第百十五話:ベセスホードの街
独立解放軍の司令部にて、テューマやスヴェン達と対談した慈は、組織の実態と裏の創設者が進めている打倒ヴァイルガリン計画について説明を受けた。
人類と共存できる魔王を立てるべくテューマの協力を得るつもりだった慈は、目指すところは同じだと、彼等の計画に参加する事となった。
拠点村にやって来て二日目。慈とルイニエナは客人として扱われている。二人の正体は遠征部隊に参加した一部の者と幹部以外には伏せられていた。
今、村の中心にある拠点の周りには、大勢の独立解放軍メンバーが集結していた。すり鉢状の窪みは角度も浅く斜面の部分が段々になっているので、即席の観覧席として使える。
石造りの円柱形平屋要塞な拠点は、広い屋根の部分がそのままステージ代わりになる。
普段は洗濯物がはためいていたりするのだが、今はテューマを始め幹部達が集まり、重大発表に向けて本番前の打ち合わせをしていた。
やがて演説の準備が整い、テューマは屋根ステージの正面に歩み出た。スヴェンがその脇に控える。
窪みの観覧席にひしめく老若男女、人間と魔族が交じった解放軍のメンバー達が注目する。
テューマが顔の近くに手を翳すと、小さな魔法陣が浮かび上がった。
(お、声を増強するやつか)
屋根ステージの隅の方でルイニエナやレミ、他の幹部達と共に進行を見守っている慈は、見覚えのある拡声魔法に少し懐かしい気分になる。
『同志諸君! 今日集まって貰ったのは、皆に大事な話があるからだ。我々の存在意義と、今後の活動にも係わる重要な話なので、どうか心して最後まで聞いて欲しい』
組織の中でも、ごく少数の者にしか知らされていなかった、独立解放軍の最終目的について。
ベセスホードの統治者魔族と密接な繋がりがあった事など、これまで隠されてきた裏事情が一般のメンバーにも公開された。
反応は様々ながら、大きな動揺や混乱は見られない。
近場にある魔族の街ベセスホードと、長年これといった衝突もなく上手く付き合って来た事から、薄々ながら関係性に気付いている者も少なくなかったようだ。
テューマ達の重大発表は特に問題も起きず恙無く終わった。これから組織が大きく動く事に関して、メンバー達は粛々と受け入れているようだった。
勇者の存在については今しばらく伏せられる事になる。
まずは独立解放軍の真の設立者であるベセスホードの統治者魔族こと、族長タルモナーハと面談して、確認や打ち合わせが必要だ。
「皆落ち着いているようだ。これなら問題あるまい」
「うむ。これから遠征部隊の再編成を急がねばな」
「それで、勇者殿と族長の面談はどうする?」
司令部に戻ったテューマ達幹部の面々は今日の演説の手応えを評し合い、計画の進行に問題が無い事を確認すると、慈達をいつベセスホードに連れて行くべきかと予定を練り始める。
「どうせ拠点じゃあやる事もないんだ。明日にでもテューマ達と街に出向けばいいだろうよ」
テューマの側近の片方、ローブの爺さんがそう言うと、スヴェンが腕組みをしながらフムと考える仕草を見せ、一応この場に居る慈達に意見を伺った。
「直ぐに会えるかは分からないが、どうだ?」
「ああ、こっちは大丈夫だよ」
慈がそう答えながら隣のルイニエナに視線を向けると、彼女も差し支えないと頷いた。
「わかった。では明日はお嬢と――護衛にミレイユとカリブ、あと幹部も何人か行ってもらおう」
「オレもいくぞ。久しぶりに院の様子も見たいしな」
スヴェンが、慈達を連れてベセスホードに同行する者をざっと選定していると、ローブの爺さんも同行者に名乗り出た。
(……院?)
