第百十九話:拾い物
勇者の力を存分に使った快速行軍で予定よりも早くカルモアの街近くに到着したテューマ達、独立解放軍の先行指揮部隊だったが、カルモアには魔族軍の精鋭部隊が駐留していた。
このまま計画通りにベセスホードから決起声明が発せられれば、少数の指揮部隊で魔族軍の中でも屈指の精鋭レーゼム隊と戦う事になる。
「今の段階だともう決起声明を止める事は出来ないし、何とか方法を考えないと……」
「しかし、現状の戦力で挑むのは無謀ですぞ」
「攻略目標を変えて先にクレッセンを落とすのは?」
「ダメだ、レーゼム隊が直ぐ出て来る。何より、ここからクレッセンまで移動する時にバレる」
想定外の事態に対応策を議論しているテューマ達に、慈が声を掛けた。
「話し合ってるところ悪いんだけど、ここは俺に任せてくれないか?」
「シゲル?」
「勇者殿……しかし、相手はあのレーゼム隊ですぞ」
『勇者』には攻撃担当の客人として同行して貰っているが、本来の求められる役割は独立解放軍の旗印であるテューマを、象徴としてより際立たせる為に隣に立っている事である。
今回の電撃作戦は、敵に十分な戦力が無い事が前提だった。
各地の反乱も落ち着いて数年。安定した今の時代は、それぞれの街に駐留していた魔族軍のほぼ全軍がヒルキエラ国の首都ソーマに引き揚げている。
カルモアやクレッセン、パルマムを含め、各地の街に治安維持や警備目的以上の大きな戦力は基本、置かれていない。
その隙を突いて街を占領し、決起声明を合図に呼応する反ヴァイルガリン派やレジスタンス組織。穏健派魔族。こちらに味方する武闘派魔族組織などの戦力を集めて一気に畳み掛ける。
完全な奇襲を狙った作戦なので、開幕でいきなりレーゼム隊のような強力な精鋭部隊と当たるのは厳しい。彼等はそう説明して慈の申し出を宥めようとする。
「その辺は問題無いから大丈夫。そのレーゼム隊? も過去の時代でパルマム奪還する時に撃破してるし。基本、俺が一人でやるから、テューマちゃん達は街の制圧を頑張ってくれ」
「ひ、一人でって、そんな……」
テューマ達はまだ、『勇者シゲル』の力を正しく理解していなかった。
「明日は予定通りカルモアを攻略しよう。今からでも良いけど、そっちの都合もあるだろうから」
慈はそれだけ言うと、「おやすみ~」と軽く手を振って自分達に宛がわれた寝床に戻るべく司令部の天幕を出て行った。
ルイニエナは慈の後に続きながら小声で訊ねる。
「勝算はあるんだろうな?」
「ん? まだ話してなかったっけか?」
慈は、ルイニエナには過去の時間軸での出来事を色々と語っていた。その中で、街や砦に籠城する敵軍を勇者の刃で殲滅した話もしていた筈だがと疑問を浮かべる。
「いや、聞いている。聞いているし、お前の力の性質は理解しているが、流石に規模がな」
「ああ、街一つというか、敵軍丸ごと一人で落とすイメージが沸かないか」
「それもあるが、レーゼム隊と言えばあの最強コンビの事だ」
「ガイエスとイルーガか……過去の時代でもパルマム奪還の時に対峙したな」
「直接戦った事があるのか? ……やはり、その力で倒したのか?」
「うん、まあ。勇者の刃でって言えば一応そうなるけど」
少し歯切れの悪くなる慈に、ルイニエナはあの二人ほどの実力者が相手になると勇者の刃のような力でも苦戦するのかと問う。
「うんにゃ、苦戦はしてない。ただあの時は対人戦は初めてだったし――」
まがりなりにも言葉を交わした相手に儀礼的な感情が働いたのか、何となくそうしなければならないような気がして、相手に合わせて剣を振るうような戦い方をした。
