第百二十一話:クレッセン攻略
テューマ率いる独立解放軍の指揮部隊がカルモアの街を制圧していく中、一足先に休息を取るべく高級宿に向かった慈とルイニエナは、厩舎で暴れる地竜と遭遇。
慈は良い移動手段に出来ないか期待しつつ、その地竜との接触を図った。進化した勇者の刃で巨体から汚れを取ってやる等した結果、地竜は服従の姿勢を見せた。
「なんか懐いた」
「私には死の光で包んで脅しつけたように見えたが?」
大型地竜の鼻先を撫でながら嬉しそうに報告する慈に、ルイニエナは的確な感想を述べた。
さておき、同じ厩舎にいた馬達も凄く大人しくなったので、ここを担当していた指揮部隊の兵士達が解放軍の戦力に加えるべく連れ出していく。
地竜が暴れた事で屋根が一部半壊している厩舎を後にした慈達は、一先ず宿に部屋を確保してから改めて地竜と向かい合う。
「とりあえず、お前の名前は『ヴァラヌス二世』な」
「ヴァル?」
慈は、初めて対面した時、この地竜は不思議そうに鼻をふんふん鳴らしていたので、自分から仲間の匂いでも嗅ぎ取って興奮状態を鎮めたのではないかと考えていた。
――地竜の顔を見分けられるほど竜に詳しくない事に加え、慈の知るヴァラヌスよりも更に大きく厳つい見た目になっていた為、過去の時代で使役していた本人(本竜?)だとは思いも寄らない。
専用の竜鞍というか、地竜用の荷台も厩舎の傍に吊るしてあったので、後で指揮部隊から人手を借りて装着し、具合を見る予定であった。
「流石にやっつけ作業であの竜鞍を再現するのは無理か」
「過去の時代に使役していたという地竜の専用鞍の事か?」
色々とギミックを仕込んで快適性もアップしたヴァラヌスの竜鞍は、当時の馬具職人達が知恵を出し合い、改良を重ねて作り上げた至高の逸品である。
次の目的地となるクレッセンへ出発するまでに再現できるほど、簡単な代物ではない。
「まあ今回は勇者部隊の時みたいに単騎先行する訳じゃないから、荷台でもいいか」
「んん? 皆と歩調を合わせて行くなら、無理に地竜を使う必要は無いのでは?」
慈の呟きに、ルイニエナがそんな疑問を口にする。
「ここまではな。決起声明も出てるし、今後は敵と遭遇する確率も上がると思う」
ここから先の行軍はこれまで以上に偵察の兵が出る予定だが、それで見つけた敵部隊を本隊に近付けさせず迅速に処理していけるよう、遊撃スタイルを取りたいと慈は考えていた。
常時、素早く動ける身軽で丈夫な足は必須なのだ。
「俺が馬に乗れたら手っ取り早かったんだけどな」
「ふむ……私と相乗りすれば問題無いようにも思えるが」
「それも手なんだけど、安定性に欠けるからなぁ。本当にイザって時は頼む」
そんなこんなと、慈は指揮部隊内での行動方針をルイニエナと話し合ったり、テューマとも相談したりして、後発の部隊が到着するのを待ちながら過ごした。
三日後、独立解放軍・大遠征部隊の本隊がカルモアの街に到着。テューマ率いる指揮部隊は、予定通りクレッセンの街に向けて出発した。
指揮部隊の先頭付近には、慈とルイニエナを乗せた大型地竜が並走している。
カルモアからクレッセンまでの道程も、これまでに通った裏街道ほどではないが荒れているので、慈が光壁型勇者の刃で均しながら進む。
ヴァラヌス二世の地竜用荷台は少し手を加えられ、補強と改良により安定性が増して乗り心地と丈夫さも向上していた。荷台に追加した座席には矢避けの盾板も取り付けられている。
「この先を抜けて中央街道に合流すれば、道も視界も一気にひらけるな」
「だな。もしクレッセンに追加の戦力が来てたら、そこでも一戦交える事になるけど……」
クレッセンの街には、廃都でルイニエナの出奔を応援して送り出した駐留征伐隊の兵士達が引き揚げていた筈。
カルモアで生き残った魔族兵に聞いた話では、『ジッテ家令嬢が勇者と行動を共にしている』という情報が既に出回っているらしく、レーゼム隊はその真偽を確かめる役割を担っていたようだ。
元々勇者を捜索する任務を与えられていた征伐隊にも、何かしら対処させる命令が下っているかもしれない。元部下達と対峙する可能性を示唆する慈に、ルイニエナは笑って答える。
「そこまで気を回してくれなくてもいいぞ? 彼等は彼等で何とかするさ」
不真面目で昼行燈な連中だが、皆情に厚く気立ての良い者達だ。むしろ状況次第ではこちらに寝返る事もあり得る。