元々街に住んでいたような口ぶりと、その言葉から孤児院の事を思い浮かべる慈だったが――
「そう? じゃあナッフェ爺も一緒ね」
「ぶっ」
テューマから思わぬ名前が出て来た事に噴き出してしまった。
件のナッフェ爺に『なんじゃい?』という表情を向けられたので、慈は過去の時代での出会いと係わりについて少し詳しく説明する。
慈が過去の時代で『ナッフェ少年』と面識があった事を既に聞いていたレミは、ナッフェが勇者様御一行の馬車からランプを盗もうとして捕まったという経緯に目を丸くしていた。
そんな別の世界線の自分の話を聞かされた本人は、当時の自分なら確かにあり得ると納得している。イスカル神官長達の横領・着服で、孤児院の経営はかなり苦しかったのだ。
ちなみに、昔はテューマからナッフェ兄と呼ばれていたらしい。
「今じゃすっかりお爺さんだよね~」
「お前はあんま成長してねぇな」
砕けた調子で掛け合いをしているテューマとナッフェ。同じ六十代ながら、未だ十代後半の見た目をしているテューマと並ぶと、まるで孫と爺さんのようだった。
翌日、慈はテューマ達が用意した馬車でベセスホードの街へと向かっていた。
御者台にはテューマとカリブが座り、レミは屋根に上がって周囲の見張り。ナッフェ爺は御者台の裏に凭れて居眠り。慈とルイニエナは後部の座席に並んで座っていた。
今後街との連携を取る為の人材として、人間と魔族の幹部もそれぞれ二人ずつ派遣されている。スヴェンは組織の指揮を執る者が必要なので、拠点にて留守番である。
「皆さん、街が見えてきましたよ」
カリブの声に、うとうとしていた幹部達が顔を上げる。独立解放軍の拠点村から半日ほど馬車に揺られて到着した、嘗てオーヴィスの軍用品生産を請け負っていた辺境の街。
この時代のベセスホードの街は、外観からして慈の記憶にある素朴な田舎街とは完全に違っていた。
「砦じゃん」
「ああ、砦だな」
大きな門壁を見上げて呟く慈に、ルイニエナも同意する。総人口約3200人。
魔族の入植者が400人くらいで、魔族派の人間の末裔が大体800人ほど。旧オーヴィス領の頃から住んでいた人間の住民が凡そ1600人余り。後は所属の曖昧な者達が多数居るらしい。
遠目に街影を見た時は気付かなかったが、近くまで来ると街を囲う防護柵が城壁並の巨大さだと分かる。
上の部分に剥き出しの丸太が並ぶ木製の柵壁は、下半分が魔法で土と石に固められた堅牢な造り。高さも十メートルはありそうだ。
連絡は届いており、正面の大門は直ぐに開かれた。
「ようこそ、ベセスホード要塞へ」
警備の兵達の雰囲気も悪くない。テューマ達と顔見知りというわけではなさそうだが、向こうはこちらの事を知っているように感じた。
「要塞だったわ」
「ふむ。確かにここがタルモナーハ族長の本拠地ならば、そうなるか」
五十年前に比べてすっかり変貌したベセスホードの街。慈の言葉に相槌で応えるルイニエナは、これほど大規模な拠点の存在が本国にも知られていなかった事を疑問に思う。
「駐留征伐隊の高級士官だった私も把握していなかったわけだが、今の魔族軍は情報管理が穴だらけなのか、はたまた彼等の隠匿が完璧なのか」
「ん? ヴァイルガリン寄りの一族の身内が運営してる街なんだから、特に警戒してなかったとかじゃないのか?」
ルイニエナが征伐隊からの出奔を宣言した時のように、初めから叛意を疑う相手になら監視なりを付けていそうだが、この街の統治者魔族の出自は穏健派ではなくヴァイルガリン派だ。
元々、戦争終盤には人間の魔族派が砦にして立て籠もっていた街である。
ここより更に南には人国連合の砦もあるのだから、そのまま軍事拠点化しても問題視されなかったのでは? という慈の推測に、ルイニエナは「それはあるかも」と頷いた。
そして、これほどの規模の要塞を造れる力を持つ相手から支援を受けていたなら、独立解放軍の拠点村に平屋建て要塞が立つのにも納得できた。
街の中は至って普通という印象。特に活気がある訳ではないが、寂れているような感じもしない。強固な壁に護られた平和な街という雰囲気だ。
二階建ての建物が目立つ街並みも、慈の記憶にあるベセスホードの街とは全くの別物であった。
まずは統治者の屋敷に向かうという事で、慈達を乗せた馬車は大通りを進んで行く。そのうち、慈にとって見覚えのある景色が飛び込んできた。
「ここは……」
かつて、イスカル神官長の企みによる襲撃騒ぎの舞台となった神殿前広場。
神殿は取り壊されており、併設されていた高級宿の方が増築されている。この辺りの建物は年季が見られるものの、ほぼそのまま残っているようだ。
過去の時代に、ここで起きた出来事を思い出し、何となく感傷を覚える慈。
旧神殿前広場改め、高級宿前広場を通り抜けた一行は、その先にある領主の屋敷へと馬車を走らせた。