が、色々吹っ切れている今ならもう、遠慮なく離れた場所から勇者の刃で薙ぎ払える。
「明日は多分、敵部隊の兵士と顔を合わせる間も無く終わると思う」
「そうか……」
慈の戦い方については、ルイニエナも廃都の駐留討伐隊を出奔する時に体験しているので、どんな風に街を、街に駐留する部隊を攻撃するのか大体察している。
ただ、あまりにも非常識過ぎて上手く想像出来ないでいた。
「何か気になる事でも?」
「いや、どうしても現実的に考えてしまってな」
ルイニエナは、征服戦争の当時と、その後数年間も戦場に身を置いていたからこそ、御伽噺に出て来るような『一騎当千の英雄』等という存在が幻想であると、身に染みて分かっている。
「そこは心配すんな。俺は勇者だ。御伽噺に居る出鱈目な英雄そのままだから安心してくれ」
「それは安心するところなのか? というか、自分で出鱈目と言ってしまっているが」
実際、慈の力は並行世界の自分と協力し合っていたヴァイルガリンにして『化け物』と呼ばせた、想定外と偶然が重なって生まれたイレギュラー的な存在である。
慈は「その内すぐ慣れるから」等と言って自分の寝床に潜り込んだ。それに苦笑するルイニエナも、明日に備えて眠りについた。
翌日。テューマ達独立解放軍の指揮部隊は、森を出てカルモアの街を正面に見渡せる街道を進んでいた。
街の門は閉じられており、防壁の上には見張りの兵らしき姿も見える。
「あれは……私達の接近に気付いてるわね」
「まあ、昨夜の内に斥候くらいは来てただろうしな」
先頭車両に陣取る慈と同乗しているテューマが、街の様子を窺いながらこの後の動きについて確認する。
作戦はシンプルで、このまま堂々と真っ直ぐ進んで慈の射程距離内まで近付き、勇者の刃をもって街の外から敵部隊や敵対する存在を殲滅。
指揮部隊で街の中枢を占拠したら、後発の大遠征部隊の本隊が到着するのを待ってクレッセンに向かう。
慈が裏街道をぶち抜くように新しい道を敷いているので、合流には然程時間は掛からない筈だ。
やがて、指揮部隊の先頭車両はカルモアの街門から凡そ100メートルの付近に差し掛かった。すると、街門が開いて少数の兵士達らしき人影が現れた。
全員が魔族軍の士官鎧を身に付けているのが分かる。
「! レーゼム隊の精鋭小隊だわっ」
「うわー、出て来なくていいのに……」
早速予定が崩れてしまったと嘆く慈はしかし、既に街の端々まで勇者の刃が届く距離にあるので、指揮部隊の車列を停止させると一人馬車を降りた。
慈の戦い方については、今朝の出発前に改めて指揮部隊の各部隊長達にも説明しておいたが、それでもテューマは心配そうにしている。
とりあえず、慈はいつでも光壁型勇者の刃を撃てるよう準備しながら馬車隊の前に立った。イザという時には味方を護るバリアにもなる。
街門から現れた精鋭小隊は二十二人ほど。正面に二人。その後ろに横並びの五人ずつが二列。部隊の正面に立つ二人には見覚えがあった。
突撃隊長イルーガと、彼の部下ガイエスだ。
慈の記憶で、精鋭小隊のナンバーツーと謂われていたガイエスから誰何の声が上がった。
「我々は魔族軍特別部隊レーゼム隊に所属する精鋭小隊である。そこの馬車隊に問う! 先刻、ベセスホードから決起声明が出された。お前達は独立解放軍を名乗る叛徒共で相違ないか!」
どうやら計画通り、世界に向けて声明が発表されたらしい。
