第百二十五話:急報
闘争を是としながらも、現魔王ヴァイルガリンの思想とは相いれない武闘派魔族達。
独立解放軍の決起声明に呼応する形で、『簒奪者ヴァイルガリン討伐』の戦いに参戦した魔族の決起軍だが、彼等にとって解放軍の声明など建前でしかない。
元々、いつかヴァイルガリンの寝首を掻いて魔族国の頂点に立つ事を目論んでいた、野心漲る一族が武闘派魔族組織の中心に居る。
ある意味、闘争に明け暮れていた古来からの魔族の在り方を体現している、由緒正しき一族とも言えた。
そんな武闘派魔族組織を取りまとめている一族、タイニス家の若族長ラギは、パルマムの街から寄越された独立解放軍の親書を見て鼻を鳴らす。
「親書には何と?」
そう訊ねる側近に、ラギは親書をペイっと指で弾いて投げ渡した。側近は明後日の方向に飛んでいくそれを風の魔術で引き寄せると、ざっと目を通して今後の予定を立てる。
「なるほど。独立解放軍の方々とはルナタスの攻略で合流する事になりそうですね」
「足手まといは必要ねぇって言いてぇところだが……勇者が戦うところは見ておきたいな」
決起軍勢力の中でも、ラギが率いる武闘派魔族組織の部隊は、ほぼ単独でアガーシャの都を落とし、制圧している。
一応、他の穏健派魔族組織や人間のレジスタンス組織とも同じ決起軍仲間として連携しているが、斥候による偵察や破壊工作、後方攪乱。
正面突撃に総力戦、果ては一騎打ちまで、常にタイニス家一族が最前線で指揮を張っていた。
「アガーシャまでは敵方も手薄で、奇襲作戦が効きましたが――ルナタスの攻略はこれまでのようには行きませんよ?」
「ああ、わぁーってるさ。ようやく手応えのある戦いが出来るってもんだ」
旧ルーシェント国領には首都ソーマを出たヴァイルガリン派の一族が入植し、それぞれ『地区』を形成している。
先の征服戦争で遠征軍第二師団に所属していたエリート層も多く、兵力の数も質も旧クレアデス国領に住み着いていた有象無象の弱小一族とは比べ物にならない。
オーヴィス地方からクレアデス地方まで独立解放軍や決起軍勢力に占領された事で、これまで以上の警戒は勿論、本国ヒルキエラから援軍が入っている事も予想される。
「しかしまぁ、ヴァイルガリンの太鼓持ち共が、ここ二、三十年の間にどれほど牙を磨いていたやらだな」
「確かに、第一師団の苛烈な方々と比べると、第二師団には大人しい印象がありますが」
ちなみにタイニス家は、征服戦争当時の族長がヴァイルガリンの魔族至上主義には賛同していなかった為、中央軍の各師団からは遠ざけられていた。
バルダームに駐留する部隊で偵察遊撃隊を率いていたラギは、それなりに実力を示して中央軍への転属を希望していたが、終戦まで活躍の場が与えられる事は無かった。
『たかが主義思想に賛同されなかったからと、強者である我々を冷遇して格下ばかりを重用したヴァイルガリンなど魔王の器に在らず』
それがタイニス家の主張であり、反ヴァイルガリン派を謳う理由でもあった。
このまま決起軍の一勢力としてヒルキエラまで攻め込み、現魔王ヴァイルガリンを下すところまで事を進めたとして、どのタイミングで独立解放軍とそれに呼応した勢力を切り捨てるか。
(穏健派の連中やリドノヒ家に遅れを取る事はねぇが、勇者の存在が未知数だ)
ルナタス攻略の戦いで件の勇者の力を見極められれば良い。五十年前の戦争から燻り続ける野心を瞳の奥にぎらつかせながら、ラギは独立解放軍との合流に向けて進軍計画を練り始めた。
アガーシャの都を占拠して暫しの休息を経た決起軍勢力が、旧ルーシェント国領の街ルナタスに向けて進軍を開始した頃。
テューマ達独立解放軍の指揮部隊と大遠征部隊は、増えた戦力の再編を済ませてパルマムを出発した。
この行軍ではアガーシャの都には寄らず、直接ルナタスの街を目指すべく中央街道からは少し逸れるルートを使う。
