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遅れた救世主【勇者版】  作者: ヘロー天気
きかんの章
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第百四十二話:黄昏の魔王【後編】



 ルイニエナとテューマが、リドノヒ家の狙いと動向について考察している間、慈はヴァイルガリンとの対話が進んでいた。


「じゃあやっぱり遍在次元接続陣の実験はやってたんだな」

「なぜ異界の勇者がアレを知っているのかは気になるが、その通りだ。召喚妨害と並行して進めていた。改変魔法陣は我の想定通りの動きをしていると報告が来たので、実験は取りやめた」


 当時、オーヴィス国は聖都の大神殿に所属する魔族派の上級神官に渡した改変魔法陣が召喚の儀式に使われ、選定ループ状態に入って勇者召喚を阻止できた。

 故に、危険な異次元接続系の魔法陣研究はそれ以上進める事なく、中止したという。


「じゃあ、儀式の途中で中断した召還の再起動とかは可能か?」

「改変した魔法陣が使われていた以上、魔力の痕跡を辿ればやれなくは無いだろうが……お前の帰還に協力して、我に何の得がある?」


 慈が改変された召喚魔法陣で遅れに遅れて召喚されて来た事を知ったヴァイルガリンは、驚きはしたものの、その結果には納得したらしい。

 魔族が支配する今の時代に相応しい、強力な力を得た勇者である慈の存在を冷静に受け止めている。


 そして、そんな勇者(シゲル)から元の世界に還る為の協力を要請されたヴァイルガリンは、それで得られる利を訊ねる。


 禁忌を犯して勇者召喚をおこなったのは人族側。切っ掛けはヴァイルガリンの簒奪から始まった魔族の侵攻であったのには違い無いが――


「人側の不手際の尻拭いを、我がしてやる謂れはないと思わんか?」


 ヴァイルガリンの物言いに、テューマとルイニエナが視線を険しくし、レミも眉を顰める。そもそもの元凶が何を――と文句を言い掛けたが、慈がそれを制してこう言った。


「尻拭いっていうなら、それこそアンタが責任もって俺を送り還さないと」


 慈は、自分はヴァイルガリンの工作が原因で生み出された最凶の勇者である事を説明する。


 初めは、敵と見做した存在だけを殺傷する非常に使い勝手の良い、特殊な性質を備えた勇者という認識だったが、時間を渡って経験を積み、検証を重ね、力の性質に理解を深めた。

 結果、その力は運用の幅が飛躍的に広がった。


 今や、慈の意思一つで生物、無機物問わず、魔法や感情のような精神的エネルギーも含め、この世の全てから任意の存在を消去できるまでに至った。


「俺がその気になるか、血迷うかしたら、割とあっさりこの世界が滅ぶと思う」


 恐らく、無意識レベルで身体の老化の原因も消去しているので、自分で自分を本気で消そうと思わない限り、これから歳を取る事も無くなるかもしれない。

 少なくとも、この世界の魔族と同じくらいの寿命を生きると思われる。勿論、魔族の種族特性である『睡魔の刻』のようなデメリットも無い。


 世界を消し去れる力を持った、絶対に殺せない人間を、この世界から送り還せる。

 慈は、それがヴァイルガリンに示す『利』であり、ヴァイルガリンも責任の一端を担う者として背負わなければならない『業』であると説く。


「……救世の勇者どころか、破壊神を喚んでしまったのではないのか?」

「俺がここまでになったのを含めて、今の状況の原因は半分以上あんたに責任があるからな?」


 勇者()の現在の『仕様』を聞いたヴァイルガリンは、頬を引きつらせながら『これが禁呪指定魔法の恐ろしさか』と呻く。


 オーヴィスの大神殿で厳重に保管されていた『召喚魔法陣』を入手し、改竄する為に研究したヴァイルガリンは、その仕組みと構造をある程度解明している。

 喚び出される異界の存在(被召喚者)に付与される力は、召喚者が求める条件を参照し、それを達成可能な力の流れが形作られ、能力として定められるのだ。


 召喚者が『人類の救済』を願ったとして、その救済のイメージが困っている人への助けや癒し、人々の希望を導く象徴だったりすると、強力な回復系や支援系の力が付与される。

 救済のイメージが脅威の排除や味方の鼓舞、力強く先導する英雄だった場合、強力な攻撃系の力が付与される。


 慈に与えられた力は、召喚魔法陣が発動してから力が付与されるまでの間に、召喚者である六神官が感じた事、思った事が加算されていった結果、力の干渉範囲が際限なく拡張された。

