第百二十七話:ルナタス攻略戦
ルナタスの街は先の戦争時代より以前からそこそこ発展しており、比較的高い建物も多い。街を囲う防壁は王都の城壁に勝るとも劣らず、大きくて頑強。
征服戦争の初期にあっさり陥落したのは、奇襲に加えて戦いが始まる前から内部に多数の敵が入り込んでいた為だった。
十分な戦力を揃えた上で護りに入れば、難攻不落の要塞と化す。
「ラギ様、左翼が崩れそうです。このままでは戦線を維持できません」
「ちっ、後詰めを救援に当てろ! 一度下がって仕切り直しだ!」
そんなルナタスの街を果敢に攻めているのは、決起軍勢力の中でも規模、戦力共に中心的な役割を担って来た武闘派魔族組織、ラギ族長が率いるタイニス家一族の部隊であった。
独立解放軍の到着を待たず交戦に踏み切ったのは、ルナタスの街にヒルキエラからの援軍部隊が入り始めた為。
相手の防衛体制が整う前に叩くべきというラギ達の主張が全会一致で支持された。
「正面、敵軍退いて行きます!」
「ぁあ? 何でこのタイミングで退く」
「範囲攻撃を狙っているのかもしれません。警戒を」
ルナタスの正門前の戦いは概ね拮抗していた。
ラギ族長の部隊が一当てしている間、後方には穏健派魔族組織の部隊や、レジスタンス組織の部隊がそれぞれ陣を敷いて戦況を窺っている。
彼等は、ラギの部隊が防衛部隊を打ち破れば街に突入して制圧の援護を。護りを崩せず退却するなら、その撤退を支援するべく待機していた。
「敵魔術士隊に範囲殲滅魔法の兆候!」
「!っ 全隊下がれ! 全力で後退だ!」
「後方の待機組にも退避指示を」
「過縮爆裂魔弾、接近!」
「姿勢を低くして障壁を全開にしろ! 爆風を逸らせ! まともに受けるんじゃねーぞ!」
一発放つのに熟練の魔術士が数人で協力して行使する範囲殲滅魔法が、ラギ達の部隊上空で炸裂する。
凄まじい多重爆発を何とかやり過ごし、すぐさま再攻勢を仕掛けようと考えていたラギだったが、続けて飛んで来る複数発の過縮爆裂魔弾に目を瞠った。
「こいつを連発する――? まさか、第一師団が出張って来やがったのかっ!」
過縮爆裂魔弾のような特殊な範囲殲滅魔法を扱える部隊は、魔族軍の中でもあまり多くは無い。
ましてやこの魔法での飽和攻撃が可能な部隊となると、第一師団所属の魔術士部隊の中でも、フラーグ将軍が率いる精鋭支援大隊くらいしか考えられない。
「ガーイッシュ家のじじぃか! あの目立ちたがり屋め」
「ラギ様、フラーグ将軍の部隊は全員が過縮爆裂魔弾の劣化版を使いこなします」
複数人で制御する過縮爆裂魔弾をベースに、フラーグ将軍が編み出した個人で扱える爆裂系の攻撃魔法。
範囲殲滅魔法の劣化版と謂われているが、その威力は本物だ。何よりも厄介な特徴として、通常の攻撃魔法並みに連発出来る手数の多さがある。
ばら撒き型のプチ範囲攻撃。
効果範囲自体は然程広くは無いものの、れっきとした範囲攻撃なので普通に魔法障壁で防ごうとすると思わぬ方向からダメージを喰らう。
死角に入り易く、足元まで落ちて来て時間差で炸裂したりするので、氷槍や火炎弾のように逸らして弾いたり、一方向からの攻撃にのみ耐えてやり過ごすという手が使えない。
かといって全身を覆うほどの障壁など展開すれば、強度不足で破られたり、そもそも魔力消費が激し過ぎてまともに戦えなくなってしまう。
「使って来ると思うか?」
「使わない理由がありません」
ここで退く事を躊躇するラギ族長は、答えを分かっていながらも側近に問い掛けると、迷う事なく撤退すべきと進言された。
「ちっ 仕方ねぇ、一旦退くか」
先の戦争時代から、ルナタスの街を担当していたのは第二師団だった。慎重派で防御に偏った第二師団が相手なら、ラギの部隊の突破力で防衛網に穴を開けられる。
しかし、ヴァイルガリン直属ともいえる魔族国最強軍団の第一師団。その精鋭部隊を相手にするとなれば、ラギ達は互角に戦えても、味方の部隊が壊滅するほどの損害を被り兼ねない。
ルナタスの攻略で躓くわけにはいかないと、全軍に撤退指示を出そうとしたその時、街の後方から新たに騎獣隊が現れた。
