第百二十八話:勇者部隊、再び
慈とテューマ達独立解放軍の大遠征部隊はルナタスに向かう道中、残り一日という距離の中継地点で、前線から『ルナタスへ攻撃開始』の報を受けた。
ヒルキエラからの援軍部隊が入り始めた為、防御を固められる前に攻めるとの事。
このままではルナタスの攻略に間に合わないかもしれないと危惧するテューマ達に、慈は過去の時代でもやっていた地竜での単独先行を提案した。
「どうせ俺達が目立つ為に大暴れするんだから、足の遅い本隊はおいて行っていいと思うぞ」
「勇者部隊か。良いかもしれない」
慈の提案にルイニエナが賛成すると、テューマは『勇者部隊』のメンバーを選出する。
「じゃあヴァラちゃんに乗るのはシゲルと私とルイニエナと――レミも連れて行く?」
「ヴァラちゃんて……。そうだな、俺達が戦闘に掛かってる間、御者をやれる斥候が居ると助かる」
カリブが居ればメンバーに加えたかったが、彼はタルモナーハ族長達の救援部隊として外れているので、斥候職の実力があって地竜の御者も出来るレミをこちらに呼ぶ事にした。
一先ず、部隊を『勇者部隊』『指揮部隊』『大遠征部隊』に分けて、機動力のある地竜ヴァラヌス二世の勇者部隊と、騎馬隊で構成された指揮部隊で先行。
歩兵と馬車隊の大遠征部隊は、非戦闘員や輜重部隊を護りながら遅れて追随する形をとった。
そうして予定の三分の一の時間でルナタスに辿り着いた独立解放軍の先行部隊は、乱戦直前といった様子の戦場に飛び込んだのだ。
どうやら決起軍は退却しようとしていたらしい。
退路の確保に動いていたと思しき穏健派魔族組織の部隊が道をあけてくれたので、味方の撤退の援護も兼ねて、そのまま突入する。
「我が名はテューマ! 正統なる魔王の後継者なり! 簒奪者ヴァイルガリンに阿る叛徒共は疾くと去れ!」
拡声魔法で名乗りを上げたテューマは、掲げた魔槍にありったけの魔力を込めると、遥か前方で味方の部隊に攻撃を仕掛けている魔族軍の騎獣隊に向けて薙ぎ払った。
宝珠の魔槍から長く伸びた光線が、魔獣の背中で弓を構えている魔族軍の兵士達を捉える。
派手な見た目とは裏腹に威力は然程高くは無く、驚いた騎手を魔獣から叩き落とす程度に留まったが、この距離から直接攻撃をされた事は殺傷力を抜きにしても脅威と感じさせたらしい。
騎獣隊は慌てて街の方へと引き揚げると、正門付近に陣取った。
「宝珠の魔槍ってそんな攻撃能力だったのか」
「シゲルがやってたのを参考にしてみたの」
今し方テューマが見せた長距離光線攻撃は、慈がパルマムの街でレーゼム将軍の石像を破壊した時の光線を真似てみたのだという。
すると、ルイニエナが「普通は無理だからな?」と補足を入れる。
「彼女の魔力が、それだけ桁違いであったという事だ」
テューマの潜在魔力の大きさと、宝珠の魔槍の機能についてもある程度把握しているルイニエナは、そう言って肩を竦めながら解説した。
宝珠の魔槍は、本来は使用者の魔力を収束して撃ち出したり、発現させた魔力の刀身を長時間維持する等の補助機能を駆使して、中・近距離での攻防を主とした武器なのだそうな。
集束した魔力の刃をあそこまで伸ばして、遠距離の敵を直接打つようなものではないらしい。
「なるほどなぁ。確かに先陣切って戦える力だな」
独立解放軍の当初の計画通り、宝具で身を固めたテューマが前線に立つ作戦でも十分に通用した可能性があると、素直に感心する慈に、テューマは「えへへ」と照れ笑いを見せる。
さておき、上手く味方の窮地に駆け付け、これを救う事が出来た。先程の名乗りと合わせてテューマの存在は敵味方双方に強く印象付けられた筈だ。
「よし、次は俺とルイニエナだな」
「私も何かやるのか?」
ルイニエナは、この勇者部隊のメンバー四人――慈、テューマ、ルイニエナ、レミの中では最も戦場の経験が豊富だが、能力的には戦いに最も向いていない事を自覚している。
そんな彼女に慈が求めたのは、ある意味、回復系の術士らしい役割だった。
独立解放軍の指導者で、『正統なる魔王の後継者』を自称するテューマを乗せた大型地竜が、ルナタスの正門前に陣取る騎獣隊に向かって突き進む。
その様子を目で追い掛けている決起軍の兵士達。武闘派魔族組織の族長ラギは、乱入して来た彼女達について考えを巡らせる。
「さっきの攻撃……魔王の後継者を名乗るだけの力はあるって訳か」
「ラギ様。彼女が手にしている白い槍ですが、恐らく宝珠の魔槍かと思われます」
「イルーガの槍か」
先の戦争の終わり頃、オーヴィスの聖都攻略で活躍したレーゼム隊の最強戦士イルーガが、戦利品として手に入れた宝具。
追い詰められた人間側が採算度外視で作ったとされる、対魔族武具の一つだ。別に魔族に対して特効がある訳ではないが、強力な武器である事には違いない。
「いずれ俺の得物に頂くとして、今はアレだ」
「件の『勇者』ですね?」
遠目に少し見えただけだったが、地竜の籠に乗っている四人の中に一人だけ異質な雰囲気の少年が交じっていた。
伝え聞く風貌から察するに、あれが噂の『勇者』なのだろう。