 最終的に、被召喚者に対する全ての障害を消去する力に纏まった。


 何を障害と見做すかの起点は被召喚者にあり、被召喚者を害するモノは当然、被召喚者が『害』と認識したモノは、それが何であれ問答無用で消去の対象となる。


 これが、敵と見做したモノだけを全て消し去る、勇者の刃の正体であった。


「加減というものを知らぬのか……」

「五十年分の苦悩と希望が詰まった力だしなぁ。配慮も何もあったもんじゃ無いだろうさ」


 召喚魔法陣自体に、特定の感情や価値観が備わっているわけでもなし。生み出した力が世界に与える影響など考慮されていない。

 設定された行程に従って構築する力の方針を定め、その力と親和性の高い召喚対象を選定し、召喚する際に付与(植え付け)する。


「あんたが細工しなきゃ、ここまで大袈裟な力にはならなかったんだよ」

「それは結果論だ。我は召喚そのものを阻止しようとしたのだぞ」


 世界を滅ぼす危険性を持つ勇者(シゲル)から、こんな力を生み出した責任をとって元の世界に還す協力をするよう迫られるも、ヴァイルガリンはそれは偶然が重なった結果だと反論する。

 自分がした事はあくまで召喚の阻止が目的であり、それは成功していた。


 禁呪指定の勇者召喚を決行したのも、その後五十年も放置されていた魔法陣を修正して召喚を完遂したのも、全て人間の業が招いた事だと。


「……その事で、今話してて気付いたんだけどさ」

「な、なんだ?」


 急に声のトーンを落として話を変えて来た慈に、ヴァイルガリンは思わず身構える。

 周囲を警戒しながら二人の会話に耳を傾けていたルイニエナとレミや、魔槍でバランス棒をして暇を潰していたテューマも「なんだろう?」と注目する。


 そもそもの話。六神官があの日、廃都に赴かなければ改変された魔法陣が修正される事もなく、召喚が成立する事はなかった。


「本当にただの偶然か?」


 慈が『討ちに来たけどその前に聞きたい事がある』と説得の対話を始めた時、ヴァイルガリンから出て来た言葉。


 人国連合の協力者。


 正統人国連合内に魔族派の存在が明確となったわけだが、この協力者に関しては、今のヒルキエラ国で政治の中心的役割を担っている戦後台頭した新興一族が主導しており、ヴァイルガリンの与り知らぬところとなっている。


 実は独立解放軍と決起軍が兵を上げたタイミングで、人国連合がベセスホードの攻略に動いたのも、新興一族の将軍達が決めて協力者に指示を出していたらしい。


「六神官の皆は、正統人国連合に所属してたんだ」


 慈はそう言って会議テーブルに近付くと、無気力状態で放心している新興一族の将軍達に敵意や反抗心、疑いの感情を消し続ける光壁型を展開して質問する。


 人国連合内の協力者の、組織での立場。普段の活動内容。どんな工作を指示していたのか。

 将軍達は、問われた内容に対して覚えている事や浮かんだ記憶、考えていた事など、思考を垂れ流すようにぼそりぼそりと紡いでいく。


「組織が瓦解しないように……そう、分裂しない程度に対立を煽って……潰してはいかん……」

「他の組織とは反目させる……ある程度の力を持たせた上で……想定内の動きをさせて……」

「聖都跡の魔法陣が……神殿の影響力を……脅威は的確に排除せねば……」


 組織が内部分裂しない程度に人国連合内でグループ同士の対立を煽り、他の組織と連携し難くなるくらいの選民意識を持たせ、過激派寄りに誘導。

 常にこちらの想定内の動きに納まるよう活動をコントロールしていたという。


 新興一族の将軍達が特に問題視していたのは、廃都に勇者召喚の魔法陣が未だ稼働状態で残っていた事。

 いつ自分達を脅かす異界の勇者が現れるか分からない状態のまま放置されているのは、魔王ヴァイルガリンの不手際と怠慢であるというのが、将軍達の共通認識だったようだ。


 ヴァイルガリンは、「アレは放っておいて大丈夫だから手を出すな」と忠告していたが、将軍達はそれを問題の先送りと認識した。


 人国連合にはオーヴィスの神殿関係者も多く所属している。神官達が人国連合の兵を動かして召喚魔法陣にアプローチする事がないよう、組織内での神殿勢力の影響力を削ごうと考えた。


 そうして魔族派(協力者)の工作により、人国連合内に『六神官が勇者召喚を失敗した』という風潮を作り、同じ神殿勢力の一部神官達から責任追及の声を上げさせるなど、六神官の権威を失墜させた。