「何だ? 街の方から打って出て来たのか?」
「あれは……っ 遊撃歩兵小隊です!」
「なにっ」
第一師団に所属する有名部隊の一つ、『精鋭遊撃歩兵小隊』。そのあまりの素行の悪さから、同師団内の味方からも眉を顰められる悪名高き部隊である。
近接戦闘に特化した斥候部隊なのだが、彼等が任務に加わると敵方に対してとはいえ必要以上に犠牲が出る。
わざと一般民を巻き込むような戦術を好み、街の施設や建造物を無闇に破壊する上に、当然の如く略奪も行う為、拠点などの制圧任務からはほぼ必ず外されるようになったほどだ。
そこまで傍若無人に振る舞っても第一師団の精鋭部隊で居られるのは、それが許されるだけの実力を備えているからに他ならない。
「奴等は不味い! 後ろの連中を直ぐに退かせろ! 俺達が足止めする!」
「ラギ様、彼等は後方の部隊を狙っています」
遊撃歩兵小隊はラギ達の部隊を大きく迂回しながら、後方の味方部隊の中で最も戦力の弱い、人間のレジスタンス組織の部隊に向かっていた。
その動きに気付いた穏健派魔族組織の部隊が、レジスタンス組織部隊の前に移動して迎撃態勢を取ろうとする。しかし、騎獣隊の機動力を得た遊撃歩兵小隊の突入の方が早い。
さらに、街の方からは追加の範囲殲滅魔法が飛んで来た。
「過縮爆裂魔弾群、接近!」
「くそっ!」
第一師団の有名精鋭部隊が二つも援軍に入っていた。
仕掛けて来たタイミングから察するに、諜報の見落としではなく明らかに第一師団の精鋭部隊である事を隠して街に入ったと思われる。
完全にしてやられた事を悟ったラギ達は、とにかく損害を抑える事を優先して退却を決意した。
「レジスタンスの連中は……まあしゃーねぇな」
決起の象徴である独立解放軍を含めて、人間の武装組織など元々戦力として当てにしていない。穏健派魔族組織もいずれ切り捨てる前提での共闘だが、今はまだ使い道がある。
「全軍に退却の合図を出せ! 穏健派の部隊を援護しながら退くぞ!」
レジスタンス組織の部隊には、悪名高き遊撃歩兵小隊の餌になって貰う。
「よろしいのですか?」
「実際、これが最善だろ」
側近は、あからさまに人間の組織を見捨てる行為は、これから合流する事になる独立解放軍、ひいてはタルモナーハ族長との不和を招くかもしれないと懸念を示す。
だがラギは、最終的にそれら全てを捩じ伏せて頂点に立つ事を目的に動いているのだ。彼等と対峙する時期が多少前後する程度、大した問題ではないと結論付けていた。
「穏健派の連中には、俺達が援護と殿を務めるから、先行して退路を確保するように伝えろ」
そうでも言わなければ、危機的状況にあるレジスタンス部隊から素直に離れないのは分かっている。
穏健派の部隊に伝令を走らせたラギの部隊は、ルナタスの正門前を焼く過縮爆裂魔弾の範囲から逃れると、遊撃歩兵小隊の突撃に浮足立っているレジスタンス部隊と合流した。
「仲間が退路の確保に動いている! もう少し踏ん張れ!」
「すまんっ、助かる!」
ラギの部隊が来た事で、遊撃歩兵小隊は突撃を控えて遠巻きに態勢を整えている。武器を弓に切り替えたのを見て、こちらもレジスタンス部隊に盾兵を並べる陣形を取らせて護りを固めた。
(これでこいつらも少しは持つ)
後はタイミングを見てこの場を離脱する。遊撃歩兵小隊はこちらの追撃よりも、囮にしたレジスタンス部隊の蹂躙を優先する筈だ。
その時、退路の確保に動いていた穏健派の部隊が急停止して、左右に分かれる動きをした。
「何だ? まさか挟撃かっ?」
さらに敵の援軍が来たのかと構えるラギ達だったが、穏健派の部隊はその場で回頭して友軍の到来を告げた。
「味方だ! 独立解放軍が来たぞ!」
穏健派部隊の後方から、地響きと共に現れる一頭の大型地竜。土煙を上げながら疾走する地竜の背中には、宝珠の輝きを放つ白い槍を掲げた少女の姿。
やがて拡声魔法の発現と共に、名乗りの口上が戦場に響き渡った。
「我が名はテューマ! 正統なる魔王の後継者なり! 簒奪者ヴァイルガリンに阿る叛徒共は疾くと去れ!」