は無い。だが、ベセスホードでも慈達が宿泊する、イスカル神官長らの息が掛かった高級宿に自分達の手の者を潜り込ませるなど、諜報能力に関しては優秀な部分がある。
ベセスホードで話し合った『縁合』の代表によれば、聖都サイエスガウルにも彼等の仲間が潜んでいるとの事だった。
他にも、クレアデスのパルマムや占領された王都アガーシャにまで、組織的な活動は出来ないが連絡は取れるという諜報員が潜んでいるらしい。
それらを踏まえて、慈は彼等を『勇者独自の諜報網』として使う方針で考えていた。
「あと、リーノちゃんにはレミの案内を頼む」
「わ、分かりました」
慈は、聖都や大神殿でのレミの案内を頼んでリーノにも役割を与えると、まずは最初に会いに行く相手の事を考える。
（やっぱりアガーシャ騎士団のシスティーナ団長は外せないかな）
隣国クレアデスの国境の街パルマムの奪還戦で共闘したアガーシャ騎士団は、救出したクレアデスの王族レクセリーヌ姫と共に、聖都サイエスガウルに滞在している。
レクセリーヌ姫を旗印にクレアデスを復興する計画が練られているようだが、その為にはまず王都アガーシャを奪還しなければならない。
パルマムを足掛かりに王都までの道程で、魔族軍に占拠されている幾つかの砦や街を解放して、拠点を作りながら進軍する『クレアデス解放軍』編制の話が出ている。
オーヴィス側としては、勇者を中心にした人類軍として纏まりたいところであり、クレアデスが独自に軍を編制して動く事には否定的なようだ。
「一度姫さんとも話さなくちゃなぁ」
「姫様、と言いますと……フラメア様ですか？」
「フラメア？」
慈の呟きに反応したアンリウネが訊ねるも、素で「誰それ？」と返されて面食らう。
「我がオーヴィス国のフラメア王女殿下ですよ」
「ああそっか、そりゃオーヴィスにも王女様くらいいるよな」
シャロルのフォローに手を打って納得する慈。未来の廃都生活の中では、オーヴィスの王族の話はあまり出て来なかったので、すっかり頭から抜けていた。
「その王女様は使えそうか？」
「使える、の意味は分かり兼ねますが……王宮の人間の中では、現状を正確に把握していらっしゃる方だと思いますよ」
シャロルは苦笑しながら答える。つまり、慈達の味方になってくれそうな王族であると。
「そっか。じゃあこっちの王女様とも会っておかないとだな」
通常、若い男が王女様に会うとなれば、もう少し緊張するなり浮ついた感情を持ちそうなものだが、『勇者シゲル』のブレない在り方に、他の六神官達も皆、苦笑を返すしかなかった。
一夜明けた野営の翌日。応援部隊の先発隊はベセスホードの街へ、慈達は聖都サイエスガウルへと出発した。
休憩を挟みつつ街道を駆け抜け、聖都には深夜を過ぎる頃に到着した。聖都からべセスホードに向かった時はノンビリ進んで二日程の距離だったので、急ぎ足での帰還はかなり早かった。
「レミには俺の近くに部屋を用意してやってくれ。それじゃあ明日から皆よろしく頼む」
大神殿の前に停まった馬車からパッと飛び降りた慈は、そう告げて自分に用意されている部屋へと歩き去った。
勇者の世話係達がわらわらと出迎えに現れたが、当の慈はさっさと自室に戻ってしまっている。
それを聞いた世話係の集団が慌てて追い掛けていく姿に、アンリウネ達六神官は何となくシンパシーを感じるのだった。
