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遅れた救世主【勇者版】  作者: ヘロー天気
えんちょうの章
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第百十六話:領主の屋敷前にて





 ヴァイルガリンの支配に対抗するべく、独立解放軍は本格的な活動開始を宣言した。

 世界に向けてその声明を出す前に、真の設立者であるタルモナーハ族長と今後の活動方針や打ち合わせなどを行う為、独立解放軍の代表者一行はベセスホードの街を訪れた。


 解放軍の名目上のリーダーであるテューマ嬢と、古参の側近ナッフェ爺。人間と魔族の幹部が二人ずつ。護衛のミレイユ(レミ)とカリブ。それに同行者の慈とルイニエナ。


 慈が本物の勇者である事は、ここに居るメンバーと組織でも一部の者以外にはまだ伏せられている。

 『勇者』の取り扱いについても、タルモナーハ族長との打ち合わせの席で明かして議題にするそうな。


 慈とルイニエナは、前方に見えて来た屋敷に目を向ける。

 木材を多用している周囲の建物と比べて、石造りの重厚な佇まいはヒルキエラ国の様式に似ている。ここまでの道中で見掛けた、増築された高級宿よりも少し大きい。


「直ぐに会えるか分からないってスヴェンが言ってたけど、いきなり屋敷に行くのか」

「スヴェン氏とは元同僚だったそうだし、テューマ嬢は身内のようなものなのではないか?」


 慈の素朴な疑問にルイニエナは、テューマ達とタルモナーハ族長との縁故を挙げて、わざわざ外に宿を取らせるよりも屋敷に滞在させるつもりなのではと説く。


 その推察は当たっていたらしく、御者台で二人の会話を聞き取ったテューマが荷台に滑り込んで来ると、自分がまだ小さかった頃からタルモナーハ族長とは面識があった事を教えてくれた。