慈が少し振り返って促すと、先頭車両から顔を出しているテューマは覚悟を決めたように頷いて名乗りを上げる。
「我が名はテューマ! 正統なる魔王の後継者なり! 叛徒共とは簒奪者であるヴァイルガリンを信望する貴殿等であろう!」
テューマの名乗りと口上を聞いたガイエスとイルーガは顔を見合わせる。次いで、精鋭小隊から笑い声が上がった。
「なんだ、反乱軍かと思ったらサーカスの集団だったのか」
「中々過激な演目を選んだものだなっ」
戯れ言と切って捨て、嘲り煽るも、彼等に緩んだ気配は一切ない。正面に立つ二人から油断なく向けられる視線には、殺気を感じる程だ。
精鋭小隊の挑発に対して、テューマ達の指揮部隊は特に反応を返さない。戦端を開くタイミングは、全て勇者シゲルに託してある。
精鋭小隊を率いるイルーガとガイエスは、『正統なる魔王の後継者』を謳う独立解放軍の馬車隊が兵も降ろさず、停車したまま動きを見せない事を訝しむ。
「連中、どうするつもりなんだろうな?」
「援軍待ちか、まさか逃げる相談でもしてるって事は無いと思うが……」
わざわざ戦闘準備を整える時間を作ってやっているのに、一向に動き出す気配がない。
「ふむ……これは、やはりあれか。現れたタイミングから察するに、我々の存在が想定外だったと見るべきか」
「決起声明と同時に戦力の薄い街を落として戦果をアピールしようとしたって事か? 俺達をおびき寄せた訳じゃなく?」
そもそも彼等レーゼム隊が辺境の街カルモアまでやって来たのは、そこに『勇者が向かった』という情報が流れて来たからだ。
以前、魔王ヴァイルガリンの勅令でそこそこ大規模な征伐軍が旧オーヴィス国の聖都跡に向けて派遣された事がある。
その時は空振りだったが、聖都跡に放たれていた強化魔獣や魔物が全て狩られていたのは事実。今も駐留を続けている征伐隊が引き続き勇者の捜索を行っているという話だった。
そんな折、勇者らしき存在がジッテ家の者と行動を共にし、独立解放軍との接触を図ろうとしているという情報が上がった。
情報の真偽を確かめるべく、急遽カルモアの街を探る部隊にレーゼム隊が抜擢されたのだ。
先日到着したばかりだが、街でそれらしい人物は見つかっていない。が、そこへ独立解放軍の決起声明が届き、さらに翌日にはその解放軍らしき武装集団が現れた。
恐らく、独立解放軍側の戦略では、カルモアを正規の魔族軍とやり合う戦場にする予定では無かった筈。
件の勇者やジッテ家の者と落ち合い、決起声明に呼応する勢力との合流場所として街を占拠し、十分に戦力を増やしてから本格的な進軍を始めるつもりだったのではないか――
――というイルーガ達の推察は、概ね当たっていた。
「そういう事か……なら、様子見せず一気に叩くか?」
「そうだな。まだジッテ家の令嬢や勇者とやらが見つかっていないが、街に潜んでいるなら戦いの最中に出て来るやもしれん」
そこを抑えれば良い。イルーガは未だ動きを見せない独立解放軍の馬車隊に斬り込む事を決めると、司令部で待機中のレーゼム将軍に向けて「これより交戦する」旨の伝令を走らせた。
イルーガ隊長の指示で精鋭小隊が動き出す。昔のように、隊長と副長が功を競って真っ先に飛び出すような落ち着きのない戦い方はしない。
四人編制で五つの班に分かれた精鋭の魔族戦士達が、鶴翼陣形を作りながら独立解放軍の馬車隊に迫る。
その時、馬車隊の前に陣取る少年が杖を翳した。誰何をする前から一人、先頭の車両より降りて来てこちらの様子を窺っていた黒髪の少年だが、特に強い魔力などは感じない。