そう言って肩を竦めて見せるルイニエナに、慈は「それなら遠慮なく初手からぶっ放せるな」と、殲滅対象の条件を詰めて幾つかパターンを決めておくのだった。
初日で森の道を抜けて中央街道に出た指揮部隊一行は、二日目の夜にはクレッセンの街影を視認できる距離にまで進んでいた。
「一度野営を挟むか、このまま行くか……」
「このまま進んで良いんじゃないか? 皆それほど疲れてないだろうし」
街道脇で小休止中の指揮部隊。慈はテューマ達と進軍方法について少し話し合い、クレッセンの攻略もカルモアの時と同じ手順で制圧する事を確認する。
街の手前まで全軍で進み、慈が勇者の刃を放って敵性存在を殲滅。その後、安全に街の制圧に取り掛かる。
「今回は夜襲になるから、カルモアよりも楽に終わると思う」
「頼りにしてるわ、勇者様」
慈の『直ぐ終わる宣言』に軽口で返したテューマは、カルモアで慈に譲られた『宝珠の魔槍』を掲げると、全軍に休憩を切り上げて進軍の号令を掛けた。
明かりを灯さず疾走する指揮部隊の馬車隊と騎馬兵。地竜ヴァラヌス二世を駆る慈とルイニエナは、テューマ達より更に先行してクレッセンの街門前に迫った。
夜の暗闇に包まれた中央街道に地響きが轟く。徐々に近付いて来るその音に気付いた夜番の衛兵が、何事かと見張り台から目を凝らす。
「明かりを放て! 通達にあった独立解放軍かもしれん!」
光源の魔法を付与された矢が街道の上空を薄ら光の軌跡を残しながら飛んでいき、失速直前に一際強く輝いた。
その付近一帯が青みがかった魔法の光源でしばらく照らし出される。
「あれは、地竜!?」
「後方に騎馬の集団と馬車隊――やはり独立解放軍だ!」
敵襲を報せる警鐘がクレッセンの街に鳴り響いた。
「おおー、照明弾か」
「光矢とは珍しい。余程魔力をケチりたいのか、まともな魔術士が居ないのか」
慈は、こちらの世界であまり見た事が無かった現代戦のような魔法の使い方にロマンを感じたが、ルイニエナが微妙に訝しむような反応を見せたので訊ねる。
「あれってそんなに使われてないのか?」
「十数える間も持たない光源を矢に付与するより、普通に光源魔法を使った方が早いし効果時間も長いからな」
魔族の一般兵は攻撃魔法なら誰でもそこそこまで扱えるが、環境魔法は拙い場合が多いので、魔術士が居ない部隊くらいでしか使われない方法らしい。
「そうなのか。じゃあクレッセンも戦力スカスカと考えていいかもな」
「ああ。偶々見張り役に魔術士が居なかったという事もあり得るが」
ベセスホードから独立解放軍の決起声明が発せられている以上、全ての街で警戒態勢がとられている筈。
そんな状況の中で重要な見張り役に魔術士の一人も配備されていないとなると、応援の部隊もまだ来ていないと考えられる。
「まあ、パルマムまではほぼ奇襲でさくさく進める予定だったんだし、概ね計画通りか」
「だな。そろそろ弓の射程に入るぞ」
ルイニエナはそう警告して、矢避けの内に身を隠した。
慈が地竜ごと包み込む光壁型勇者の刃をバリアの如く展開するので、別に隠れる必要は無いのだが、戦場で沁みついた基本行動として防御態勢をとる。
やがて、クレッセンの街全域が慈の射程内に入る距離にまで近付いた。街門の目前。防壁上からは矢や攻撃魔法がまばらに飛んで来るも、全て光壁型勇者の刃に防がれている。
既に敵方にバレバレではあるが、今回は夜襲且つ奇襲なので開戦前の口上などは無し。慈は、あらかじめ決めておいた殲滅条件を乗せて勇者の刃を淡々と撃ち放った。
最初に横長の光壁型を水平撃ち。次に防壁上の兵を狙って上方へ斜め撃ち。矢や攻撃魔法が飛んで来なくなったのを確認したらまた水平撃ちで、角度を微妙に変えながら満遍なく。
半刻もすれば手応えを感じなくなった。
「終わったかな。開門を呼び掛けてみよう」
「門の周りに生き残りは居るだろうか?」
慈のごり押し戦法にもすっかり慣れてしまったルイニエナは、後方で待機中のテューマ達に敵勢排除完了の合図を送りつつ、街門に注目して気配を探る。
開かなければ扉裏の閂だけ消し飛ばせば良い。相変わらず壊す事しか出来ない勇者の刃だが、部分消去を覚えてからは随分と取り回しが良くなったと慈は感じていた。
慈が「か~いも~ん」と呼びかけてしばらく待っていると、門扉が少し開いて魔族兵装の男が顔を出した。
恐る恐るといった様子で、街門前の状況を探りに来たらしい魔族兵に、ルイニエナが反応する。
「あ」
「あっ 副長、お久しぶりです」
その魔族兵は、ルイニエナを見てそんな事を言った。