第百三十四話:進化する刃
旧ルーシェント国の王都だったシェルニアの都。下級民となった人間が多く住む下街の、細い路地を抜けた先。
崩れた建物や掘っ立て小屋が並ぶ貧民窟の中でも、井戸の近くの開けた場所に、件の孤児院施設はあった。
元は貴族の屋敷だったようで、外観こそ色褪せてあちこち剥がれているが、石造りのしっかりした建物だ。
表の門は開いたまま錆びついている。慈達をここまで案内して来た子供達は、慣れた足取りで壊れた門を潜ろうとしたが、施設の出入り口に陣取る人影を見て立ち止まった。
「あ、あいつら……」
「ん? どした?」
子供達の視線を追って見れば、片側が開かれた木扉の前に数人の男達の姿。
厳つい人相で剣呑な雰囲気を漂わせるチンピラ風の集団は、いずれもくたびれた革の鎧に短剣やメイスを提げて武装している。
孤児院の訪問者にはとても似つかわしくない。風貌からして堅気の人間とは思えなかった。
「用心棒か何かか?」
「わかんない。ときどき院長と話してるのを見たことあるけど、なんか嫌な感じするからみんな近寄らないようにしてるんだ」
売値がどうの、儲けがこうのと、商売の話をしているようだったという。
「商人には見えないな」
「盗賊と言われても違和感ないよ」
そんな感想を述べているテューマとルイニエナに子供達を任せた慈は、気負う様子もなく一人門を潜った。
表門から現れた人影に気付いた木扉前の男達は、近付いて来る少年に胡乱な目を向けた。
軽装で高そうな杖を装備しているが、魔術士っぽくは無い。地元の人間には見えないので、先日シェルニアに入って来た独立解放軍や決起軍の関係者かと当たりを付ける。
「何のようだ」
「施設に用事があるんだ」
「ここは閉鎖だ。失せな」
「子供達を迎えに来たんだけど」
「ガキ共はうちの商品だ。痛い目にあいたくなきゃさっさと消えろ」
物怖じせず声を掛けて来た少年に対し、男達は威圧して追い払おうとした。
この前からここの管理者と連絡が取れなくなった為、放置されている商品の回収と、金になりそうな施設の備品でも手に入ればと物色に来ているのだ。
下手に部外者を立ち入らせて、件の解放軍や決起軍の者に目を付けられるのは避けたい。
「凄いべったべたな悪党だなっ」
慈は思わず吹き出した。
シェルニア攻略戦での殲滅対象は、ほぼ魔族軍関係者に絞って設定していたので、魔族軍と直接関係していないこの手の無頼漢は普通に生き残っていたようだ。
施設の院長は魔族軍関係者と深い繋がりでもあったのだろう。こんな場所でそんな商売をやっていられるくらいの悪党ではあったらしい。
「ああん? なんだてめぇ」
「解放軍連中の後ろ盾があるからって、地元の組織を舐めてんじゃねーぞ?」
慈の余裕を崩さない態度に苛立った出入り口の見張り役の一人が、胸倉に掴みかかろうとした。他の者はさり気なく得物に手を掛け、周囲に目を配っている。
「良い実験材料が見つかった」
慈はそう呟くと、超遅延光壁型勇者の刃で施設の出入り口一帯を覆った。
とりあえず、地元の組織とやらも含めて色々と情報を得るべく、条件設定に趣向を凝らした超遅延光壁型勇者の刃による光の空間に取り込んだ集団から話を聞く。
「で? 売りに出された子は中心街の店に連れていかれると?」
「ああ……それで合ってる……」
「その店も今は閉店中なんだな?」
「そうだ……店主が死んでて……それで、退職金代わりに……」
魔族の『地区』が集中するシェルニアの都の中心街に奴隷専門店があり、この施設である程度まで育てた子供の中から資質や器量の良い者を選り分けて、そちらの店に卸されるシステム。
会員制なので大きな『地区』に属する一族の紹介が無ければ利用できない仕組みになっているらしい。
「魔族国は奴隷の売買を別に禁止してる訳じゃないんだよな?」
「合法だ……だが元手が掛かる。ここなら、上納金が掛からねぇ……だから、後ろ盾が……」
目の焦点が合ったり合わなかったり、夢うつつのようでありながら対話が可能な程度の意識を保ち、慈の質問に対して浮かんだ思考を言葉にしてそのまま垂れ流す。
先程まで殺気立っていた無頼漢達は、『反抗心』『警戒心』『闘争心』『猜疑心』『自己肯定感』『不信感』『不快感』等の感情を常時消し続ける空間の中で、ほぼ無気力人間と化していた。