「自称魔王の後継者は大した魔力持ちのようだが、勝てねー相手じゃねぇ。ジッテ家の令嬢はそもそも戦闘向きじゃねーしな。もう一人の斥候も、腕は良さそうだが俺の敵じゃない」
この戦いの最後に、穏健派の連中も他の武闘派一族も出し抜いて全てを手に入れるに当たって、やはり障害になりそうな存在が色々と未知数な伝説の勇者。
ここでその力を見定められれば、今後の戦略も立て易い。滅びた人間の国より流出した『勇者』に関する知識も、幾つか予習済みである。
どのような力を使って、どんな戦いをするのか。いずれ対峙する事になるであろう相手の攻略に備えて、ラギはテューマ達の戦いに注視した。
ルナタスの正門前まで地竜を進めた慈達は、そこに陣取る魔族軍の騎獣隊と対峙しつつ、街に向かって降伏を促した。
「ジッテ家の当主代理、ルイニエナの名において提言する。今ひと時我らが軍門に下り、しかる後戦列に加わり、共にヒルキエラのあるべき未来を切り拓こうではないか」
勧誘も兼ねた勧告。要は「一旦降参して。そしたら仲間にするから一緒に戦おう」という内容。
決起軍の穏健派魔族やレジスタンス組織の者達は、流石にそれを受け入れられる相手は居ないんじゃないかと思いつつ、単騎で正門前に立つ独立解放軍の指導者を乗せた地竜を見守る。
一方、地竜ヴァラヌス二世の籠の上。慈の提案に乗って前代未聞の降伏勧告をする事になったルイニエナは、テューマと並んで座りながら慈に問い掛ける。
「それで、ここからどうする?」
「とりあえず、今ので気持ちが動いた人だけ避けて街の魔族軍関係者を殲滅する」
非敵対者は当然ながら、厭戦思想を持つ者も避ける方向で。まずは明確な敵対意思を持つ魔族軍関係者という条件で勇者の刃を放ち、対象者の心臓と脳を狙い撃つ。
慈は、半日もあれば街も制圧できるだろうと予測を付けていた。
その時、レミから警告が発せられる。
「かなり強力な攻撃魔法が来る」
「あれは……不味いぞっ、過縮爆裂魔弾だ!」
ルイニエナもその気配を感じ、見上げた防壁の向こうから歪な魔力の塊が複数連なって飛んで来るのを確認すると、焦った様子で退避を促す。
恐らく、決起軍を退却に追い込んだ原因であると。
「ああ、あれか。ちょっと多いけど問題無いよ」
しかし、慈にとっては過去の時代の戦いで見慣れた魔法だ。ヴァラヌス二世の巨体も丸ごと包めるサイズで超遅延光壁型勇者の刃を放って護りを固める。
轟音と共に炸裂する範囲殲滅魔法。正門前一帯はたちまち爆炎に包まれるが、その炎も衝撃も慈達には届かない。
「流石にこれは五月蠅いな。音も半分くらい遮断対象に――」
慈が新たに条件を加えた超遅延光壁型勇者の刃を追加で放つと、続けて炸裂している過縮爆裂魔弾の爆音が遠くなった。
「凄いね、シゲル」
「……やっぱりお前の力はおかしい」
テューマからは素直な称賛の言葉を頂いたが、ルイニエナにはやや呆れたような目を向けられた。解せない慈。
こちらの様子を窺っている防壁上の魔族軍側は、範囲殲滅魔法の連弾が完全に防がれた事に驚いたのか、伝令らしき兵が慌ただしく走り回っている。
敵の攻撃が止んだのでそろそろ反撃を開始しようかと慈が立ち上がった時、防壁上から今度は無数の小さな魔力の塊がばら撒かれるように降って来た。
それらは光壁に触れて消失したりしながらも、周囲に散らばった分が一斉に爆発する。慈は、その魔力の塊に見覚えがあった。
「あれって、この杖の持ち主が使ってたやつか?」
「ああ。劣化爆裂魔弾と呼ばれている小型の範囲攻撃魔法だ」
ルイニエナの説明によると、ファーナの父親であるフラーグ将軍が、熟練の魔術士数人で行使する過縮爆裂魔弾をベースに、個人で扱えるよう小型改良した爆裂魔法らしい。
「普通に受けたら厄介そうだな」
大量の爆裂魔法が地面まで落ちて連続で爆発した為、派手に舞い上がった土煙が一帯を覆い視界が効かない状態。
しかし、砂塵も光壁が防いでくれるので砂を被る心配も無く、呼吸も阻害されない。光壁型勇者の刃の中は安全快適である。
「ん? なんか手応えがあるな」
「手応え?」
何の事かと問うルイニエナに、慈は勇者の刃で何かを斬った時のような手応えを感じると説明する。
「劣化爆裂魔弾を無効化した手応えでは無いのか?」
「いや、魔法を斬った感じじゃなくて、命を斬った感覚なんだよなぁ」
「それは……」
やがて砂塵が晴れると、正門前に陣取っていた騎獣隊が消えていた。よく見れば、ヴァラヌス二世の周囲に多くの死体が転がっている。
それは騎獣隊の魔獣と、その背に乗っていた魔族兵達だった。魔獣はまだ生き残っているものも居るが、兵士は全て死んでいるようだ。
「さっきの煙幕状態の中で仕掛けてたみたいだな」
砂塵で視界が効かなくなったところへ奇襲を仕掛けて光壁型勇者の刃に突っ込み、心臓と脳を失って死んだ。勇者の刃を知らなかったが故の、ほぼ自爆である。
生き残っている魔獣は、慈達に対する害意が無く、魔族軍に所属している意識も無い個体達であった。
「それじゃあ少し落ち着いた事だし、始めるか」
慈は改めてそう宣言すると、街に向かって勇者の刃を満遍なく撃ち込み始めた。