エピローグ2
都内にある多目的ホールの一つ。ここでは今、緊急臨時徴兵の採用試験が行われていた。
いくつかの会場に分かれて健康診断から始まり、体力測定に筆記試験。希望する兵科や職務内容について確認したい事、伝えておきたい事がある場合などは、個別に面談も受け付けている。
一般試験の結果に問題が生じた場合、そのまま面接試験に呼ばれる事もある。
相談や案内が主題となる面談と違い、面接官が担当する面接試験は、受験者側からの要望に応じる形で行われる事はあまりない。
そんな面接試験用の特別室にて、今回の試験を担当する熟練面接官が、書類を片手に補佐の若手面接官に問う。
「で? この耶麻戸慈って子は、どっかの議員さんの縁者か何か?」
「いや、普通の一般人みたいですよ」
一般試験会場の面談担当者から、推薦する形でぶっこんで来たという。一般試験の成績は可も不可も無しという平凡なもの。なぜ面接試験の場に呼んだのか分からない。
一体何なのだろうかと首を傾げているところへ、件の人物がやって来た。
「失礼します」
部屋に入って来たのは、これと言って目立つ特徴もない普通の少年だった。
毎回、面倒な手合いは幾人か現れる。が、この少年はよくある粋がった若者の類には見えない。直ぐに銃を撃たせろだとか、特別待遇を要求する不遜な輩ではなさそうだ。
(さて、この子は何をアピールして面談組に気に入られたのだろうか)
面接官の二人がそんな事を思いながら、書類に記されている面接試験の推薦理由『即戦力』について訊ねる。
「えー、書類によると、君は特別な能力を持っているとの事だけど、例えば何が出来るのかな?」
もしハッキング系の技能を持っているなら、確かにサイバー方面で即戦力になりそうだが、一般試験の結果内容を見る限り、殊更コンピューターに強いという事もなさそうだ。
作戦立案や分析力に群を抜いた才能があるというパターンも考えられる。今の情勢下ではどこも人手不足なので、優秀な人材が発掘されれば直ぐさま自陣の部署に組み込みたいだろう。
しかし、慈少年の答えは面接官が期待した特殊技能や才能のアピールとは程遠いものだった。
「単独での潜入工作が得意なので、そういう任務に就けるなら何処でもいけます」
「あー……潜入ねぇ」
場合によっては要人暗殺も請け負うという慈少年に、面接官は堪えきれず失笑した。
これは面談組の冗談か嫌がらせかと、構えていた肩の力を抜いてテンプレのお祈りを告げようとする。
しかしそこで、慈少年を採用しない理由が浮かばなかった。彼の組織入りを断る理由、否定する理由が浮かばない。
採用するに当たって何処の部署に任せるか考え、そうではなくお帰り願う言葉を紡ごうとするが、採用以外に選択肢がない。
(? いや、おかしい……おかしくないのか? おかしい筈だ――なんだ、これは)
自分の思考が異常な事に気付いて混乱する面接官達。そんな彼等に、慈少年が告げる。
「こんな風に、他人の思考に干渉できます。今はお二人の意識から俺を不採用にしようとする気持ち全般を抑制してます」
思わずひゅっと喉が鳴る面接官二人。
「これは、催眠か何か……?」
「もしかして、面談組もそうやって推薦するよう誘導されたのか?」
「推薦はある程度能力を知ってもらってから普通に頂けたので、特に誘導はしてないです」
顔を見合わせる面接官。とりあえずこの不可思議な思考の誘導を解除してもらい、正常な思考で導き出した答えは、もっと上に報告して判断を仰ぐ、だった。
紹介状を預かって試験会場から最寄りの自衛隊駐屯地へ。業務車で送迎された慈は、そこでも同じようなやり取りを経て、その日の内に統合幕僚監部の施設にまで踏み入る事となった。
初めは対面しながらの質疑応答だったが、慈の能力の一端が明かされていくにつれ、その検証に段々とテストの内容が大袈裟になっていく。
会議室を出て研究棟の実験室へ。あらゆる病原菌や毒などの危険物を消去できる事が分かると、今度は基地の屋内訓練場で実弾を使った実験。
拳銃の弾でも狙撃銃の弾でも、設定したラインを通過させず消去した。
機関銃やアーチェリー、石飛礫、手榴弾といった複数種類の同時攻撃を試してみたが、結果は同じ。全ての攻撃を消去して、設定した保護エリアへの被害を完全に防いでみせた。
最後にはヘリを飛ばして野外の極秘訓練場に赴き、大規模な検証実験を行うまでに至った。
『何かとんでもないのが臨時徴兵の一般枠に応募して来た』
と、緊急案件扱いで急遽呼び出された各分野の幕僚達が見守る中、一キロ先に設置された的――解体廃棄予定の戦車群を丸ごと消失させてみせた時は、見学に来ていた幕僚達から唸るような歓声が上がった。
