第百二十三話:パルマムの夜明け
夜明け前にパルマムの街の目前まで迫った慈とテューマ達独立解放軍の指揮部隊。
街道脇の伏兵を光壁型勇者の刃でさっくり片付けた慈は、そのまま街に駐留している討伐隊の処理を進めて、日の出と共にパルマムの街に入る事が出来た。
「つーか街門、ずっと開いてたんだな」
「少し開いていたのは私も気付いていたが、まさかこんな事になっていたとは……」
どうやら表の伏兵と連携する作戦だったらしく、閉じられた街門の内側には何時でも突撃可能な状態の部隊が待機していたようだ。街門は直ぐに開けるよう閂もされていなかった。
伏兵処理の流れ弾で光壁型勇者の刃が何度か街の中に飛び込んでおり、街門裏に待機していた突撃待ちの部隊を壊滅させていた。
その際、街門に身体を預けて様子を窺っていた兵士が、心臓と脳を消されて倒れた拍子に門を押し開けていたのだ。
開門を迫るまでもなく、中途半端に開いていた門を開放してみれば、そこには多くの魔族兵士が重なり合うように死んでいる光景が広がっていた。
「軽くホラーの域だなこりゃ」
「? "ほらぁの息"が何かは分からんが、これはもはや大量虐殺と言えるかもしれんな」
突撃担当の部隊なだけあってか、彼等に生き残りは居なかった。
指揮部隊からレミを中心に斥候班が街中へと散っていく中、慈とルイニエナはヴァラヌス二世の荷台にテューマも加えつつ、展望台施設が建つ中央広場へと向かう。
やや上り坂になっている覚えのある道を通り抜けると、大きく開けた広場に出た。
パルマムの街の中心部であり、慈にとっては初めて見る処刑跡に感じた悪意や強烈な忌避感で戦いの後に大きな反動が出た、少々感慨深く因縁のある場所であった。
この時代の中央広場は、戦いで荒れた五十年前の景色とは比べものにならない。
綺麗に整えられて清掃も行き届いている石畳に、花壇や憩いのベンチが備え付けられ、街灯も並んでいる。
実に平和な風景に出迎えられた。が、慈は僅かに抱いていた緊張を絆される事なく、広場のある一点に注目する。
展望台施設のあった場所には、建物の代わりに巨大な石像モニュメントが立っていた。
「……なんだあれ?」
「ああ、レーゼム将軍を模した石像だ」
先の戦争でクレアデス国を制圧し、その王族も捕らえた上でこの街をオーヴィス攻略の前線基地として整備するなど、魔族軍の中でも大きな功績を残したレーゼム将軍を讃える石像らしい。
「当時はオーヴィスの援軍がクレアデスの騎士団と奪還に来たりして、それなりに激しい戦いがあってな」
「ルイニエナも参加したのか?」
「いや、私達の部隊が到着した時には全て終わっていた」
オーヴィスの援軍は本国の聖都サイエスガウルが攻撃を受けたと聞いて急遽撤退。クレアデスの騎士達は全員が精鋭小隊に挑み、玉砕した。
「しかしまあ、見せしめの為とはいえ……一般民を無闇に処刑したり、騎士達の骸をあのように晒す行為には――おい、どうした?」
突然、殺気じみた気配を纏う慈に、ルイニエナとテューマがギョッとなって凝視する。慈は何でもないというように軽く手を振って応えると、ファーナの突剣を抜いて石像に向けた。
集束する光の刃。絞りに絞ってレーザービームのような細い一本の光線となった勇者の刃が、レーゼム将軍の石像を貫く。
閃く勇者の光線。慈がそのまま滅多切りにすると、巨大な石像はバラバラに斬り裂かれて崩れ落ちた。
「よし」
「いや、よしじゃないでしょっ」
「いきなりどうした」
一人で納得している慈に、テューマとルイニエナから総ツッコミが入る。が、慈は個人的な心情の問題だからと、明確な説明は避けた。
「過去の時代の事情が絡む話だから、あんま気にしないでくれ」
「――そうか、勇者部隊には……」
慈から過去の時代の話を色々聞いていたルイニエナは、クレアデスの騎士団長が勇者の仲間に居た事を思い出した。
何かを察して沈黙するルイニエナに倣い、空気を読んだテューマも口を噤んだ。
今の時代の、パルマムの街の象徴でもあった『レーゼム将軍の石像』を勇者が破壊した事は、街の住民達の中でも、とりわけその層によって大きく反応が別れた。