以前通った旧オーヴィス領の裏街道ほどではないが、多少荒れている。しかし、例によって『勇者の刃』で均しながらの行軍なので、大所帯での移動にも大きな支障は無い。
地竜を駆る勇者が道を造りながら先頭を行き、それに続く指揮部隊が後続の大遠征部隊を引っ張る形で、独立解放軍の行軍は順調だった。
問題が起きたのは、行軍予定の半分を過ぎた頃。ベセスホード要塞から緊急の魔導通信が届いた。
「正統人国連合から襲撃を受けたですって?!」
「はい。決起声明後、半数以上の戦力が大遠征部隊に参加して要塞を離れていたので……」
その隙を狙われたそうだ。どうやら事前に相当数の間諜が入り込んでいたらしい。ベセスホード要塞の奪取は正統人国連合にとって歴史的悲願だったと聞く。
「だからって何もこんな時に動かなくたって……」
「こんな時だからこそだろうさ。タルモナーハ殿は?」
突然の報せに動揺しているテューマに代わって、補佐に入ったルイニエナが状況を訊ねる。
「族長達は無事に脱出したらしく、我々と合流するべくこちらに向かっているそうです」
随分あっさり陥落したようにも思えるが、ベセスホード要塞が堅牢だったのは先の戦争時代の事。
魔族軍の正規兵が引き揚げた今は、現地民や移住者から人員を募って組織された、田舎街の自警団レベル。
要塞守備隊は見た目こそ立派な兵士ながら、長年平穏な時代が続いた事もあって実戦不足の素人が大半で、有事の際に的確な対応ができないほぼハリボテの兵士ばかり。
ある程度の実力はあったベテラン勢は殆どが大遠征部隊に参加してしまっている上に、門番が緩い審査で正統人国連合の間諜を大勢素通りさせていたというオチまでついた。
「グッダグダだなおい」
「う~む……そこまで酷かったとは」
思わず突っ込んだ慈に、ルイニエナも擁護の仕様が無いと呆れて見せる。
テューマ達とベセスホード要塞に赴いた時は、まだ私兵団と遜色ない練度のベテラン勢も居たので今回の事態にも対処出来たであろうが、彼等が抜けたタイミングを見事に突かれた。
「流石にタルモナーハ族長の私兵団だけでは、どうにもならなかったか」
「団長もまだ怪我が治ってなかっただろうしな」
ベセスホード要塞を脱出したタルモナーハ族長はその私兵団に護られながら、一緒に脱出した魔族の住民の一部を連れてこちらに向かっている。
タルモナーハ族長と別れた脱出組の住民達は、独立解放軍の拠点村に避難しているらしい。
「まあ、魔族と絶対相容れないスタンスの人国連合が街に入るなら、魔族の住民は逃げた方がいいだろうな」
魔族至上主義の魔王ヴァイルガリンによって造られた、魔族が世界を支配するこの時代に反旗を翻して、決起した独立解放軍の本部に襲い掛かる反魔族主義な人間の由緒ある武装組織。
「混迷が深まりそうだな」
「笑っている場合ではないぞ? 対策を考えねば」
我々の味方ではないが人類の味方である筈の組織が、人類にとって最悪のタイミングで最悪な選択をした事に、もう笑うしかないだろと肩を竦めている慈。
テューマはどう対処すれば良いのか分からず固まっていたが、ルイニエナから「今はとにかく動く事だ」と促された。
合流するタイミング。族長達に追手は掛かっているのか否か。こちらから迎えの援軍を出すのか。ルナタスの攻略はそのまま進めるのか。
考えたり決めたりしなければならない事は多い。
「わ、分かったわ。とりあえず各部隊長達を集めて緊急会議を開く」
現状でまず取るべき行動の指針を示されたテューマは、報告をして来た部下を連れてバタバタと部屋を出て行った。
「流石、戦場渡りの令嬢」
「茶化すな。ほら、私達も行くぞ」
過去の二つ名で弄られた事にジト目を向けたルイニエナは、そう言って慈の尻を叩く。
「別に茶化してはいないんだけどなぁ」
苦笑しながら立ち上がった慈は、参謀役として頼もしいルイニエナと連れ立って、テューマ達が集合し始めた司令部のある建物へと歩き出すのだった。