「最初の『睡魔の刻』に入る前だから、ルーシェント国に住んでいた頃かな」


 穏健派魔族仲間時代のスヴェンと親友のラダナサ。それにタルモナーハを加えた三人でよくつるんでいたそうだ。


「なるほど。テューマちゃんがルナタスに住んでいたのは確か、六歳くらいまでだっけか」

「……! そうっ、本当にちっちゃい頃だからもう記憶も曖昧なんだけどね」


 僅かでも自分の過去を知る慈に、テンションが上がったテューマは食い気味に答える。彼女にとって、ルナタスの街の名はとても懐かしく、特別な響きを持つ。

 母サラに父ラダナサという両親の二人が揃っていた、一番穏やかで幸せな期間だったのだ。


 ベセスホードの統治者となったタルモナーハとは滅多に顔を合わす事は無かったが、この街に住んでいる間に不自由なく暮らせたのは、彼の厚意によるところが大きいと。



 そんなやり取りをしている内に、テューマ達一行を乗せた馬車は領主の屋敷前に到着した。

 元はグリント支配人の屋敷があった場所で、レミの話によると魔族に支配される街になってから本邸部分は全面的に建て替えられているらしい。


 隅の方にほぼ当時のままの佇まいで残っている建物が、グリント元支配人とイスカル元神官長等に住まいとして与えられていた館なのだそうな。

 今はこの屋敷を護る私兵団の宿舎になっているという。


「私兵団ってあれか?」


 慈が、馬車の前方に見える集団を指して問う。屋敷の門を潜った一行の正面。本邸前に向かう通り道を塞ぐように、甲冑姿の騎士っぽい集団が整列していた。

 甲冑のデザインは魔族軍の物とよく似ている。


「なに? お出迎え?」

「そんな雰囲気じゃねぇなぁ」


 テューマが御者台に戻りながら疑問を口にすると、私兵団をじっと観察していたナッフェ爺が、そう言って警戒を促した。

 手綱を握っているカリブが、緊張気味に馬車を停める。


「あの、今日訪問する予定の者なんですが」

「聞いている。独立解放軍から来たんだろう?」


 カリブが手前に居た私兵団の代表らしき人物に声を掛けると、彼はそう言って部下に合図をした。すると、整列していた甲冑集団が馬車を取り囲むように円陣を組んだ。

 一体何事かと戸惑っているテューマ達に、私兵団の代表が告げる。


「勇者を乗せているな。出せ」


「ん? 俺?」


 呼ばれた慈が荷台から顔を出そうとするのを、困惑顔のテューマがさっと手で制した。レミも咄嗟に慈の腰に手を回して止めている。


「どういう事? シゲルの情報はまだ――」


 上には報せていない筈と言い掛けたテューマが、ハッとなってレミを見る。テューマは、レミが複数の呪印に縛られていた状態を完全にではないが概ね把握していた。

 慈の腰に巻き付いているレミは、自分が呪印から解放されたのは慈に色々と話を聞いた後だと言っていた。

 そこから導き出せる答え。


「レミを通じて把握してる筈だと思ってたけど、こういう方向で来たか」

「ああ、そういう事……」


 同じ結論に至った慈の呟きに、テューマは溜め息を吐くように零した。異世界より召喚されし本物の勇者がどの程度使えるのか、推し測ろうとしているのだ。


 人類の救世主との触れ込みだが、その後ろ盾となる人間の国々が悉く滅んでいる今の情勢下で、宝具の代わりが務まるのか。


「これは、タルモナーハ様の指示ですか?」

「族長は関係ない。主を守護する者として当然の処置だ」


「越権行為では?」


 そんなテューマ達の抗議にも耳を貸す様子は無い。



 どうやらこのまま通す気は無いらしいと察した慈は、自分の判断で馬車を降りた。

 テューマとレミは心配そうな表情を向けていたが、慈の力を間近で見て体験しているルイニエナは肩を竦めてすまし顔である。


 馬車の正面で腕組みをして陣取る私兵団長の前に歩み出た慈は、一応訊ねておいた。


「で? 俺に何かようかい?」

「お前が件の勇者か……? 報告にあったような猛者には見えんが」


 人国連合の部隊と揉めた際、向こうの騎士達に半数以上の死傷者を出して壊滅させたという情報は上がっているらしい。


「まあ、見た目が変わるほど鍛えてるわけじゃないからな」

「ふん……能力頼りという事か」


 特別な力を持つと謂われる『異界の勇者』の情報も多少聞きかじっている私兵団長は、慈が腰に提げている杖を見て魔術系の能力かと推察すると、自分の得物を抜いて慈に向けた。


「構えろ。我々の計画に役立てる力か、見定めてやる」

「悪いけど、俺の力はそういうのには向かないから遠慮しとく」


 私兵団長が力試しを仕掛けようと挑発するも、素気無く断る慈。当然それで引き下がる筈も無く、「臆したか」と更なる挑発で食い下がる。


「無駄に怪我するだけだから止めとけって」

「大した自信だな!」


 構わず仕掛けて来る私兵団長に、慈は身構える事もせず告げた。


「忠告はしたからな?」


 聊かの怯みも緊張も感じられない慈に対し、私兵団長は様子を見るつもりで剣を使わず拳を繰り出した。




(避ける素振りも無しか。余程強力な魔法障壁でも持っているのか? しかし――)


 近接戦で相手の魔法障壁を破る術など、魔族の戦士なら誰もが身に付けている。カウンター狙いも考慮して剣を盾にしながらのボディブロー。

 インパクトの瞬間に魔力を込める。


 魔法障壁の硬質な感触を予想していた私兵団長は、抵抗も無くスルリと振り抜けてしまった事で思わず態勢を崩した。


(躱されたっ!? いや、何だこの感覚は――)


 反撃を警戒して一歩退こうとするも、身体の感覚がおかしい。何故かバランスが整えられず、平衡感覚を失って尻もちをついてしまった。

 周囲の部下達から悲鳴のようなどよめきが上がり、馬車から成り行きを見守っていた独立解放軍の者達からも息を呑む声が聞こえる。


 一発殴り掛かったのを躱されただけで尻もちをつくとは何たる醜態かと、慌てて起き上がろうとしたが踏ん張りが利かない。


「だ、団長!」

「大丈夫ですか!」


 血相を変えて集まって来る部下達の狼狽ぶりに一瞬困惑した私兵団長は、そこでようやく自分の左腕が肘の上辺りから無くなっている事に気が付いた。


「な、なんだこれは……」


 左腕の喪失を認識した途端、激痛に襲われる。何時の間に斬られたのか、全く分からなかった。




 本人が意識せずとも、慈は常時勇者の刃の膜に包まれている。例え手加減されていようが、慈の身体に害を成すあらゆる攻撃(障害)は、全身を覆う勇者の刃の膜によって瞬時に分解されるのだ。


「だから忠告したのに。――ルイニエナ」

「私でも失った腕を直ぐに生やすのは無理だぞ?」


 私兵団長の治療を促した慈に、ルイニエナはそう言いながら馬車を降りて来る。

 半ばこうなる事を予想していた彼女は、部下達に囲まれて座り込んでいる私兵団長の腕を手早く止血して再生の治癒魔術を施した。


 一方の慈は、「生やせるんだ?」と、治癒魔術の万能さに感心していたのだった。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 自業自得だなぁ [一言] 人類滅亡間近で脳筋率が増えているんだろうか
[一言] 強さがわかりやすく伝わらないとこういう時ほんと困りますな 敵なら油断してもらえるのはいいんだけど、味方までナメちゃう
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