 六神官――アンリウネ達があの夜、廃都で稼働を続けていた召喚魔法陣を囲んだ理由。

 魔族派の工作によって人国連合内に居場所が無くなり、組織に期待も出来なくなった六神官は、拠点砦を辞して廃都に赴き、大神殿の聖域跡を自分達の死に場所に選んだ。


 そして、召喚魔法陣の改変された箇所を見つけて『呪文の書き間違い』と判断、修正した結果、慈が召喚された。


「あんたの狙い通りなら、召喚者の寿命で俺は召喚されなかった筈なんだ」


 戦後の、魔族の支配する世界が思い描いていたモノと違い、やる気を失くしたヴァイルガリンが新興一族の手綱をきちんと握っていなかった事。


 魔王の命令と忠告を無視して勝手をやらかした新興一族と繋がる魔族派の働きにより、六神官が人国連合を見限った事。


 寿命ギリギリで召喚が成された事で、召還の為の寿命が足りない事を悟った六神官が慈を過去の時代に送る決断をした事。


 それらの要素が絡まり合い、今の『勇者シゲル(滅する者)』が生まれた。結局、因果は巡り、自業は自得する。


「人間国への嫉妬と自尊心から戦争始めといて、思った通りの世界にならなかったからって途中で統治を放り出したあんたが招いた災いだよ、俺は」

「んな……っ!」


 ヴァイルガリンは、簒奪を決意した時の根本的な動機、誰にも明かしていない本音をピンポイントで突かれて思わず目を瞠った。


『一魔族貴公子の嫉妬と自尊心によって起こされたものなのです。この戦は』


 過去の時代で、レクセリーヌ王女が慈との会談で語った言葉だ。


 ヴァイルガリンが目指していた魔族の在り方とは、闘争によって研磨される誇り高い戦闘種族という姿だったが、現実は違った。


 闘争を好んでいたのは、力を持て余した一部の戦闘狂や人格破綻者くらいで、多くの魔族の民は平穏を望んでいたのだ。


 長い年月、王宮周りでの闘争が絶えなかったのは事実だが、その歴史を紐解いてみれば、闘争は常に支配者層の間で起こっていた。


 前魔王が、人間国に倣った統治で魔族国を安定させていた事に憤って簒奪を働き、人間領に侵略戦争まで仕掛けて手に入れた世界は、人間国の統治法をそのまま取り入れた平穏な世界だった。


 侵略戦争には勝ったので魔族に優位な世界ではあるが、魔族も人間もその在り方は戦前と変わりはしない。

 結局、何の為の簒奪と戦争だったのかと問われると、ヴァイルガリンは答える事が出来なかった。


「あれも若気の至りか……」

「若気の至りでどんだけ死なせたんだよってなぁ?」


 ヴァイルガリンの呟きに突っ込む慈。その声色から、慈の心の機微を感じとったルイニエナが、すかさずハグを決行した。

 帰還のチャンスを目前にして、高揚型の反動が出掛かっていた慈はそれで落ち着くと、今一度ヴァイルガリンの説得を続ける。


「曲がりなりにも王になったんなら、その責任くらいは果たせよ」

「……どういう意味だ」


「民の安全とか未来とか、考えたか?」


 一度くらいは、本来あるべき『王』らしい選択を。そう迫る慈に、ヴァイルガリンは黙り込んだ。


 民の安全、この世の未来を守るのなら、危険な勇者は排除しなければならない。しかし、幾つかの想定外が重なって喚び出されたこの勇者は、どうやっても倒せそうにない。


 であれば、本人が帰ると言っているのだから、召還の手助けをしてでもお帰り願って、世界と民を守るのが王たる者の勤め。

 己が矜持を掲げて意地を張れる期間は、とっくに過ぎていた。


「確かに……我に出来る事はもう、それくらいしか残っておらんか」


 慈達が乗り込んで来た時、直前に放たれた光を浴びて新興一族の将軍達が倒れている中、ここ総合指令室(玉座の間)で一番の重要人物にありながらその影響を受けなかった。

 首都ソーマに攻め込んで来た反乱軍に対する敵愾心が無いという理由で、非敵対者と判定されたのだ。

 闘争と研磨への拘りから簒奪まで起こしたヴァイルガリンは、もはやその闘争心を失っていた。



「お話、終わった?」

「ああ。召還の再起動と、次元門開くのに協力してもらえる事になった」


 同時に、魔王の座を退いてテューマを正当な前魔王の後継者と認める旨を公言する約束もした。

 ジッテ家当主代理ルイニエナと、全人類代表となる勇者シゲルの立ち合いの元、それらを記した公式書類が作られ、正統な書類である事を魔王が保証する魔術的処理も施された。

 超多機能玉座の間には大抵の物が揃っているので、公文書くらいは直ぐ用意できる。


 慈の帰還の目途が立った。


 とそこへ、ソーマ城に到達した決起軍の制圧部隊が踏み込んで来た。


「おいおい、どうなってやがる。ここまで殆ど無抵抗で来られたぞ」

「いらっしゃい」


 ラギ族長を先頭に玉座の間に現れた突入部隊を、勇者部隊が迎える。

 更に訳が分からんと目を丸くしているラギ達に、慈はソーマ城の敵兵を無力化してヴァイルガリンを降伏させた事を伝えたのだった。



 ――唖然としているラギ族長達の後方で、リドノヒ家の私兵団長等がどこかに合図を送るような怪しい動きをした。




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