「これなら、世界中の地雷処理を安全確実にこなせるのでは?」
「一定範囲内に決して攻撃を通さないのであれば、危険区域から要人を護送する事も可能か」
初めの面接試験で自己申告していた通り、敵陣の中枢へ単独潜入しての工作活動も難しくなさそうだ。
攻撃、防衛、衛生、諜報、様々な場面で活躍が期待できる。謎の消失現象の原理や正体などは、この際深く考えないし追求しない。
重要なのは、この特異過ぎる技能を持った若者が我が国の国民であり、国家の防衛に協力的であるという事だ。
「彼の存在は今後一切表に出す事を禁ずる。彼自身の技能も使って国内、海外の諜報、マスコミ、全てに対処せよ」
今回の検証実験内容には厳重に緘口令が敷かれ、慈の存在は国家機密扱いに。その上で各機関の最上層部にのみ周知され、全部署掛け持ちの特異なエージェントとして働く事が決まった。
勇者の刃を使った部分的な感情制限による思考誘導や、特定の対象者を100パーセント見分ける能力は警察機関にも重宝される。
慈は自衛隊の部隊が出動するような大きな問題が起きていない時は、警察に協力して犯罪者の取り調べをサポートしたり、都内の主要な病院を巡って要人の一部病状を消去し、回復させたり、大企業の会社や工場を訪れて産業スパイを燻り出したりと、国内を飛び回って活動していた。
主に難しい案件、厄介な案件、されど早期解決したい案件に駆り出されては、専門の臨床心理士達と打ち合わせた綿密な条件設定のもと、感情制限による思考誘導を使って解決に導く。
慈の暗躍により、日本国内のテロ犯罪は急速に数を減らし始めた。また、政界や企業から問題を抱えた人物が次々と引退した事により、不正取引や妨害工作、スパイ活動が軒並み減少。
政治が正常に回るようになったお陰で治安も回復し、法治国家としての安全と公正な社会が高水準で維持される環境においては経済も活発化。
世界大戦規模の状況下にある大国の中では、異例の好景気を叩き出していた。
他の大国が武器の輸出入や兵器実験、エネルギー問題。食糧問題。人権問題にテロとの戦いや、戦争と自国軍の扱いを巡って喧々囂々揺れている時、日本国は何故かそれらの問題が殆ど起こらず、起きても直ぐに鎮静化するので平時と変わりない暮らしを営んでいた。
日本が唯一、本来あるべき世界が望む平和を享受できる『奇跡の国』等と持て囃され、一般人の観光客は右肩上がりに増えていく。
一方で、送り込んだ工作員が戻らない。諜報員が行方不明。買収した有力な協力者は瞬く間にその地位を失い消えていく。
そればかりか、新しく送り込んだ工作員が、所属する諜報部署に名指しで(こっそり)送り返されて来たりする恐ろしい国として、諸外国の上層部からは警戒度を上げられていた。
一部のオタク系諜報員の間では「ニンジャ・チームが本気だしてきた」とか言われている。
そんな、忍者部隊の幻想を生み出す切っ掛けとなっている現代の勇者シゲルは、今日も今日とて統合作戦司令部の一室で新たな任務を示されていた。
「紛争地域で特定指導者の処理、ですか」
「ああ。今は国内もかなり安定しているからね。君の手が空いている内に、この地域の海賊を一掃するべく、支援組織を叩いておきたいって事らしい」
国内は未曽有の好景気だが、その影響もあってか輸出入の要となる日本のタンカーが狙われる傾向にあり、襲撃の頻度も増えている。
これ以上の被害が嵩む前に、元凶を摘む決断が下されたそうだ。
「パナマ運河か~、一度見て見たかったんですよね、あそこ」
「渡航期間は半月ほど。任務を済ませたら後は好きに現地を観光して構わないそうだよ」
「いいですねぇ。それじゃ仕事と休暇がてら海外旅行にでも行ってきます」
本来なら過酷極まりない困難な任務を、終始緩い雰囲気で承った慈は、支給される旅の荷物と軍資金を受け取りに部屋を後にする。ここでの、いつものやり取りだ。
廊下を行く途中で、家に連絡も入れておく。
ピッ
「ああ、母さん? 俺出張になったから暫く中米に行って来るわ」
『えぇ? いま海外って危なくないの?』
「俺が行くところはそうでもない」
『そうなの? でも気をつけて行ってらっしゃいよ?』
「あいよ~」
ピッ
日常用の携帯を仕舞って基地の専用ロッカーに預けた慈は、もう付け焼き刃ではなくなってきた悟りの境地を発動させて、意識をエージェントモードに切り替える。
(そろそろ距離も消去して飛び越せそうな感じはするけど、素直に飛行機で運ばれようかね)
暗躍する日々を過ごす異世界帰りの勇者シゲル。彼が選んだ大胆な日常は、そうして穏やかに、且つ刺激的に過ぎていく――
おわり
これにてひとまず完結です。長期間ありがとうございました。