人の感情を根源から消し去れる訳ではないが、後から後から湧いて出る疑問や敵意の感情をその都度削り取るように消し飛ばされ、自発的な行動を起こせない為、逃亡も出来ない。
消去の対象外である恐怖の感情が積もって焦燥感を覚えながらも、質問して来る慈に対して警戒心や反抗心が沸かず、不信感や猜疑心も働かないので問われた事には素直に答えてしまう。
ただ常に感情が沸いたり消えたりしている不安定な状態なので、滅裂な言葉の羅列から正しい内容を読み取るのに、少しコツが必要である。
そうして彼等の背後関係や地元組織について語らせた慈は、概ね欲しい情報は手に入ったと、実験と検証を終わらせた。
纏めると、シェルニアを統治する『地区』のとある族長が、管理を放棄している目が届かない場所、というか、あえて目を向けず放置している貧民窟に裏稼業専門の組織を秘密裏に立ち上げた。
各『地区』の一族は非合法な取引にこの裏組織を利用し合う事で、互いの不正行為に目を瞑り、裏組織の存在を黙認、秘匿していた。
裏組織によって得られる恩恵は、ヒルキエラ国への納税や、首都ソーマの上位一族に収める上納金を誤魔化せる等、用途は様々。
人身売買用の子供を集める、孤児院を装ったこの施設の運営も、それらの一環だったようだ。
奴隷の売り買いをする場合、本来その取引毎に首都の行政機関にある担当部署に報告をして、売り上げから一人頭幾らで徴税される。
人身売買用の子供を養う施設を作り、そこから裏組織を通じて取引をすれば、どの一族の誰がどんな奴隷をどれだけ買ったか、利益がどれだけ出たか等の情報も隠せるという訳だ。
そんな裏組織の元締めだった一族は、この前のシェルニア攻略戦で慈が都内の魔族軍を排除した際に、巻き込まれて壊滅したらしい。
今回、独立解放軍や決起軍の代表者としてテューマ達と巡った、呼び出しに応じなかった一族は、その元締めをやっていた一族と縁の深い一族だった事も分かった。
「――って事らしいよ」
「また奇抜な力の使い方を……」
「それって全部、消す力の応用なんだよね?」
慈が、新たな『勇者の刃の実験と検証』の効果を交えて尋問で得た情報を話すと、ルイニエナには「もう何でもありだな」とやや呆れられ、テューマには「発想力が凄い」と感心された。
さておき、この施設と子供達の事である。ルイニエナとテューマは、どこまで関わるべきか考える。
「しかし、ふむ……我々に対する直接的な敵性組織とは言えないが、立派な犯罪組織だな。見過ごす事はできんか」
「そうだね……その裏組織にどのくらいの『地区』一族が関わってるか分からないけど、とりあえずこの施設は摘発対象かなー」
シェルニアを統治する『地区』の一族全体に係わる事なのであまり深く踏み込めないが、一先ず施設の子供達は独立解放軍の名で保護する事に決めた。
「じゃあ動ける子は先に中央広場で飯食わせて、俺達は指揮所に戻って応援を呼ぶか」
「うむ。ところで、アレは大丈夫なのか?」
ルイニエナがそう言って指し示した先には、施設前の地面に蹲っている先程の男達の姿。
指定した感情を削り取る光壁型勇者の刃は既に解除しているが、彼等は立ち上がる様子もなく、崩れ落ちたままうごうごしている。
「ああ、感情の他に追加で知覚とかもいくつか削ったけど、命に別状は無いよ。多分」
「多分」
時間経過で感情も知覚も元に戻る筈だと肩を竦めて見せた慈は、指揮所に戻る前に一応、施設の中を確認する事にした。
先程の検証では施設全体を勇者の刃で包んでおいたので、中に裏組織の関係者が居ても同じような状態になって無力化されているだろう。
門前に待機させていた子供達を呼んで施設内を案内してもらう。怪我をしている子供はルイニエナが治癒術を施し、動けない子供達の状態もチェックしていく。
そうして必要な応援の規模や物資を割り出す。
ついでに施設と施設内の子供達も、徒党を組んでいた子供達と同じく勇者の刃の浄化で汚れを一掃しておいた。
「よーし、後は指揮所に戻って色々手配しよう」
「うん。私とシゲルで戻るから、ここはルイニエナに頼んでいい?」
「うむ、任された」
施設にルイニエナと一部の子供達を残し、慈とテューマは保護する子供達から数人の代表を連れて王宮の指揮所に向かった。