現在のパルマムの住民は魔族の移住者が全体の半数を占めており、元から住んでいた人間の住民で五十年前の戦禍を知る者は殆ど残っていない。
が、当時の記憶は親から子へと口伝てに語り継がれていた事もあって、独立解放軍は古い住民層からは非常に歓迎された。
『独立解放軍が勇者を伴って魔族軍を退け、パルマムを解放した』
斥候班がそんな喧伝をしながら街中を巡る間、人間の住民が押し込められている旧市街や防壁外周付近の貧民区では、笑顔で手を振る者や解放軍を讃える声が上がっていた。
一方で、魔族の住民が多く住む街の中心区画では、不安気に表情を曇らせる者や眉を顰める者など、あからさまに警戒心が見て取れたそうだ。
接収した街長の屋敷に設けている指令室にて、テューマ達とこれからの活動について話し合う。
「明日にはこの先の三つの街――カルマール、メルオース、バルダームで味方になる勢力が一斉決起する予定だけど、パルマムでも私達に加わる人員を募集するわ」
大遠征部隊の本隊が到着次第、パルマムで増やした戦力を各部隊に割り振る。
三つの街で決起した勢力には先に旧クレアデス国の王都アガーシャを目指して貰い、最終的に旧ルーシェント国領のルナタスか、王都シェルニアで合流してヒルキエラに攻め入る事になる。
「それで、募集に応じた人達の選定なんだけど……」
「ああ、どこか適当な場所にでも集めてくれれば、直ぐに始められるぞ?」
諜報や工作目的で近づいて来た者は確実に弾けるので、敵対者と判明した相手がその場で暴れ出したりした場合も安全に対処出来るよう、万全の警備体制で臨むのが良いだろう。
慈のそんなアドバイスに、テューマは少し小首を傾げて問う。
「敵対判定した相手は、死んじゃうんじゃないの?」
「やろうと思えば出来るけど、そうした方がいいのか?」
「ううん、出来れば必要な戦闘以外で命までは取りたくないかなぁ」
テューマは、ここまで軍同士の戦闘らしい戦闘も無く、ほぼ一方的に敵部隊を屠って来た事で、慈の力の大きさを実感しつつも計りかねていた。
甘い考えは危険と分かっていても、これほど強大ならば敵対する相手に多少の手心を加えても大丈夫なのではという気持ちがもたげてくる。
人と魔族のハーフという特殊な立場から独立解放軍のリーダーなど任されているものの、元々は辺境の街だったベセスホードで、まがりなりにも平穏に暮らして来た普通の少女(六十歳)である。
戦いに身を投じる覚悟は出来ていても、相手の命を奪う事に対する心構えは十分ではなかった。
そんなテューマの心中を察したルイニエナは、この場で最も戦場経験の長い自分が忠告すべきだろうと発言する。
「命を尊ぶ気持ちは美徳だが、戦場では躊躇した分だけ自身と味方が危険に曝される」
慈の御伽噺に出て来る英雄的な無茶苦茶な進撃のお陰で忘れそうになるが、自分達が戦っている相手は、この世界の支配者たる魔族の王とその配下達だ。
「なんか俺、微妙に揶揄られてる?」
「茶化すな。真面目な話だ。お前があまりにも強過ぎるせいでテューマ達の危機感が薄れている」
これから軍隊同士の本格的な戦いが始まる事になるが、今はまだその準備段階でしかない。気を引き締めて掛からなければ、取り返しのつかない痛手を負う事にもなるのだと。
「そ、そうだよね、ごめん。選定では効果的な対処をお願いします」
「分かればいいさ。まあ、全部一人でやってしまうシゲルにも問題があった」
「俺か~」
本来なら切り札として使用される『最終兵器勇者』が初っ端から全力全開で飛ばしているのだ。ほぼ初陣の者達に戦場の厳しさ恐ろしさが身に沁みる間もなく終わってしまっているのが現状。
「かと言って変に自重して味方に犠牲を出すのもなぁ」
「確かにそれはそうだが……」
敵にも味方にも、犠牲は少ない方が良いと言う慈に、ルイニエナは微妙な表情を向けながら言う。
「お前が振るう刃には一切の容赦が無いのに、お前自身は妙に慈悲深いというか、何かちぐはぐなところがあるな」
「仕方ないだろ。そういう力なんだよ」
とりあえず、明日から行われる人員募集と選定方法について話し合った慈達は、警備の担当も交えて選定で弾かれた者達への対策も練っておくのだった。