何か策があるのかと訝しむイルーガだったが、独立解放軍の馬車隊は明らかに精鋭小隊の姿を見てから停車していた。
なので馬車隊の周辺に罠などは設置されていないと確信している。
(大丈夫だ。何も問題はな――)
と、判断し掛けた次の瞬間、突如として密度の高い魔力が発生したかと思うと、正面から光の壁が迫って来た。
高さは三メートルほどだが横幅は優に三十メートルは超えそうだ。突撃中の精鋭小隊を丸々飲み込める範囲まで広がった光の壁。
(見た事の無い魔法だ)
最前列を行く班が魔法障壁を展開して光の壁に突っ込んだ。魔族の精鋭戦士が展開する魔法障壁は、人間の魔術士が放てる程度の魔法はまず通用しない。
――その筈だった。
「!?」
光の壁を突破しようとした先頭の班が一斉にバタバタと倒れた。猛烈に嫌な予感がしたイルーガは、その場から全力の跳躍で光の壁を躱す。
「効果が分からん! それに触れるな!」
イルーガの咄嗟の指示により、隣にいたガイエスと最後尾の班は辛うじて光の壁をやり過ごした。
しかし、最前列は言わずもがな中列の班も回避が間に合わず、精鋭小隊の半数以上が光の壁に飲まれて倒れ伏した。
倒れた者達に目立った外傷は無く、どんな攻撃を受けたのか分からない。
「何だっ! 何が起きた!?」
「分からん、毒の類かもしれん。気を付けろ」
着地と同時に散開して馬車隊を叩くよう指示を出したイルーガは、先の戦争で手に入れた愛用の短槍を背中から抜き放つと、鞘を払った。
「イルーガ!!」
「っ!」
槍を掲げながら地面に降り立とうとしたイルーガは、ガイエスの焦りの籠もった叫びでそれに気付いて目を瞠る。
着地地点一杯に広がる正方形の光の壁。
「設置型かっ!」
空中で身動き取れない状態。何とか落ちる方向を変えようと風魔法を試みたが、既に落下速度が乗っているのでそのまま光の中に着地してしまった。
息を止めて魔法障壁を全開にするも、心臓に強い衝撃が走る。
「ごふ……っ」
激しい胸の痛みと、全身を覆う虚脱感。遠くなる意識を必死に繋ぎ止めて周りを見れば、近くに着地した最後尾の班とガイエスも倒れている。
(ばかな……我々精鋭小隊がこんなにあっさり――)
崩れ落ちそうになる身体に最大出力の強化魔法を行き渡らせて無理やり制御するイルーガは、馬車隊の前で杖を掲げる黒髪の少年を見据えた。
(せめて、あの魔術士に一撃を……!)
倒れ込むように大きく前のめりになると、低い姿勢を維持したまま地を滑るように突撃開始。イルーガの得意技である、高速吶喊攻撃が繰り出された。
新たな光の壁が迫るも、イルーガは突撃の勢いを維持したまま光の壁を突き抜けた。
三発目の光壁型勇者の刃を突き抜けて来た突撃隊長イルーガが、そのまま地面に滑り込むように倒れて動かなくなった。
突撃の勢いが乗った彼の槍が真っ直ぐ慈に向かって飛んで来たが、直ぐに失速して地面に突き刺さる。
「あんた、剣を使うんじゃなかったか?」
慈は、地面に突っ伏して動かないイルーガにそう声を掛ける。既に事切れているか、まだ意識があるかは分からない。
地面に突き立っているイルーガの槍を回収した慈は、それを掲げて確かめる。白い穂先の根元に、橙色の宝珠が輝いていた。
「お? やっぱり、これ宝珠の魔槍じゃん。あんたが拾ってたのか」
いいタイミングで手に入ったなと、ファーナの突剣杖を腰に戻した慈は、先程イルーガが空中で払い落としていた槍鞘を拾いに行く。
そんな勇者シゲルの後ろ姿を、テューマと馬車隊の各部隊長達は呆然とした表情で見送っていたのだった。